一五.ビジュ爆発ファッションショー!
三井高家主催のファッションショーに出演するモデルはあと一人。
伊奈さんに断られた今、僕が依頼できる候補は彩美か姫花か……。
彩美は将軍だし、依頼するとしても最後の手だ。組織のトップを簡単に出すわけにはいかない。となると姫花に頼むしかないか。
僕は勘定奉行所から帰ったあと、一人で考えていた。
「お兄さま」
まりなが後ろから話しかけてくる。背中をツンツンと指で刺してくる。
「なんだよ。そんな呼び方してないだろ普段」
「お兄さま、なにか食べたいものはないですか? 私が作りますよ」
お願いがあるのが丸わかりだ。もっと上手いことゴマをすってくれ。
「お腹はあまり空いていないですか? ならマッサージしてあげます」
まりなは僕の肩を揉み始めた。
背中にまりなの胸があたる。僕はその度に少し前に移動した。まりなはなぜ僕が移動しているのか理解していないのか、お構いなしに距離を詰めてくる。
「やめてくれ! おかしくなりそうだ!」
「お兄さま、気持ちよくなかったですか?」
「そういうことではなく」
僕はその先を言うのがこっ恥ずかしくなって、続けるのをやめた。
まりなはおもむろにポケットから紙を取る。
「お兄さま、肩たたき券一〇〇枚です。老中のお勤め、ご苦労様です」
「敬老の日じゃないんだから! 二個上の兄に渡すなそんなもん!」
少しだけぷくっと頬をふくらませたまりなは、なら奥の手だと言わんばかりにスッと僕の視界に新しい紙を置いた。
「一枚だけですよ」
その紙には『なんでもしてあげる券』と書いてある。ご丁寧に語尾にはハートマーク入りだ。
「うおおぃ! やめろ! 妹がそんな……、他の人にもそうやってお願いしてるのか!」
僕のがなりに、まりなは糸が切れたようにいつも通りに戻った。
「はぁもううるさいなっ! そんなわけないでしょ! 肩たたきの段階で素直に話を聞いてよ!」
「なんでもかんでも聞いてたら良くないなと思って泳がせてたんだよ! あと肩たたきのとき胸当たってたぞ! 気をつけろ!」
「はぁ!? 変態すぎる! 気持ち悪っ!」
まりなは一歩引いて、腕で胸を隠した。
「気持ち悪いだけはやめてくれ! 普通に傷つく!」
妹にその言葉だけは言われたくない。これは全兄共通のはずだ。
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い」
「やめてください! 泣きそうですっ!!」
僕は顔を隠した。あと一回でも言われれば涙腺崩壊するところまできていた。
「じゃ、お願い聞いて」
まりなはいつの間にか立ち上がり僕を見下ろす体勢に入っていた。完全に立場が逆になっている。
「なんでしょうか」
「ファッションショーに私を出して」
どこから聞いた?
「姫ちゃんが言ってたの。今度MITUIの服でファッションショーをやるって。そのモデルを幕府内から出すんでしょ? この間三井高家が謁見しに来るって言ってたのはそのことだったのね!」
姫花、さすがの情報網だ。そしてそれをまりなに言うとは。
「でも、まりな自身が今言ったじゃん。幕府内から出すんだよ。まりなは幕府内の人間じゃないでしょ」
まりなは、待ってましたと言わんばかりにニコッと笑った。
「お兄は老中でしょ。私は老中の妹。これは幕府関係者以外の何者でもないでしょっ!」
言ってやったりの顔をしている。
「いやぁ、際どいな。あくまで幕府関係者を兄に持つ人、止まりじゃないか」
「細かいことはいいの! とにかく私を出して! MITUIの服大好きなのっ! 新作着たい!」
こういうところは若者の感性ビンビンなんだな。僕は妹のミーハーな部分を知った。
これ以上気持ち悪いと言われるわけにもいかないので、肯定的な回答をする。
「三井さんに確認してみるよ。老中の妹がモデルをしてもいいのか」
「ありがとう! お兄さっきはごめんね。気持ち悪くないよっ!」
まりなは僕にハグをしてきた。訂正コマンドが簡単すぎる。
僕は通話機で三井さんに諸々を確認することにした。
「もしもし、三井さんですか?」
「はいザマス。三井高家でザマス」
なにやら後ろから雑音が聞こえる。
「今外ですか?」
「ちょっと乗馬をしてるでザマス」
随分と
「あの、モデル決まりましたよ。町奉行の初鹿野まおと、寺社奉行の久世音羽です」
「おお! まさにベストな人選! あと一人はどなたでザマスか?」
「それなんですけど、幕府内と言っていいのか微妙なのですが、僕の妹の齋藤まりなという者がおりまして、兄が言うのもなんですが見た目はすごく綺麗だと思います。モデルとして出てもらうのは可能ですか?」
通話越しに馬のパカパカという走行音が聞こえる。本当にパカパカって鳴るんだな。
「もちろんザマス! 老中の妹、素敵な肩書じゃないザマスか」
老中というネームバリューは、僕が考えている以上に強いらしい。
「あと、もう一つだけ」
「なんザマスか?」
「契約金の話なんですけど、プラスしていちご一キロをいただきたいんです」
パカパカ音がピタリと止まった。
