三二.再会と衝撃

 史上最強の武士にも数えられる、新皇・平将門たいらのまさかど憑依ひょういしている僕の体は、蛙飛びで数十メートル飛ぶ、異次元の身体能力を手に入れていた。

 猛スピードで鬼兵衛を追う。


「ちょっと、目の前は壁ですよ!」


 少し上から、霊体となっている僕が、僕の体へ指摘する。


「それが違うんだな」

「危ないっ!」


 スッ。


 白い壁かと思われていた部分は、精巧せいこうに作られたのれんだった。

 激突すると思い、変に力を入れたので、体の節々が少し痛む。

 霊体でも痛みはあるのか。


「そういえば、将門さんは、僕の体に入って痛くないんですか? ボロボロの状態ですけど」


 僕は素朴な疑問をぶつけた。


「痛い。痛いが死ぬほどじゃない。小童もいっぺん死んだらわかるさ」


 さすが、死人の言うことは違う。


「いたぞ。あれが鬼兵衛だろ?」


 僕の体はニンマリと笑った。完全に戦闘狂せんとうきょうだ。


「そうです。僕に手伝えることはありますか?」

「ない。ワシが遊ぶんだ。霊体は見ておけ」


 僕の体はメリケンサックをはめようとし、使い方がわからないのか僕をじっと見た。




 鬼兵衛はコツコツと、ゆっくり歩いている。

 平将門が言うには、この先に初鹿野がいるらしい。

 あと一歩のところまで来ている。

 僕の体がメリケンサックをはめ終わったとき、鬼兵衛が、気配を察しくるりと振り返った。


「おいおいおいおい、まだ動けるのかぁ? なんてやろうだ」

「小童、どこまでしていい?」


 平将門は、鬼兵衛の言葉を無視して聞いてくる。


「どこまでとは?」

「殺してもいいのか?」

「まあ、そうしなければ収まらないのであれば」


 彼なら本当に殺しかねない。僕は少しひよった。


「グシャグシャにするのは?」

「なんですかそれ!?」

「いや、こうポイポイポイと」


 僕の体は、両手の平で、おにぎりを握るようなジェスチャーをした。

 ……末恐ろしい。


「もう、任せます」

「承知した」


 僕の体はギギギとひざを曲げる。高速で飛び掛かる気だ。


「おーこわいこわい」


 鬼兵衛はそう言いながら拳銃を構える。

 その装備で受けきれるような突進じゃない。


 ビュンッ!


 瞬間的に鬼兵衛の目の前に移動する。


「まだまだ経験が浅いな、若僧よ」


 グゥンッッ!


 メリケンサックをはめていない右の拳で、鬼兵衛の腹を思い切り殴る。

 使い方教えたんだけどな。


 ドォォン!!


 鬼兵衛は壁にもの凄い勢いで衝突した。

 ここは通路だ。幅は狭い。


「……今のは喰らったぞ。鉄のかたまりが飛んできたのかと思った」

「無駄口をたたいている暇があったら、かかってきなさい」


 僕の体は手招きして挑発している。


「ちと座らせてもらう」


 鬼兵衛は、激突で崩れた壁を椅子にして腰を下ろした。


「こいつ、腹立つな。グシャグシャにするぞ」

「ご自由に」


 平将門は、明らかにいらついている。

 鬼兵衛は、ポケットからリモコンのようなものを取り出し、ボタンを押す。

 なんだ?


 ウィィィィン。


 僕らを中心とし、前後五メートルほどのところに鋼鉄の扉が下りてきた。


「将門さん! 閉じ込められます!」


 僕の体は微動だにしない。戦わなきゃ気が済まないってか。


 ガシャンッ。

 ガガガガガガ。


「おー、最新の技術には驚くばかりだ」


 天井から無数のマシンガンが下りてくる。カチャカチャと、不吉な装填音そうてんおんが聞こえる。


「あまり機械の力は借りたくないんだが。老中、おまえを認めるよ。俺の身一つじゃ、勝つのは厳しいらしい」


 鬼兵衛は、また違うボタンを押した。


「ジ・エンドだ」


 ブゥダダダダダダダダダダダダダダダッッッ!!!


