三〇.決着の通天閣

 通天閣に突入する前、ピスタは姫花が開発した『身長調整装置』によって、小さくなり、ずっと姿をくらましていた。

 そして今、ようやく姿を現してくれた。ものすごく大きくなって。


「ピスタさん、遅いですよ」


 僕は巨大化したピスタの足をさする。


「絶対的な好機を狙ってたんだ。こいつ、すきを見せないな」

「ピスタさん、もうあまり時間がありません。久世さんが重症です」

「わかってる。俺もあまりこのサイズはもたない」


 僕は後ろへ飛び、鬼兵衛の視界から消えた。

 ピスタはドシッドシッと地面を揺らしながら前へ進む。


 ドガァァンッ!


 象の二倍はある体での踏み付けは、風圧もすごく、周りのお菓子や瓦礫がれきが吹き飛んだ。


「おーこわいこわい」


 鬼兵衛はピスタの踏み付けをひょいと避け、ピスタに銃を向ける。


 ダァン!


「痛っ!」

「でかい体はそれだけ攻撃を受ける範囲が広いってことじゃねぇかぁ。ウドの大木たいぼくになるなよ」


 ピスタは右前足を横に振り回す。


 ブゥゥゥゥン!

 ドゥカアァァン!


 右前足は鬼兵衛をかすり、壁に激突する。


「面白れぇ! アトラクションみたいだなぁ!」

「ピスタさん、冷静になって! 大振りしても鬼兵衛には当たらない!」

「わかってるけど! どうすりゃいい」


 僕はピスタの後足からよじ登り、頭部で耳打ちをした。


「……理解はできないが、とりあえずやってみるよ」

「なんだぁ!? 作戦会議かぁ?」


 ダァン!


 鬼兵衛の銃弾を、ピスタは後ろへ飛び避けた。


 ガシャァァン!


 飛んだ先にはワッフルタワーがあり、ほぼ全てのワッフルが粉々になった。

 ピスタは横に飛び、大量のあめを破壊していった。


「いいぞピスタさん、お菓子をどんどん粉々にしてくれ!」


 巨大な前足で、せんべい、チョコレート、ポップコーンと次々に粉々にしていく。


「おいおいおいおい、頭がおかしくなったのか?」

「おまえの敵は怪物だけじゃないぞ」


 バググゥゥッ!


「ぐはっ!」


 僕は、ピスタに気を取られている隙に、鬼兵衛の左横腹に渾身こんしんの左ストレートを入れた。


「いいねいいねぇ!」


 ダァン!


 間髪かんぱつを入れずに、オートマチック式拳銃で撃つ。

 鬼兵衛の右肩にかすり、血が飛び散る。


「老中さんよ、もっと真ん中狙わなきゃ」

「狙ってるんだけどな」


 僕は苦笑した。この戦いを、心のどこかで少しだけ楽しんでいる自分がいる。

 それは、勝てる算段が立っているからだろう。

 ピスタが、鬼兵衛の背後から踏みつぶそうと試みる。


 ドゴォォン!


 鬼兵衛は大きく飛びけ、地面にひびがはいる。


「これでいいのか!? もう体力がもたない。少し寝たい」


 グググググ。


 ピスタは小さくなりながら僕に言った。


「十分です。あとは僕がやります。離れて休んでてください」


 僕はフロアの真ん中に向けて、ゴムボールをポイと投げている。


 ポンッ。


 空中にいる鬼兵衛の肩にゴムボールが当たる。


「なんだ?」


 鬼兵衛が、ピスタの攻撃から飛び避けた先はフロアの真ん中だった。そして僕は、彼が飛び避ける前に、予測してゴムボールを投げている。

 逃げ先を見てから投げているのでは、避けられるからだ。

 ゴムボールがブクブクと膨れる。


 ドガガガガァァァァァンッッ!!!


 全てを吹き飛ばす爆風とともに、多様なお菓子の破片がフロア中に飛び散る。


「ぐおああっ!」


 そこだ!


 ダァン! ダァン! ダァン! ダァン!


 今までとは違う響きがした。完全に命中している。

 僕は身を低くして視界が開けるのを待った。

 ようやく終わった。初鹿野を見つけてさっさと出よう。


 グサッ。


 一瞬の安堵が全てを台無しにする。僕は後悔した。

 下腹部にナイフが突き刺さっている。

 死ぬほど痛い。

 舞い上がったお菓子の破片が落ち終わり、前方を見ると、鬼兵衛が倒れていた。


「……なんで俺の動きを把握できた」


 鬼兵衛は、口だけを動かし僕に言った。

 くそっ! 急所は外したか!


「謎のゴムボールといい、銃弾といい、見事に俺に命中した」


 僕は下腹部を押さえながら、痛みが和らぐ体勢を取る。


「ずっとおまえの避け先を見てたんだ。ある法則があった」

「ほう」

「おまえは左右順番に避けることが多い。後ろに下がることがあっても、右後、左後、と避けている。だからピスタの攻撃は左に避け、爆風から逃げるときは右に避けるだろうなということは予測できた」


 鬼兵衛はククッと笑う。


「多い? 違ったらどうするんだ」

「違ったら僕の負けだ。行動を見てから攻撃じゃ遅い。おまえの行動を予測して事前に攻撃しておかないと、当たらない。まあ、保険でお菓子の破片を飛び散らせたから、それがおまえの目に入れば、予想を外していても攻撃する隙はできたけどな」


