二六.串カツ屋の決戦

 ダァン!


 店内に銃声が鳴り響く。武装集団の一人が倒れる。


「うおおおお!」


 怒りを覚えた男が僕に殴りかかってくる。男はバールのようなものを手に持っている。


 ブゥゥン!


 バールのようなものを間一髪で避け、相手の腹を左拳で思いっきりパンチする。

 僕の左拳には、メリケンサックがはめられている。


「ぶはぁっ!」


 男は血を吐き出し倒れた。


「なかなか良い武器を持ってるじゃないか」


 久世さんはこの状況下で、まだ座っている。


「やっぱり男は接近戦でしょう」


 僕はメリケンサックをはめながらシャドウボクシングをした。


 ダァン!


 僕の顔の数センチ横をかすめ、銃弾が壁にぶち当たる。


「あっぶな!!」

「自業自得だろう」


 久世さんはゆっくりと立ち上がり、目をつむった。


術式指示じゅつしきしじ


 久世さんはそうつぶやくと、手でいんを結び始めた。


「おうあぁ! なんだなんだ!!」


 叫び声のする方を見ると、二度付け禁止の張り紙がしてある、ソースの溜まった缶が宙に浮いている。

 その缶は、驚く男の頭上に移動したかと思うと、くるりとひっくり返った。


「いやぁぁ!」


 ソースでベトベトになる男。もうすっかり戦意は喪失している。

 それと同じことが店内の至るところで起こっていた。

 もう店内はソースまみれだ。


「久世さん、どうやってるんですか!?」


 僕は、向かってくる武装集団を撃ちながら聞いた。


「私に恐れおののく怨霊にお願いをしているだけだ。私はあくまで手は下していないぞ。ソースをかけているのは怨霊だ」


 なるほど。人を攻撃しないと言っていた久世さんだが、その原理が通るならとても心強い。もう攻撃してるも同然だ。

 ソースの次は電球が落ちてきた。向こうも驚いているが、こちらも相当にびっくりする。

 ハチャメチャな店内の中で、どんどんと武将集団は減っていく。

 もうまともに立っているのは、最初に鍵を閉めた店員のみとなった。


「まだだ、まだ終わってないぞ!」


 追い詰められた店員は、怯えながらもまだ戦意は残っているようだ。

 店員は鍵を真上に放り投げた。


「なにをするつもりだ!」


 僕がそう叫び終わる前に、店員は鍵をゴクリと飲み込んだ。


「ひひ、ははは! 俺らが全滅してもここから出られなきゃ意味ないだろ! もうすぐ援軍が来る! おまえらがいるこの店は、針のむしろだ!」


 店員の目は完全にイッている。鬼兵衛に調教されているようだ。


「どうする、齋藤」


 久世さんは苦い顔をした。


「どうするっていっても、あの扉はぶち破るには分厚ぶあつすぎますよ。久世さん、怨霊でなんとかならないですか」

「さすがに無理だ。なんでもできると思うな」

「すみません」


 僕はあたりを見渡した。扉を壊せそうな固いものはない。


「あった!!」


 急な大声に、久世さんと僕はビクッと肩を上げる。

 声の主は姫花だった。


「どこにいたんだよ」

「ずっと机の下にいたよ。こわいんだもん」


 そう言う姫花の手には、ピンポン球ほどのゴムボールがあった。


「それは?」

「いいから、離れてて見てて」


 姫花は往年のエースピッチャーのように、ワインドアップで大きく振りかぶった。

 なにやら嫌な予感がする。

 僕と久世さんは急いで店の奥に避難する。


「ピッチャー振りかぶって、投げました!」


 ポイッ。

 ポトッ。


 ゴムボールは扉に当たり、店員の目の前にコロコロと転がった。


「なんだこれ? ビビッて損したよ!」


 店員はゴムボールを拾う。

 そのとき既に、姫花は僕たちのところまで逃げていた。

 次の瞬間。


 ドガガガガァァァァァン!!!!


 僕たちは刹那に耳をふさぐ。鼓膜が破れそうなほどの衝撃音とともに、店の半分がふっ飛んだ。

 ……なにか起こると思ったが、予想の何十倍も凄かった。

 久世さんが僕に抱きついて離れない。僕の小袖のお腹あたりを、ギュッと握っている。


「久世さん、もう大丈夫ですよ」

「……本当?」

「はい」


 久世さんはゆっくりと目を開け、手を離した。


「平賀、いまのはなんだ?」


 ここからその感じに戻れるのか!?