 放たれるマシンガン。僕を通り過ぎ僕の体へ命中する。

 天井、四方八方からの攻撃は、かわせるはずもない。


「将門さん、角です! 角に行けば当たりません! 早く!」


 事実、通路の端に座っている鬼兵衛には当たっていない。

 僕の体は仁王立ちで、全ての銃弾を受けている。


「ちょっと! 人の体だからって!! 勘弁してくださいっ!」


 ダダダダダダダダッダッダッダッ。


 攻撃が止まった。全弾撃ったのだろう。

 真っ赤に染まる僕の体。

 僕は恥ずかしげもなく大声で泣いてしまった。


「体が……体がぁ!!」


 僕の体は、一切動かず腕を組んでいる。


「ここまで撃ち続けると、倒れもしないんだなぁ」


 鬼兵衛がゆっくりと僕の体へ近付く。

 僕の体の指先が、微かに動いた。


「これは、相当痛かったぞ」

「!?」


 ボガガァァアアンンンンッッ!!


 鬼兵衛のあごに、僕の体から繰り出される右アッパーがクリーンヒットした。


「ぐがはぁぁっ」


 不意をつかれた鬼兵衛は、壁に打ちつけられ、泡を吹いて倒れた。

 僕の体は、アッパーを繰り出したあと、再び仁王立ちに戻る。


「将門さん、大丈夫ですか!? 大丈夫なんですか!?」


 僕の体はピクリともしない。


「ちょっと! なんとか言ってください!」

「うるさい」


 ぼそっと一言、消えそうな声が聞こえた。


「今、我慢している。もう少しこのままでいさせてくれ」


 我慢……? というレベルではない気がするが。

 数分経ったあと、僕の体はフゥゥと深呼吸をした。


「痛かったあああ!」


 真っ赤な体でガハハと笑っている。もうなにがなんだかわからない。


「ちょっと、補給させてくれ」


 そう言って僕の体は、鬼兵衛からリモコンを取り上げ、鋼鉄の壁を上げたあと、来た道を戻り始めた。


「ちょっと、初鹿野はこっちでしょう」

「鉄分が足りん。お菓子にちょっとは入ってるだろう。もともとワシが小童の体に憑依する条件としても上げている。食べてなにが悪い」


 僕の体は、ノシノシと歩いていく。さすがにジャンプする余力は残っていないようだ。


「鬼兵衛がぶっ倒れた今、ちょっと間食かんしょくしたって構わんだろう」

「いや、久世さんもピスタさんいるんで、急を要しているのは変わらないんです」


 そういえば、姫花が見当たらない。どこへ行ったんだろう。初鹿野を探してくれていたはずだが。

 僕は、僕の体を急かしながら、お菓子を食べさせた。




 たらふくお菓子を食べ終わったあと、僕と僕の体は急いで初鹿野のもとへ向かった。

 通路を進んだ先に扉がある。僕の体はそれを蹴飛ばして開ける。


「あ! 瑞樹さんっ!! って、大丈夫ですか!?」


 そこには初鹿野がいた。部屋は比較的広く、お菓子とティーセットが高そうな白い机に置いてある。まるでお姫さまの部屋だ。

 手と足にはしっかりと拘束具がつけられている。アメとムチってやつか……?


「初鹿野、こっちの心配してる場合か! 大阪城へ戻ろう」


 僕の声は、初鹿野には聞こえていない。さっきから目も合っていない。


「将門さん、もうそろそろ戻してもらっていいですか?」

「もうちょっといさせてくれ。いいだろ、小童はこの先もずっとこの体で生きていけるんだから」


 平将門は小声で僕に言った。彼がいなければ、ここまでたどり着けなかった手前、あまり強く言えない。


「なら、僕が言ったことを反復はんぷくしてください」

「はじかの、こっちのしんぱいしてるばあいか。おおさかじょうへもどろう」


 棒読みが過ぎるっ!


