二〇.用心棒or恋人?
家から外に出た瞬間、初鹿野は僕の手をギュッと握ってきた。
「いや、ちょっと、え?」
僕はもちろん、恋人つなぎなどしたことがない。
「今日は、デートですよね?」
初鹿野はそう言って、より強く握りなおした。
「それは体裁であって、目的は護衛でしょう」
「体裁とか、そんな堅苦しいこといいじゃないですか。デートも護衛もしてくださいっ!」
「はあ」
気が乗らないわけではない。隣にこんなに可愛い子がいて、手をつないでいる。
「まあ近くにいてくれた方が護衛もしやすいから」
「瑞樹さん、照れてますか?」
初鹿野が、横から僕の顔を覗き込む。
くしゃっとなった笑顔が
「いやいや」
僕は
「どこ行くの?」
明後日の方向を向きながら僕が尋ねると、初鹿野はリュックから冊子を取り出した。
「じゃーん!」
三歩前に進み振り返り、冊子を見せびらかす。
「しおり、作ってきちゃいましたっ!」
表紙になにやら絵が描いてあるが、なんなのかが全然わからない。絵心は服のラフ画のときから全く上達していないようだ。
「今日のデートは、ここですっ!」
初鹿野はしおりを広げ、手描きの地図の、京都
電車に乗り、揺られること約四〇分。
初鹿野が理解してこのプランを考えたのかは定かではないが、これはなかなか良い選択だ。赤鬼の本社は大阪にある。初鹿野の行動範囲ももちろん大阪が中心だ。これまではその範囲での尾行や監視が行われていた様だが、今回京都まで移動してきたことで、
「まずは、もちろんショッピングですよねっ!」
恋人つなぎをしたまま、初鹿野は
寺町商店街の歴史は古く、原型となる『寺町通』の名がついたのは、一五九〇年。
大阪幕府初代将軍・
現在の寺町商店街は、
「あ! この店可愛い服たくさんありそうですよっ!」
初鹿野が指さしたのは、おしゃれな古着屋だ。
「ささ! 入りましょっ!」
僕が入っていい店なのだろうか。一度でも勝負服でジャージを着たことがある人は、入り口で焼き殺されたりしないだろうか。
中に入ると、見たことのないデザインの服が所狭しと飾られている。天井近くにも服がぶら下がっているが、あれは売り物なのか?
僕には初見で驚くばかりのデザインだが、ここにある全てがおしゃれということは、なんとなく理解できる。
「これ可愛いっ!」
初鹿野が手に取ったのは、ジーンズ生地のミニスカートだった。
「試着してもいいですか?」
初鹿野は店員に駆け寄り確認する。僕はそれを後ろから見守っている。
「はい。もちろんです」
「ありがとうございます! 瑞樹さんもこっち来てくださいっ! 彼氏は彼女の試着を、試着室の目の前で楽しみに待つもんなんですよっ!」
そんなものなのか。
僕は言われた通り試着室の前でぼーっと立った。って彼氏!?
周りを見渡すと、女性二人組やカップルなど、若い生命力が
「瑞樹さんっ!」
試着室のカーテンがシャッと開いた。
「どうですか?」
初鹿野は、
とても似合っている。白く健康的な、ほど良い太さの太ももが
これは、どう褒めればいいのだろうか。
「似合ってるよ」
「どういう風にですか!?」
やはりそうきたか!
「えーと、初鹿野はミニスカートが似合うな」
「それは太ももが綺麗ってことですかっ!?」
しまった! 墓穴を掘った!
「あー、うん、そうだね」
僕は正直に認めた。可愛いと思い、ドキッとしてなにが悪い。
「Tシャツはどうですか?」
Tシャツには、昔の武士の立ち姿がプリントアウトされている。評価できる立場じゃないが、おそらくダサい。
「うーん、初鹿野にはもっと似合うのがあると思うよ」
「そうですか! 私は可愛いと思ったんですけどね。ちょっと他の探してきますっ!」
初鹿野はちょこちょこと店内を回り、服を手に取っている。
気のせいか、頭のリボンもルンルンと跳ねているように見える。
まりなと買い物に行くことは何度もあるが、同年代の異性との特に目的のない買い物は初めてだ。女性が服を選ぶ姿は美しいと、初めて知った。
「ちょっとこれ着てみますねっ! 待っててくださいね!」
初鹿野はささっと着替え、シャッとカーテンを開けた。
「どうですか?」
初鹿野は白色のフリルブラウスを着ていた。
落ち着いた雰囲気の中に、フリルの可愛さがワンポイントで添えられている。
「すこぶる良いと思う!」
「ほんとですか!? 瑞樹さんに褒められるの、すごく嬉しいですっ!」
初鹿野はもとの洋服に着替え、ミニスカートとフリルブラウスをレジへ持っていく。
「え? 買うの?」
「はい! だって瑞樹さんのお気に入りの服ですもん」
確か、デートというものは男が会計するものと聞いたことがあるぞ。
どうする? 払うか? でもレディースって相場がわからないし、今僕はそんなに持ち合わせていないぞ。
そう考えているうちに、初鹿野は支払いを済ませていた。
一安心のような、情けないような、複雑な気持ちになった。
ショッピングが終わり、初鹿野と僕は、寺町商店街から
「次はですね」
初鹿野がデートのしおりをバサッと広げる。
「映画ですっ!」
指フレームを作り、僕を枠に入れてくる。
「いいじゃん」
ちょうどゆっくり一休みしたいと思っていた。映画なら二時間座れるし、作品が面白ければ一石二鳥だ。
「でも」
僕は少し声量を抑えた。
「つけられてるぞ」
「……やっぱりそうですよね」
古着屋を出たあたりから、一〇メートルほど後ろから強い視線を感じる。それは初鹿野も同じであったようだ。
「一旦巻こう」
「はい。ってえ?」
僕は初鹿野の手を引き、駆け足で目の前の角を曲がった。
初鹿野は、僕から手を強く握られたことに驚いている。
決して恋とか愛とか、そういったものと、この行為を結びつける気はない。護衛という責務のためだ。
京都は道が
「次はここを曲がろう」
僕は自分でもどこにいるのかわからなくなるほど、左右に曲がり続けた。
初鹿野は僕の手をギュッと握り、黙ってついてきてくれている。
「はぁ、はぁ。もう視線は感じなくなった。初鹿野は?」
「私も感じないです。巻けましたかね」
初鹿野と僕は、
初鹿野は少し足を気にしていた。
「初鹿野、大丈夫?」
「だ、大丈夫ですよっ!」
これは隠してるな。僕は初鹿野と接していく中で、嘘をついているときの顔がわかるようになっていた。
足元を見ると、かかとが
「靴ずれしてるじゃん。ヒールなんて履くから」
「ごめんなさい。ちょっとでも可愛い
初鹿野は申し訳なさそうに僕を見つめた。
デート、か。
「背中、貸すよ」
僕は初鹿野に背を向け、提案をした。顔を見せたくなかったという理由もある。
「え?」
「おんぶ。その状態で歩かせるわけにはいかないから」
「瑞樹さん、いいんですか?」
「映画館までだよ。途中で薬局寄って、薬も買おう」
僕は絶対に初鹿野の方を向かなかった。自分で言っていることに、今にも体が
「ありがとうございますっ!」
スッと初鹿野が僕の背中に乗ってきた。
僕はゆっくりと映画館へ向かって歩き出す。
「靴ずれして、よかったですっ!」
初鹿野は、そう言って、僕の背中に少し痛いくらいにピタッとひっついた。
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