三一.二度目の助け

 鬼兵衛との一騎打ちに敗れ、意識が朦朧もうろうとしている僕は、走馬灯そうまとうにも似た形で、これまでを思い出していた。


 最初に出会ったのは、姫花だっけ。小人状態で挨拶されて、度肝を抜かされたな。


 初鹿野は、いつも元気で一緒にいて楽しい。厄介事やっかいごとも持ってくるけど、それもご愛嬌あいきょうだ。救えなくてごめん。


 まりな、いつもだらしがない僕の世話をしてくれて、ありがとう。まりななら一人で生きていける。いや、違うな。いつか必ず父さんと母さんは戻ってくる。三人で仲良く暮らしてくれ。僕はもともと孤児院から拾われた身。まりなたちは元に戻るだけだ。


 伊奈さんは、結局仲良くなれたんだろうか。僕は仲良くなれたと信じたい。ところどころに見える優しさが、僕にはとても嬉しかった。猫が好きで、自分の髪型も猫耳にするなんて、純粋で素敵な人じゃないか。もっと話したかったな。


 彩美は感情に素直で、僕と意見が合わないこともあったな。今回がまさにそうだ。勝手な行動を起こして、勝手に死ぬなんて、最悪だよな。老中失格だ。僕の後任はもっと優秀な人を選んでくれ。

 最後に一度会って、謝罪と感謝をしたいな。

 こんな僕を老中に選んでくれてありがとう。責務を果たせなくてごめん。と。


 久世さんはギャップがあって面白い人だった。まさかクールな一面がキャラだったとは。ぬいぐるみと話すとか、いちごが大好きとか、そういった部分をもっと出しても良いと思うけどな。強くて優しくて、自分の考えをしっかりと持っている。僕にとって憧れのような存在だ。

 走馬灯が久世さんに移ったとき、僕はなにかを思い出そうとしていた。

 久世さん。ん? 大事なことを忘れているような……。

 そこに起死回生きしかいせいの一手があるような……。


『……飲み込め……』


 お、思い出してきたぞ。


『本当に危ないと思ったら、これを飲み込め 』


 きた! そうだ! 布切れだ! 久世さんはここに来るまでの電車で、僕に布切れを渡してきたんだ。

 僕はかろうじで動く右手で、ボロボロの小袖こそでのポケットを、ゆっくりとまさぐった。




 ポケットから布切れが出てきた。サイズは小さめのハンカチほどだ。

 これを飲み込むのか。大丈夫なのか?

 飛びかけの意識で必死に考えるが、答えは出るわけない。

 もういい! どうにでもなれ!

 僕は残りの力を全て嚥下力えんげりょくに振り、布切れを飲み込んだ。


 ゴクッ。


「がはっっっ」


 案の定のどに詰まった。苦しい。

 え? 戦いでの名誉の死じゃなくて、布切れをのどに詰まらせて死ぬの?

 必死でもがくが、声が出ないのはもちろん、出たとしても助けてくれる者はいない。


「あがっ、あがっ」


 体の中の酸素がなくなっていく。ああ、こんな終わり方って、ないよ。

 僕の目は自然と閉じていった。




「ぶはぁっ!」


 酸素が勢いよくのどを通る。急に呼吸ができるようになると、それはそれで苦しい。

 助かったのか? だれが、だれが助けてくれたんだ!?

 前を見る。少し遠くに壁がある。気のせいか位置がすこぶる高い気がする。

 下を見る。血だらけで倒れている僕がいる。周りには粉々のお菓子が散乱さんらんしている。


「……え?」


 僕は自分のほっぺをつねる。痛い。

 下を見る。血だらけで倒れている僕がいる。夢ではないようだ。


「ちょっと待って。え、嘘だろ」


 気がおかしくなりそうなのを紛らわすため、大声で独り言を発している。


「死んだってことか!? ええええ!?」


 足元に力を入れてみる。空を歩けている。

 僕は倒れている僕のもとへ向かった。


「大丈夫か? 齋藤瑞樹!」


 スカッ。


 僕は僕を抱きしめようとしたが、からぶった。

 他の生命体には干渉できないようだ。

 どうする。今の僕が、目の前の僕にできることはなんであろうか。


「だれかぁ!? いませんか!? 幽霊でも怨霊おんりょうでも、だれでもなんでもいいです!」


 選択したのは、大声で助けを求めることだった。それが恥ずかしいこととは微塵も思わない。


「さっきからうるさいんだよ小童こわっぱっ!」


 低くドスノ効いた声が、フロア中に響く。

 振り返ると、五体バラバラの、大鎧おおよろいまとった坊主頭の男が立っていた。

 両手両足、それに頭が、胴体から数センチ離れ、浮いている。

 おそらく怨霊ということは理解できるので、そこには驚かないが、その威圧感に僕は思わず正座してしまった。


「すみません!」


 僕は謝る。


「小童がワシを呼んだんだろう。久々だな」


 坊主侍ぼうずざむらいは、左腰にいた刀をジャリンと鳴らした。


「えーと、どなたでしょうか?」

「なんだ。一緒になった仲じゃないか」

「まさか」


 一緒になった。僕に憑依ひょういしたということか?


