二五.初鹿野まお奪還作戦

 久世さんからの連絡を受け、僕たちは京橋駅前で集まることとなった。

 僕が着いたときには、既に伊奈さんとピスタがそこにいた。


「伊奈さん、おはようございます」

「……おはようございます」


 なにが起こるかわからないこれからを前に、伊奈さんと僕はいつもよりもたどたどしい。


「朱里、心配するな。ちゃちゃっとやってスパッと帰ってくるさ」


 ピスタは伊奈さんの頭の上で、彼女の頭をでている。

 その男前らしさを見習いたい。

 しばらくすると、久世さんが来た。


「遅れて申し訳ない」

「いえいえ。早速、鬼兵衛の居場所に向かいたいんですが」


 僕は緊張のなかにある、はやる気持ちを抑えきれない。


「ああ、居場所なんだが」

「ちょいちょーい!」


 久世さんが話し始めたそのとき、遠くからだれかが走ってきた。


「ウチも、はぁ、ウチも一緒に行かせてください!」


 目の前まで来て、ひざに手をついて息をしている。

 側用人・平賀姫花だ。

 服装は特寺の学生服だが、唐草模様からかさもようの風呂敷を背負った往年の泥棒スタイルだ。


「姫花、なんでここにいるんだ。というか、なんで集合場所がわかった?」

「なんでって、はぁ、はぁ、ちょっと待って」


 姫花の呼吸は荒いままだ。頭を見ると寝ぐせがついている。


「ふぅ」


 ようやく喋れる状態になった姫花は、手で顔を仰ぎながら話し出した。


「彩美公からの命令ですよ。『瑞樹を守るように。絶対に危ない橋を渡るんだからっ! 放っておけるわけないっ!』って。瑞樹くん、良かったね」


 彩美、勝手にやってくれと言っておきながら、心配してくれてたのか。

 校長室での一件から、少し気まずくて、彩美を見かけると避けている自分がいた。

 身勝手な行動を取り、失態を犯し、それを自ら時間を割いてぬぐおうとしている。そりゃ将軍はいい気にならないだろうと。

 僕は頭を掻きながら、彩美になんとお礼をしていいか考えていた。


「彩美にお礼を言っておいてくれ。もちろん僕からも言いに行くけど」

「了解。で、私も一緒に行っていいよね?」

「もちろん」


 久世さんとピスタもコクリと頷いた。


「それで、濱島鬼兵衛の居場所だが」


 久世さんが話を戻した。


「大阪新世界・通天閣つうてんかくの地下だ」




 僕たちは電車に乗り、久世さんの示した通天閣へ向かった。

 移動中に、久世さんに聞きたかったことを尋ねる。


「久世さん、鬼兵衛の居場所ですが、なんでわかったんですか?」

「言わなきゃだめか?」


 なにかやましいことでもあるのか。


「そうですね。入手ルートによってはその情報はガセかもしれない。しっかり吟味したいです」

「そうか……」


 久世さんはいつになく、もごもごしている。


怨霊おんりょうに聞いたとかですか?」


 僕は笑いながら冗談を飛ばした。


「なっ! なぜわかった」


 そうだったんかい!


「いや、冗談のつもりだったんですけど、そんなこともできるんですね」

「ああ。私は何年も怨霊退治をしている。一部の怨霊は私を恐れおののき、服従している」


 なかなかこわいこと言ってるな。


「服従した怨霊たちを使って探させたんだ。そうして特定できたのが通天閣地下というわけだ」


 久世さんは少し恥ずかしそうだ。

 あまりこのことは人に話していないのだろう。


「久世さん、やっぱり凄いお方なんですね。陰陽師おんみょうじであり、怨霊使い、ということですか」

「あまり大きい声で言うなっ!」


 その声が大きい。


「怨霊を倒すべき者が、怨霊と通じている。私はこの矛盾を恥じている」

「恥じることなんてないですよ。昨日の敵は今日の友って言うじゃないですか。見方を変えれば味方なんて変わるんですよ」

「そう言ってくれるとありがたい」


 僕は初鹿野の状態も尋ねた。


「初鹿野は、生きてますよね?」

「ああ、拘束はされていたが。なぜ当たり前のように生存前提なんだ?」


 久世さんは首をかしげた。


「考えたくはないことだが、殺されている可能性だって否定できないだろう」

「それはないです。少なくとも僕たちが鬼兵衛の目の前に行くまで、初鹿野は殺されません」


 僕にはその確信があった。


「なぜそう思う?」

「鬼兵衛の性質上、こっそり殺すなんてありえないからです。いかに目立ち、いかに残虐ざんぎゃくに行うかを重視しています。鴨川で、僕の目の前で殺さなかった時点で、鬼兵衛は、僕がなんとかして追いかけることを予想している。そして鬼兵衛がアクションを起こす次のタイミングは、僕が彼の目の前に立ったときです」

