二八.みんな大好き平賀えもん

 通天閣展望部分が落ちてきて、二本の道に分かれたジャンジャン商店街。

 僕と久世さんは、武装集団を撃破し通天閣入り口へ向かった。




 通天閣正面入り口についた僕の前には、目を疑うような光景が広がっていた。

 怪物。そう表すほかなかった。大きさは象の二倍はあるであろうか。足には鋭い爪、少し打撃を加えただけではびくともしないであろう、毛におおわれた強固きょうこな体。顔は高いところにありすぎてよく見えない。

 鬼兵衛はこんな怪物を飼っているのか。

 通天閣の中に入るには、この怪物を倒さなければいけないと考えるだけで、ゾッとする。

 しかし、怪物にしては可愛らしい色をしている。逆に油断させるためか? このクリーム色の毛。ん? クリーム色?


「あ! いたんだ」


 怪物の足元から、姫花がちょこんと顔を出した。


「うぉい! そこから離れろ! 踏まれてぺしゃんこになるぞ!!」


 僕は急いで姫花の手を取り、脱出させる。


「ちょっとちょっと、そんなことしないよ」


 姫花は上を向き、手を円にしてメガホンのように口元にあてた。


「おーいっ!」

「……はーい」


 少し低くなっているが、聞き馴染みのある声だ。


「早く元に戻してくれ」

「瑞樹くんと久世さんに見せたくてさ! この巨大な体のおかげで、敵をなぎ倒してここまで来れたんだよね! ありがとうね!」

「もう十分見せただろ! 恥ずかしいっ!」

「もーしょうがないなぁ」


 姫花は怪物の足にペタッと機械を貼り、ボタンを押した。


 ブウウゥゥゥン。


 怪物はみるみる小さくなっていく。


 ブウウゥゥゥン。


「ちょいちょい! 小さくしすぎ!」

「あはは。それくらいが可愛いんじゃない?」


 姫花は手を叩いて笑っている。

 そこには手のひらサイズのピスタがいた。


「その機械、見たことあるぞ」


 僕は今と同じような出来事を、経験したことがある。


「ああ、そうだね。ウチと瑞樹くんが初めて会ったとき、この『身長調整装置』を実証実験している最中だったもんね」


 そうだ。僕が初めて見た姫花は、小人サイズだったんだ。


「うおお! さらに小さくなるぞ!」


 ピスタが自分で遊び始めた。

 人間にも刺激的だが、猫にはさらに刺激的なのだろう。




「ここまで来たはいいが、入り口は顔認証だぞ」


 久世さんが正面入り口を指さす。

 大阪城よりも最新の顔認証システムが導入されている。


「どうしようか」


 僕は頭を掻く。一難去ってまた一難とはこのことだ。


「姫花、あの顔認証の機械も、平賀製じゃないの?」


 僕は、もしかしたら解除できるかもしれないという、淡い期待をこめて姫花に尋ねた。


「そうだけど、解除なんて無理だよ」


 やっぱりそうか。


「でも」


 姫花が唐草模様の風呂敷をゴソゴソと探し始めた。

 だんだん、彼女が未来からきたロボットのように見えてきた。


「じゃじゃーん!」


 天高く掲げたその手には、スライムのようなねちゃねちゃした物体があった。


「気持ち悪いな」


 久世さんが間髪入れずに言い放った。


「ちょっと久世さん、それはないでしょう。ね? 瑞樹くん」

「いや、気持ち悪いよ」


 僕は即答する。


「ちょっと! なんなのもう!」


 姫花は地団駄じだんだを踏んだ。

 ちなみに、ピスタは小さくなりすぎて、もうどこにいるのかわからない。


「この『そっくりスライムマスク』、凄い代物しろものなんだよ」


 姫花は近くに倒れていた女性団員に近付く。


「ほれっ!」


 スライムマスクを団員の顔にべちゃあっと塗り付ける。


「……やっぱり気持ち悪い」


 久世さんは目を細めながら、苦い顔をして呟いた。


「ですね」


 僕は吐き気をもよおしている。


 べちゃっ。ぬちゃっ。ぶちゃぁぁぁっ。


「おえぇ!」


 僕はえずきながら、姫花はなにをやっているんだ、と腹が立ち始めた。


「ちょっと! そんなの見せつけないでくれ!」

「よしっ! できた!」


 姫花はスライムマスクを団員の顔からめくった。

 スライムマスクは、緑色からいつの間にか肌色になっていた。

 それに、団員の顔そのものになっている。団員の肌にあるできものの凹凸おうとつまで、そっくりそのまま再現している。

 姫花はスライムマスクを被り、カンフーのポーズをした。濱島盗賊団にそんなイメージは一切ない。

 スライムマスクは首元がグニャァと溶け始め、マスクという判断はつかなくなった。


「どう? 凄いでしょ?」

「凄いけど、なんかその発明品は嫌だな」


 僕もあれを被るのか。


「はい。どうぞ」


 姫花は、僕と久世さんに一枚ずつスライムマスクを配った。


「お好きなかたのお顔に張り付けて」


 好きな方なんていないよっ!