 久世さんは僕に抱きついたことを、完全になかったことにしている。


「『どっかんゴムボール』ですよ!」


 それがなんなのかを聞きたいんだが。

 僕と久世さんは、じっと姫花を見つめる。


「ウチが手ぶらでここにいると思ってるんですか? ちゃんと戦う準備はしてきてるんですよ。この風呂敷に発明品がたんまり入っています。瑞樹くんと久世さんのお荷物にはなりませんよっ!」


 姫花は三つ編みの茶髪をブンと振り、胸を張った。


「俺を忘れるな」


 半分がふっ飛び、青空が見える店内に、ピスタがちょこちょこと歩いてきた。


「ピスタさん、無事でよかった!」


 僕はピスタのもとへ走り、勢いよく抱いた。


「やめろ!」


 言葉とは裏腹に、体は正直だ。お腹を見せつけて喜んでいる。


「この商店街、濱島盗賊団の団員でまみれてるぞ」


 ピスタはぴょんと僕の胸から飛び降り言った。


「俺は路地裏に避難していたが、おまえらが入った店の前にぞろぞろと武装した奴らが集まってきていた。さっきの爆風でそいつらは吹き飛んだが」


 姫花、ナイスだ!

 僕が姫花を見ると、厨房に放置されている串カツを食べていた。なんて呑気な。


「商店街にいる団員に付き合っている暇はない。通天閣までつっきったほうがいいんじゃないか」


 久世さんは着ていたTシャツについたソースを水で落としながら提案した。

 こっちもこっちで、今その汚れ気になるか!?

 まあ、二人とも動じていないということなんだろうか。


 ダァン!


 突然響く銃声。銃弾は久世さんの数メートル横のテーブルに当たった。

 少し前に出て、通天閣方面を確認する。

 そこには大量の武装集団が待ち構えていた。


「どうつっきるか」


 僕は思考を巡らせる。


「姫花、またあのゴムボール投げてくれよ」

「あれ、一発しかないんだよ。そんなに量産できるようなものじゃない」


 姫花は即答した。


「じゃあ他に一網打尽にできるようなものは!?」

「えーと、あ!」


 なにかを思いつき、姫花は唐草模様の風呂敷の中をガサゴソと探す。


「これなんかどう? 『超ホッピングシューズ』!」


 姫花は、謎の靴を天高く掲げている。


「どう使う!?」

「これを履いてジャンプすると、いつもの一〇倍は飛べるの。戦いには向いていないけど、この大群をかわすにはいいかなって」

「それだ!」


 僕たちは超ホッピングシューズを履いた。しっかりと猫用も準備してあった。

「つっきるぞ!」

「おお!」


 僕の掛け声とともに、三人と一匹が跳ねだす。


「うおぁ、なんだなんだぁ!?」


 ピョーン! ビヨーン! ピョーン! ビヨーン!


 僕たちは空高く飛び上がり、着地するとまた一〇メートル近く飛び上って進んでいく。

 予測ができない動きに、武装集団も手が出せない。

 はたから見ると、大分滑稽こっけいだと思うが、そこは目をつむろう。

 ジャンジャン商店街にギュウギュウ詰めになり、襲い掛かってくる武将集団の群を飛び越え、通天閣まであともう半分というところまで来た。

 いける。いけるぞ。体力と武器の消耗なく本拠地まで進める!

 そう思った矢先だった。


「なんだあれは!?」


 久世さんが叫んだ。上を見上げている。


「うおぁぁぁぁぁ!」


 武将集団が慌てて逃げようとしている。ギュウギュウ詰めなので身動きがとれていない。

 僕が久世さんと同じ方向を見たとき、視界に空はなかった。

 コンマ五秒で理解する。八角形の独特の形。年季の入った白色。通天閣だ。通天閣の展望部分がポキッと折れて、頭上から落ちてきている。


「逃げろおぉぉぉ!」


 僕は周囲に叫ぶ。三人と一匹は、間一髪で左右に分かれる。


 ドドオオォォォォンン!!!!


 地震のような大きな揺れと共に、大量の砂ほこりが舞う。しばらくは身動きが取れない。しゃがんで視界が開けるのを待つ。


「だれか、いる?」


 久世さんの声だ。


「ここにいます。齋藤です」


 僕は久世さんのいるであろう方向へ手を差し伸べた。

 すぐに強く握られる感触があった。


「よかった」


 ぐっと久世さんが近付いてくる。


「あまり離れないでほしい」


 普段怨霊と戦っているのに、こういうときはこわいらしい。


「大丈夫です。離れませんよ」


 だんだんと視界が開けてくる。

 周りを見ると、多くの武装集団が、通天閣展望部分の故意的落下こいてきらっかに巻き込まれ、倒れていた。

 鬼兵衛、自分の仲間の命をいとも簡単に。許せない。

 逃げのびた残りの武装集団が周りを囲んでくる。

 久世さんの片方は裸足だった。真横に飛ぶときに脱げたらしい。超ホッピングシューズに、おんぶして飛べるほどのパワーはない。


「私なら大丈夫だ。齋藤、一人で通天閣へ向かえ」


 久世さんは、強がって繋いだ手を払った。


「いや、二人で戦いましょう」

「齋藤……」

「離れないって、言ったじゃないですか」


 久世さんはほほを赤らめた。


「それに、絶対にぶん殴らなきゃ気が済まないやつが、目の前にいるので」


 僕は、眼前に立つ荻原桂おぎわらかつらにらみながら、立ち上がった。

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