二四.なっ!

 初鹿野を奪還する作戦には、勘定奉行・伊奈朱里の愛猫ピスタが参加してくれることとなった。

 少数精鋭で臨むこの作戦だが、あと一人、どうしても入ってほしい人がいる。

 僕は、昼休みにその人を探した。




 久世さんは、空き教室で昼食を食べていた。

 となりの椅子にはうさぎのぬいぐるみが置いてあり、時折そのぬいぐるみを撫で撫でしながら独り言を言っている。


「はぁ、授業って疲れちゃうね。私、人に教えるのあんまり向いていないと思うの。どうすればいいのかな?」

「うんうん。無理する必要はないよ。音羽ちゃんはもう十分頑張ってるじゃないか。今のままでいいんだよ」

「そうかな? ありがとううさちゃん。ギュッ」

「音羽ちゃん、大好きだよ。ギュッ」


 一連の会話は、全て久世さん一人で繰り広げられている。

 今は話しかけない方がいいな。

 僕はゆっくりと教室から離れようとした。そのとき、廊下に立てかけてあったほうきを倒してしまった。


 ガンッ!


 だれもいない廊下と、久世さんのいる教室にほうきが倒れる音が響き渡る。

 よりによってなんでここにほうきが!


「齋藤か」


 教室から久世さんが出てきた。


「いつからいた?」

「えー、今ちょうどここを歩いていたら、ほうきを倒しちゃって。久世さん、こんなところでなにをしているんですか」


 聞いていない。僕はなにも聞いていないぞ!


「昼食だ。一緒に食べるか?」

「あー、はい。是非」


 僕は久世さんと昼食をともにすることになった。

 一瞬ヒヤッとしたが、協力を打診するタイミングは見つかりそうだ。




 久世さんはその雰囲気とは裏腹に、ピンク色の小さなお弁当箱に、ハンバーグやトマトなど、全体的に可愛らしいメニューだった。

 いや、本当の久世さんは可愛いお弁当を食べるような子か。

 僕の昼食は、まりなの特製スタミナ弁当だ。特寺初出勤に加え、朝から元気がないことを気にしてくれたのか、いつもより量が多い。

 米の上にドカンと焼肉がのっている。そうそう。男の昼はこれでいいんだ。僕は焼肉丼を口の中へかきこむ。

 美味い! 少し濃すぎるほどに焼肉のタレの味を感じる。炒めるときにたっぷり投入したのであろう。この濃さが白米にベストマッチングしている。最強のバディだ。

 これだけじゃ栄養が偏るという配慮から、きちんとサラダも入れてくれている。その新鮮な野菜にゴマドレッシングが三周ほど回しがけしてある。

 ゴマドレッシングというところが肝心だ。ゴマドレッシングであれば、弁当箱が傾いて肉にうつったとしても、相性は二重丸だ。

 試しに、あえて焼肉をゴマドレッシングにつけてみる。

 美味い。少しさっぱりするように感じる。見事な味変に成功している。

 まりなシェフ、ありがとう!