「もう、二千万にいちごが加わったところで変わらないザマス。了解したザマス」
危ない。断られるかと肝を冷やした。
こうして出演者が決まり、ファッションショー当日を迎えることとなった。
大阪城ホールに集まった一万五千人の観客。チケットは争奪戦だったらしい。
MITUIの服を幕府幹部と老中の妹が着る。僕にはあまり想像できないが、さぞ凄いことなんだろう。
「あぁ~、緊張してきました」
初鹿野が舞台裏で体をブルブルと震わせている。
「大丈夫ですよ初鹿野町奉行! 楽しみましょっ!」
まりなが気さくに声をかける。この二人はいつの間に仲良くなったんだ。
久世さんは服を試着し、なにやらもぞもぞしている。
「私がこれを着るのか……?」
「久世さん、似合ってますよ。可愛いじゃないですか」
僕は素直な気持ちを伝えた。
「……それなら良いけど」
久世さんは軽く回り、ミニスカートを揺らした。
もうちょっとキャラを維持してくれ。
司会の三井さんが観客を
「さぁみなさん! わがMITUIブランドの夏の新作を楽しむ準備はできてるザマスか!?」
「わああああ」
「今回モデルとして登場するのは、この日本を動かしている幕府の一流美女たちザマス! 普段はお堅い仕事で腰巻を着ていても、今日だけははっちゃけるザマス! みなみな歓声の準備はできてるザマスか!?」
「わああああ」
大阪城ホールが揺れている。
「ではまずはこの方、『大阪の治安は任せてください。小さなことから大きなことまで、町のお悩みなんでも解決!』町奉行・初鹿野まおだぁ!」
舞台袖から初鹿野が出てきた。ランウェイをゆっくりと歩いている。なかなか様になっている。
初鹿野のファッションは、ボーイッシュめのジーンズ素材のオーバーオール、中にはボーダー柄のインナーを着ていて、元気な感じがほどよく出ている。
普段は髪を少しカールさせ、ふんわりしている風貌だが、今回は胸元まである髪を一つ結びにして、アグレッシブさを演出している。
肩にかけているカバンはビッグサイズで、体とアンバランスなのがまた可愛い。
初鹿野はキャピキャピと飛び跳ねたりして観客を沸かせている。
「はぁ! 緊張したぁ! どうでした!? 瑞樹さん」
ランウェイから戻った初鹿野は、真っ先に僕のもとへ来た。
「すこぶる良かった! 初鹿野を見てると女の子らしいゆるふわの服装が似合うのかなと思っていて、もちろんそれも似合うと思うんだけど、こういうボーイッシュなファッションも意外といけるな! 最高だったよ!」
会場の熱気にあてられて、僕は無い知識を絞り出して熱弁している。
「よかったですっ! 喜んでもらえて!」
初鹿野は僕にウインクをし、スキップしながら舞台裏を回っている。
「さぁ続いては、『かの老中・齋藤瑞樹の妹であり、特寺では優秀な成績を収めるポスト幕府幹部!
まりなは完璧なモデル歩きでランウェイを
経験者なのか? 僕の知らないところでグングンと成長してるじゃないか。
まりなのファッションは、エレガントと表現するのが
「まりな、まりなの歩く姿を見て、お兄ちゃん感動したよ!」
僕は戻ってきたまりなにすぐに伝えた。
「いや、赤ちゃんが初めて立って歩いたみたいな言い方しないでよ」
冷静に僕の興奮をいなしたあとに、まりなの口元が緩んだ。
「めっちゃ楽しかった! お兄、ありがとうね!」
まりなはワンピースをフリフリさせて楽しんでいる。
「最後に登場するのは、『普段はクールに
久世さんは顔を真っ赤にしてちょこちょこと歩いていった。見えないお母さんに隠れながら進んでいるようだ。
久世さんのファッションは、フェミニンな雰囲気を
リブニットは体のラインがくっきり見える。久世さんのモデル体型には確かにピッタリだ。久世さんの胸は大きいが、そこが協調されすぎることはなく、女性的な美しさを極めている。
ミニスカートの下はストッキングを履いておらず、生足の状態だ。それが恥ずかしいのか、久世さんは足を手で隠すように歩いているが、隠れきるはずもない。
その照れ歩きに観客からは「可愛い~」と歓声が上がっている。
復路になると久世さんは走って舞台裏まで戻ってきた。
「久世さん、お疲れ様です」
「もう無理だ。着替える」
「最後記念撮影があるみたいなんで、もう少しそのままでいてください」
「くぅ……」
久世さんは子犬のような声を出した。ちらっと鏡で自分の姿を見ている。
ファッションショーは大盛況に終わった。
あれ以来、三人が着た服は日本中全ての店で入荷待ちとなっているらしい。
三井さんは、
「二千万円なんて
と言っていた。こちらもなかなかの契約金を貰えたし、向こうも喜んでいるようでよかった。
ただ気になるのは、あの三人の中で一人、目を輝かせすぎている者がいることだ。
御用部屋のドアに、小走りで近付いてくる。
「瑞樹さーん!」
入室前に話し始める人は、ぼくの知り合いに一人しかいない。
「瑞樹さん! 一緒にブランド作りましょうっ!」
初鹿野は、全て喋ってからようやくドアを開けた。
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