「なるほど。確かにそうかもしれないな」


 僕と久世さんが真面目な話をしている間、姫花とピスタはじゃれあっている。

 僕はそれを見て少し緊張がほぐれる。


「齋藤にこれを渡しておこう」


 久世さんが、僕に一枚の布切れを渡してきた。


「なんですかこれ?」

「本当に危ないと思ったら、これを飲み込め」


 久世さんはいたって真面目な顔をしている。


「え? 僕に現実から逃げて自殺しろと?」

「そんなこと一言も言っていないだろう」


 久世さんは僕の頭をタンとはたいた。彼女のツッコミは少し痛い。


「確証はできないが、これを飲み込めばきっと最悪の展開からは脱することができるだろう」

「はあ」

「ただ、本当に危ないとき以外は飲み込むな。絶対にだ」


 そこまで念押しされるとフリに聞こえてくるぞ。


「わかりました。もしものために持っておきます」


 僕は小袖のポケットに布切れをしまった。


『次は、動物園前どうぶつえんまえ、動物園前』


 車内アナウンスが流れる。

 いよいよだ。

 初鹿野奪還作戦が始まった。




 動物園前駅で、三人と一匹は降車した。

 大阪・新世界は、大阪南部にある下町で、大阪の昔ながらのグルメや文化を堪能たんのうできる。

 ここに濱島盗賊団の本拠地があるということが驚きだ。

 僕たちはジャンジャン商店街を通って、通天閣へ向かった。

 ジャンジャン商店街は粉ものや揚げ物の匂いが終始ただよい、食欲がそそられる。

 いかんいかん。食べている暇はない。


「うーん、ちょっとお腹が空いてきたな」


 姫花がぽつりと呟く。


「確かに!」


 反射的に僕は声を出してしまった。

 ダメだ! なんのために来たんだ! 僕たちには猶予ゆうよはないんだっ!


「齋藤の言っていることが正しいのであれば、すぐに通天閣に突入する必要はないんじゃないか?」


 久世さんが黒髪をたばねながら言った。

 ……もう食べる準備してないか?


「齋藤が濱島鬼兵衛の前に現れない限り、やつは初鹿野に害を与えないのだろう?」


 ……確かに。


「腹は減っては戦ができぬって言うしな」


 ピスタが鼻をひくつかさせて後押しした。

 みんなのお腹が一斉にぐうと鳴る。


「……ちょっとだけ腹ごしらえしよう。決戦前に活力をチャージしなければ」




 僕たちは近くにあった串カツ屋へ入った。

 入った瞬間にぶわぁっと広がる油の匂い。これだこれ。この瞬間が楽しいんだ。


「いらっしゃい!」


 威勢のいい店員が迎えてくれる。


「三人で」


 ピスタは串カツを食べられないので、キャットフードを買って店前で食べている。


「瑞樹くん、知ってる? 大阪の串カツは、二度漬け禁止なんだよ。この秘伝のソースは何一〇年も継ぎ足し継ぎ足しで、ものすごくコクがあって最高なんだよ」


 姫花が自慢げに説明している。

 言われなくても知っている。僕をなめないでほしい。

 とりあえず適当に一〇本ほど頼んだ。


「はい! お待ち!」


 店員がテーブルに持ってきた瞬間に広がるころもの匂い。なかなか期待できる店じゃないか。

 僕はまずアスパラを手に取った。

 胃がびっくりしないよう、肉の前にこういったものを挟んでおきたい。

 秘伝ソースをたっぷりと漬ける。こぼれないようにすぐに小皿に移し、小皿にソースが少し溜まる。これを一本ごとに繰り返して自分だけのソース小皿を作るのも、一つの楽しみ方だ。


 サクッ。


 うん! 良い食感だ! 衣の中からほどよく筋の残ったホクホクのアスパラガスが顔を覗かせている。サクッサクッと三口でアスパラガスを完食する。

 さて、お手並み拝見。豚の串カツといこうか。

 秘伝ソースを漬け、口を大きく広げ、カツの半分ほどのところで歯を衣へ入れていく。


 サクッ。


 美味い! 別に高い肉を使っているわけじゃない。でもそれで良いんだ。衣と秘伝ソースが主役。豚肉はそれらを支える大きな土台なんだ。この三位一体がとにかく素晴らしい。

 久世さんも姫花も手が止まらない。竹でできた串入れには大量の串が刺さっている。


「ふぅ~。お腹いっぱい! 美味しすぎた!」


 姫花が膨らんだお腹をポンポンと叩く。

 久世さんは静かに口を拭いている。その顔は非常に満足そうだ。


「よし、出ようか」


 僕は店員にお会計の合図をする。


「はいよ!」


 店員はそう言って、僕らの席を通り過ぎた。

 ん? なんでだ?

 店の扉まで行き、僕らに背中を向けなにやらしている。


 ガチャッ。


 その音が聞こえた瞬間、久世さんと姫花、それに僕は事態を察した。


「お前ら! 出てこい!」


 店員は声を荒らげる。店の中から武装した男女が一〇人ほど出てきた。


「まあ、こういうことを予測できなかった私たちに非があるな」


 久世さんはあくまで冷静な口調だ。


「この串カツ屋、いや、ジャンジャン商店街全域が濱島盗賊団の縄張なわばりってことか」


 僕は拳銃に手を掛ける。


「大丈夫。ウチなら大丈夫。きっといける。問題ない」


 姫花は小さく独り言を呟きながら、唐草模様の風呂敷をガサガサ探っている。

 外のピスタは無事だろうか。

 ここで体力を消耗するわけにはいかない。

 さっさと片付けなければ。


 ダァン!


 僕は武装集団に向かって拳銃を撃った。

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