 僕は適当な男を選び、スライムマスクを塗り付ける。


 べちゃあ。


 ああ、やっぱりだめだ。

 僕はトイレへ駆け込んだ。




「はははは! 瑞樹くん、それはウケる!」


 姫花は僕の顔、いや、コピーした団員の顔を見て爆笑している。

 極悪非道の盗賊団員だが、今この瞬間は同情しよう。

 完全に団員そのものになった僕たち三人は、顔認証システムの前に立った。


 ピピピピ。


 扉が赤から緑に変わり、ウィーンと開く。

 通天閣一階は、だれもおらず、真ん中の円柱を中心に、だだっ広い空間が広がっている。

 エレベーターや階段も見当たらない。


「鬼兵衛と初鹿野がいるのは地下だったよね」


 僕は久世さんに確認を取る。


「ああ、間違いない」


 さて、どうやって地下に降りるか。

 僕たちは一階をうろうろと回ることにした。

 不気味なくらいの静寂せいじゃくに包まれている真っ白な空間。

 ジャンジャン商店街の騒ぎが嘘のようだ。


「これ、一周したよ」


 姫花が、みんながうすうす勘づいていることを口に出した。


「おそらく、隠し扉があるんだろうな」


 久世さんが目の前の壁を触ったが、なにも起こらない。


「見落としなく壁を触っていくなんて不可能だ。どうするか」


 僕たちが立ち止まり思案していると、トントンと、どこからともなく足音が聞こえてきた。


「だれか来るぞ。隠れるか」


 久世さんが身構えて警告した。


「いや、今の久世さんは短髪イケメン女性だよ」

「なっ!」


 自分で選んでなぜびっくりしているのか。

 小さく、そして軽い足音はどんどんと近付いてくる。


「歩いてくる人から聞き出そう」


 僕たちは平然を装い、足音の人物が現れるのを待った。


「あ! だれかと思えば、まっちゃんじゃんっ!」


 目の前に現れたのは、赤いオーバーオールを着た、おかっぱ頭の可愛らしい女の子だった。五歳くらいであろうか。僕を指差している。


「まっちゃん! なんでここにいるの!? 遊ぼうと思って探してたんだよ!」


 僕がスライムマスクを塗りたくった男は、まっちゃんと言うらしい。

 そしてそのまっちゃんは、この女の子と仲が良いらしい。

 これはまずいぞ。


「あー、ちょっと急用ができてね。遊ぶのはまた今度にしよう」


 まっちゃんの喋り方、これで合ってるか?


「まっちゃん、どうしたの? 変だよ」


 くそっ! 初っぱなからミスった!

 姫花と久世さんを見ると、二人とも明後日の方向を向いている。

 おい! 助けろよ!


「まっちゃん」


 女の子が不審な目で僕を見つめる。


「は、はい」

「かのこには敬語を使わなきゃ」

「はい?」


 僕の腰ほどの背丈の女の子から出た言葉は、予想していたどのパターンでもなかった。


「ほら、いつもかのこには敬語じゃん。なんで今日はタメ口なの?」

「えー、いや、そうでしたね! なんででしょうね! ははは」


 姫花と久世さんを横目で見ると、通話機をいじっている。

 おい! この現代病めがっ!


「まっちゃんごときが、かのこと喋れるだけでもありがたいと思わないと」


 凄いこと言ってるぞこの子! 親のしつけはどうなってるんだ!

 親の顔が見てみたいと思ったそのとき、通話機がブルブルと震えた。


『その子を利用して地下に行くぞ』


 久世さんからの電子手紙だった。

 確かに今この状況で、最善の手はそれだろう。

 おそらくこの『かのこ』なる女の子は、僕になついている。僕なら上手く誘導できる可能性がある。


「かのこちゃん、地下で遊びませんか?」


 僕は恐る恐る、筋道すじみちを踏み間違えないように会話を進める。


「えー、地下はお父さんが今日は行っちゃダメって言ってるよ」

「いや、大丈夫になったみたいですよ。お父さんから聞いてませんか?」


 言いながら、自分でも厳しい返答だということはわかっている。


「え! 本当に!?」


 予想外に、かのこの反応は好感触だった。


「じゃあ行こ! かのこ、地下大好きなんだっ!」

「はい。行きましょう!」


 地下には小さな女の子が喜ぶようなものがあるのだろうか。

 かのこは僕の手を引き、スキップしている。

 姫花と久世さんは少し後ろをついてきている。


「えーと、ここだったかな」


 かのこが、床から三〇センチほど上の真っ白な壁を押した。

 そんなに低かったのか。むやみに探しても絶対に見つからなかった。


 ガガガガ。


 かのこが押した位置を軸に、左右に壁がれていく。

 その奥には階段が続いている。


「まっちゃん! まっちゃんも食べていいからね!」


 食べていい?

 僕たちは、真っ暗な階段を下りていった。

 地下の入り口が見えてくると、なにやら異様に明るい。

 果たして中にはなにがあるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る