「あなたが平将門たいらのまさかどですか?」

「左様。新皇しんのう・平将門とはこのワシのことよ」


 平将門は、今から約一一〇〇年前、平安時代に関東一帯を支配していた豪族だ。

 自らを新たなる天皇『新皇』と称し、関東を含めた東国を独立させようと試みたが、朝廷によってほろぼされている。

 こころざし半ばで殺されたその恨みは強く、今では三大怨霊の一人として数えられている。

 その平将門は、僕がお好み焼き窃盗事件で絶体絶命になったとき、なぜか憑依ひょういして鬼兵衛と戦ってくれた。


「将門さん、その節はどうも」

「気にすることはない。ちょっと遊んだだけだ」


 平将門はあぐらをかいた。


「なんでまた来てくれたんですか? また憑依してくれるんですか?」


 僕は矢継ぎ早に質問をする。


「うるさい。一つずつにせえ」

「すみません。でも時間がないんです。鬼兵衛が初鹿野のもとへ向かっています」


 僕は鬼兵衛が歩いていった方向を指さしたが、既に姿は見えない。


「まず、なんで来たかは、小童ののどにある呪布じゅふだ」

「呪布?」

「怨霊を呼び寄せる効果がある。小童の唾液だえきと絡むことで発動したんだろう。ワシが来たのは、一度憑依して小童との相性がよかったことと、近くにいたことの二つの理由からだ」


 平将門は、毛のない頭をガシガシと掻いている。


「この間の憑依は、たまたま通りかかって、ちょっと遊んでやろうと思っただけだ。運命っていうやつだな」


 三大怨霊との運命なんて、ごめんだ。


「そして、また憑依するかは、条件次第だ」

「なんですか」


 そんな簡単には助けてくれないか。


「小童は鬼兵衛とやらを倒したいんだろう? それは朝飯前だ」


 なんて心強い言葉だ。最強の武士が言うんだから信頼もできる。


「そのあとだ。倒したあともしばらく遊ばせてくれ」

「どれくらいですか?」

「ほんのちょっとでいい。そこらへんに散らばっているお菓子を食べられればそれでいい。この体じゃ食えなくてな。昔は美味いものを食うことだけが幸せだったんだ」


 昔って、一一〇〇年前の話か。


「わかりました。お菓子をたらふく食べたら、僕の体から抜けて、僕を戻してください。それでいいんですね?」


 正直、もっと厳しい条件を突きつけられると思っていた。とても飲めないほどの。

 だが、お菓子を食べたいなんて可愛いお願い、初鹿野とみんなを救出して通天閣から出たい僕にとっては、屁のかっぱだ。


「よし。交渉成立だ」


 平将門はバッと立ち上がる。改めて見るとすこぶる大きい。一八〇センチはあるであろうか。頭部と手足が分離しているので、首振り人形のように、小刻みに頭が揺れている。

 倒れている僕に近付き、スウウッと息を吸う。


「小童は上からでも見てろ。きっと楽しいぞ」


 そう言って平将門はスッと、落とし穴に落ちるように僕の体に入った。

 僕の体の目がゆっくりと開く。


「あああ」


 おっさんみたいな声出すな。まだ一六歳だ。


「この間は、小童の意識もかろうじで残っている中で憑依したから、窮屈きゅうくつだったが、空っぽの体は広くていいな」


 僕の体はグウウと背伸びをしている。


「将門さん、早く鬼兵衛を追ってください」

「気が早い。もうちょっと慣れさせてくれ」


 僕の体は床に落ちているマカロンをポイと口に入れた。


「美味い! なんだこの食べ物は!」

「いいから! やることしてから食べてください!」


 僕の体がしゃがみ始めた。体からギシギシと、普段は絶対に鳴らない音がしている。


「怨霊って不思議でな。他の生命エネルギーを感知できるんだ」


 蛙のようなポーズをとっている。上から見ていて少し恥ずかしい。


「鬼兵衛はまだ初鹿野のもとへ着いていない。大分遠くへ監禁しているみたいだな。初鹿野も無事だ」

「それはよかったで」


 僕が喋り終わろうとした瞬間、


 ブバアアァァァンンンッッッ!!!


 僕の体はふっ飛んでいった。

 超ホッピングシューズはとっくに壊れているはずだ。

 なんて脚力だ。僕は空を走り、急いで体を追いかけた。

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