「齋藤、たくさん食べるんだな」

「そうですね。今日はいつもよりちょっと多めですけど。久世さんのお弁当は可愛らしいですね」

「なっ! そんなことはないだろう。好きなものを自分で詰め込んでいるだけだ」


 自分で作っているのか。また意外な一面を見ることができた。

 久世さんを挟んで、僕とは逆側の席には、大きな袋があり、ぬいぐるみの耳がちょっとだけ出ている。これは触れないでおこう。

 僕は本題に入ることにした。




「久世さんに協力してほしいことがありまして」

「なんだ」


 久世さんはプチトマトをパクッと口に入れた。


「ファッションショーならやらんぞ」

「楽しんでたくせに」

「なっ!」


 久世さんは口をあんぐりと開け唖然あぜんとしている。

 図星、という表情なのだろうか。

 僕は久世さんのギャップをいじるのが面白くなってきている。


「大丈夫です。ファッションショーじゃありません。久世さんに適任なお願いです」


 僕は、初鹿野がさらわれたことと、それを助けに行きたいことを伝えた。


「久世さんは強い。寺社奉行として普段から戦われてますよね。今回の奪還作戦は、戦闘になる可能性が大いにあります。久世さんの力を貸していただけませんでしょうか」


 久世さんは最後までしっかりと、うんうんとうなずき僕の話を聞いてくれた。


「断る」

「え!?」


 「よし! 協力しよう」と言わんばかりの流れだったじゃないか。


「理由は今、齋藤が言ったことだ」


 久世さんは小さくたたんだティッシュで、口を拭いた。


「と、いうと?」

「私は寺社奉行だ。寺社奉行の仕事は怨霊退治おんりょうたいじ。私は怨霊としか戦わない。人を攻撃することはしない」


 確かに。それが久世さんの理念ということはわかった。

 だが僕も簡単に彼女を諦めるわけにはいかない。


「濱島盗賊団を人間と思わないでください。あいつらはいかれた連中です。慈悲の心は必要ないかと」

「死んでなければ人間だ。私は戦わない」


 僕はまだ粘る。


「いちご、どれだけいりますか?」


 久世さんの眉がピクリと動く。


「いや、その手には乗らん」


 そんなに簡単ではないか。


「初鹿野が大変なことになっていて、今この時もどうなっているか……。僕とピスタだけでは心もとないんです。どうか協力してくれませんか」

「初鹿野が窮地きゅうちに立たされているのは理解できた。だが場所はわかるのか?」

「それは……」


 そうだ。仲間集めを優先させているが、鬼兵衛のいる場所を探す方法はまだ考えていない。


「そうか。やはりわからないか」


 久世さんの口調が少し柔らかくなる。


「私なら、濱島鬼兵衛の居場所を特定できるかもしれない」

「そうなんですか!?」

「場所の特定、それに敵襲からの防衛目的でなら、同行してもいいだろう」


 急な方向転換が始まった! 絶対いちご効果だ!


「久世さん、協力してくれると思っていました。ありがとうございます」

「あくまで防衛だ。私からは攻撃しないし、敵を倒しはしない。それは覚えておいてくれ」


 久世さんは結んでいた黒髪をほどいた。

 そういえば、昼食時はポニーテールにしていた。確かに、長い髪は食事中には邪魔そうだ。


「はい。久世さんは優しいですね。いちご、たんまり用意しておきます」

「い、いらない! いちご目的で協力するわけではないからな」


 僕は悪い顔をして言う。


「あ、そうですか。いらないならいらないでいいんですけどね」

「なっ! まあ、準備できるのであれば受け取る。じゃないと齋藤にとっても示しがつかないだろう。自分だけお願いして、礼をしないっていうのは」


 本当に素直じゃない人だ。


「わかりました。そうですね。是非ともお礼させてください」


 久世さんは僕の言葉を聞いて安堵したのか、口角が上がるのをこらえている。


「居場所についてだが」


 久世さんが仕切りなおして話し始めた。


「できるだけすぐに見つける。齋藤は粛々しゅくしゅくと準備を進めていてくれ」

「わかりました。ありがとうございます」


 そのとき、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 濱島盗賊団の拠点をどう見つけるのか聞きたかったが、それは今度にしよう。

 ひとまず、体制は整った。

 久世さんは強いが、彼女一人で僕とピスタを護衛させるのは荷が重すぎる。僕は僕でしっかりと武装の準備をして、彼女からの連絡を待とう。




 次の日。朝。


「お兄、起きて!」

「ああ……やってしまった。この歳になって漏らしてしまった。ごめんなさい」


 バッと目が覚める。

 嘘だろ。もう一六歳だぞ。まりなになんて言えば……。

 夢で、夢であってくれ!

 だんだんと意識が明瞭めいりょうになってくる。

 ん? 濡れてるのは下半身だけじゃない。全身が濡れている。


「あんまり起きないから水ぶっかけた」


 まりながさらっと言う。


「なんてことを!?」

「朝のお兄ほんっとに面倒くさいから。これくらい許して」


 ずぶ濡れで食卓に座る僕に、まりながカツ丼を運んできた。


「おお、今日は豪勢な朝ご飯だね」

「必勝祈願だよ」

「どゆこと?」


 まりなはエプロンをほどきながら言う。


「よくわからないけど、なにかに立ち向かおうとしてるんでしょ? 勝たなきゃ。ボコボコにしちゃいなよ」

「まりな……」


 僕はカツ丼を噛み締めながら食べた。嬉しさと美味しさで脳が活性化される。

 そのとき、久世さんから着信がきた。


「ご飯中にごめん。ちょっと大事な電話が」

「いいよ。出てよ」


 席を外し受電する。


「久世音羽だ」

「はい。お疲れ様です」

「濱島鬼兵衛の居場所がわかったぞ」

「……わかりました。まずは集まりましょう」


 僕はグッと力を込めて通話機を閉じる。

 部屋に戻り、カツ丼をカッカとかきこむ。


「まりな、お兄ちゃん、勝ってくるよ」

「うん。いってらっしゃい!」


 僕とまりなはがらにもなくグータッチをした。

 初鹿野、待っててくれよ。

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