 僕は痛みを感じながらゆっくりと目をつむる。鬼兵衛も今は動けないだろう。


「フッ。そこまで考えて相打ちか。まあ、普段ぐうたらはんこ押してるだけの老中のわりには頑張ったんじゃないか」


 老中のイメージどうなってるんだ。

 僕は鬼兵衛に質問をした。


「なあ、なんでそこまで悪事にこだわる?」


 鬼兵衛は一瞬の間のあと、答える。


「金、金だよ金。金を集めるのに一番楽なのが、盗むことだっただけだ」

「なぜ金にこだわる? 金持ちが幸せだと思ってるのか?」


 どこかで、お金を持つことと幸福度の関連性はない、という論文を見た気がする。


「おまえに言うことじゃないが、まあいい。お互い動けないなら、少し話でもしようか」


 鬼兵衛は体勢を変え、あぐらをかいた。

 動けるじゃねえか。なんて頑丈な体だ。


「自分で言うのもなんだが、俺は生粋きっすいの親バカでな」

「自分で言うのもなんだな」


 この状況で普通に会話していることが、ふとおかしくなってきた。


「このフロアもかのこのために作った」

「バカすぎる」

「かのこにはできるだけ幸せに過ごしてほしいんだ。食べたいと思ったものを食べてほしいし、やりたいと思ったことをできるだけさせてやりたい。かのこは数年以内に死ぬからな」


 そういえば、お好み焼き窃盗事件の際も、娘がたこ焼きを食べたいからたこを盗みに来たと言っていた。


「え、死ぬ?」


 急な展開に、僕は少しだけ目を開けた。


「この国では治せない病気らしい。だから俺はかのこを海外に連れてってやりたい。日本から海外に行く方法知ってるかぁ? 老中さんよ」

「基本的にはない。幕府の使節団で行くくらいじゃないか」


 アメリカに向けて出航したきり帰ってきていない、亀山と小登美の二人が頭によぎった。


「俺がそんな方法実行できるわけない」

「そりゃそうだ」


 多少はまともな思考も持ち合わせているのか。


「となると密出航みつしゅっこうしかないわけだ。老中の前でこんなこと言うのはおかしな話だけどな」

「今は聞かなかったことにするよ。下腹部が痛いんだ」


 僕は下腹部をさすりながら軽口を飛ばした。


「密出航業者がこれまたタチが悪くてな。途方もない額を要求してきやがる」

「それで金が必要、と」


 鬼兵衛は強く握った拳を地面にぶつけた。


「俺はどんなに汚い金でも、他人ひとの金でも、娘が助かるためならなんの躊躇ちゅうちょもなく使うさ。娘のためなら他のどんなやつでも殺せる。とにかく金だ。金がいる」

「……おまえの動機はわかった。そのうえで僕はおまえを許さない」


 痛みに少しだけ慣れてきた。僕はゆっくりと、顔をしかめながら立ち上がる。


「タフな老中だぁ」

「おまえに言われると、バカにされているようにしか聞こえないよ」


 鬼兵衛もひょいと立ち上がる。


「一応だが言っておくぞ」

「なんだ」


 一歩前に進もうとすると、慣れてきた痛みが一瞬で振り出しに戻る。


「俺はおまえと町奉行を許していない。おまえらのせいで、娘にたこ焼きを食べさせてやれなかったからなぁ」

「そんなこと身をもってわかってる」

「だが金を積めば逃がしてやるぞ。元々町奉行の借金から始まったことだ。戦わず、金で解決できるならそれでよくないかぁ? 幕府から引っ張ってこいよ。老中さんよぉ」


 鬼兵衛は地面に散らばっている、粉々になったクッキーを拾い、ムシャムシャと食べた。


「なにを今さら。戦わないって? もう痛くて痛くて満身創痍まんしんそういなんですけど。それに」


 僕は拳銃を構える。


「ジリひん幕府に金が払えるかぁ!!」


 ダァン!!


 鬼兵衛は左に避け、僕に突っ込んでくる。


「なら死んでびろぉ!!」


 グンッッッ!!


 ナイフが刺さって出血している下腹部を、鬼兵衛は思いっきりパンチした。


「ぐああああああ!」


 僕は叫びながら後ろへ後退する。パンチはかろうじて致命傷にならずに済んだ。


「もう逃げるのはやめにしようぜ。いつまでやるんだぁ」


 鬼兵衛は首をゴキゴキと鳴らした。


「死ぬわけにはいかないんだ。僕が死ねばだれがここにいるみんなを助ける」

「ハハ、だれも助からねえよぉ」

「だれ一人欠けさせない。幕府の人間は僕が助ける」


 僕は鬼兵衛めがけて走る。


「政府の犬がぁ!!」


 鬼兵衛は拳銃をしまい、ファイティングポーズを取った。

 そうこなくっちゃ。


「うおぉぉぉぉぉ!」

「おらぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ボゴゴォォォンッッ!!


 僕の左拳は、華麗に空振り、体勢をくずした。

 鬼兵衛の右拳は、僕の倒れていく体の重さと相乗そうじょうして、何倍もの威力になる。

 あまりの衝撃と激痛に声が出ない。口からは大量の吐血とけつ

 僕は負けた。立ち上がる力はもう残っていない。


「残念だなぁ。役所仕事人間に、死線を乗り越えてきている俺を倒すことはできない」


 鬼兵衛は僕に背を向け、歩いていく。

 初鹿野もこうやって痛めつけるのだろうか。

 僕はかろうじで動く右手で、ボロボロの小袖こそでのポケットを、ゆっくりとまさぐった。

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