「いや、明らかに瑞樹さんのが大けがですよ! でも」


 初鹿野は僕の体をギュッと抱きしめた。


「きっと助けに来てくれると思ってました。瑞樹さん、私を一人にしないでくれて、ありがとうございますっ!」


 抱きしめる力が徐々に強くなっているのが、はたから見てもわかる。


「これが……セックス……?」


 どんな勘違いだ! 思っても口に出すな!


「え? なんですか?」


 初鹿野が顔を上げる。


「なんでもないって、言え!」


 僕は僕の体をひっぱたたこうとして、見事にくうを舞う。


「なんでもない」


 よし、それでいい。


「話はあとでいくらでもできます! すぐにでもここから出ましょうっ!」


 初鹿野が先陣を切った。


 ダァン!


 その瞬間、一発の大きな発砲音がした。

 初鹿野は反射的にかがむ。


「……まずい。これはまずい……」


 銃弾は、僕の体のこめかみに直撃していた。

 ふと霊体になっている僕の手を見ると、ゆっくりと消えていっている。


「将門さん、どういうことですか!?」


 僕は巨大な恐怖に襲われる。


「だめなんだ……。こめかみは、だめなんだ」


 消えていく僕は、倒れながらも拳銃を握っている鬼兵衛を確認した。

 あいつ……! くそっ!


「瑞樹さん、瑞樹さんっ!!」


 初鹿野が寄り添ってくる。


「小童」

「なんですか!?」


 初鹿野が返答すると、僕の体は、『おまえじゃない』と頸部けいぶを手刀で打ち、気絶させた。


「なにしてるんですか!」

「小童、小童の体は死んだ。小童の霊体も消えていく」

「そんな! ここまできてなんでそうなるんですか!!」


 僕は理解ができないままひざをつく。


「まだ可能性はある……。ワシが最後の力で、小童とその仲間たちを大阪城とやらへ運ぶ。そのあとは、陰陽師おんみょうじを頼れ。久世音羽に、安愚楽道満あぐらどうまん。そのあたりなら、可能性はある」


 僕は消えていく霊体と、薄れゆく意識のなかで、一生懸命に平将門が言った言葉を覚える。


「ちょっと、どういうことですか!? もっと詳しく……」


 理解しきれないまま、僕という存在は消えた。




「……瑞樹さん、瑞樹さん」


 どこからともなく声が聞こえてくる。

 僕は、通天閣で鬼兵衛と戦って、平将門が助けてくれて……えーと、よく思い出せない。

 そっと目を開く。

 視界が悪い。おでこにお札のようなものが貼られていて、それが視界を邪魔している。


「あ! お札は取っちゃだめみたいです……」


 この声は、伊奈さんか。なんで伊奈さんがここに。というか、僕はどこにいるんだ?


「瑞樹さん、起きられたんですね。よかった」

「あの」


 話した瞬間に、のどに激痛が走った。上手く声が出せない。というか、体中が痛い。


「いいんです。話さないで。不安でしょうけど、今は安静に」


 僕の頭上にあるふすまが、スゥと開く。


「お、起きたか」


 この声は、ピスタだ。よかった、無事だったのか。


「齋藤、大変なことになってるぞ。俺も驚いている」


 なんの話だ? 初鹿野や久世さんは無事なのか? 姫花は?

 僕は起き上がろうとするが、まだ体が動かない。


「無理しないでください。私は久世さんから、瑞樹さんの看病をするように言われているんですから」


 伊奈さんは布団を僕にかけなおした。


「お水、飲みますか?」


 僕は痛みに耐えながら、なんとか言葉を発する。


「ここはどこで、なにがあったんですか? ゴホッ」


 伊奈さんは、コップに水を注ぎ、僕の口に持ってくる。

 体の隅々まで水分がいきわたっていく。


「私の家です……。なにがあったかは、もう少し落ち着いてからの方が」

「いや、話した方がいい。いつかは言わなきゃダメなんだ」


 ピスタが横から入ってくる。


「……そうだね」


 伊奈さんは一呼吸おいて、話し始めた。


「瑞樹さん、耳だけ貸してくださいね」


 僕は少しだけ首を動かして、うなずく。


「大阪幕府は、二週間前に滅亡めつぼうしてしまったんです」


 なにかの聞き間違いだろうか。

 僕は、また意識を失いそうになった。

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