一四.スカウトとピスタ

 ファッションショーのモデルの一人目は、初鹿野で決まった。二人目は、助けてもらったお礼がてらあの人のもとへ向かおうと思っているが、果たして受けてくれるだろうか。

 しばらく歩き寺社奉行所じしゃぶぎょうしょの入り口で足を止める。久世さんは背も高めだし、モデルとしてはもってこいのはずだ。受けた案件はベストな人選で望みたい。

 顔認証をパスして中に入る。寺社奉行所は明らかに薄暗かった。怨霊退治をしているからって、雰囲気を出す必要はないだろ。


「久世寺社奉行なら、今は見回りをしています」


 薄暗い部屋から声から聞こえる。従者であろう。どこにいるかわからないので全方位に投げかけた。


「そうなんですね。いつ頃戻られますか?」

「もうそろそろです」


 その瞬間、寺社奉行所の扉がバタン! と大きな音を立て閉まった。僕は暗さも相容あいいれて、ビクッと体を震わせる。

 え? 閉じ込められた? 殺される?


「すみません。建付けが悪くて、風で急に閉まったりするんです」


 すぐに直して!


「すぐ戻ってこられるなら、待っています」


 ひとまず手探りで探し当てた椅子に腰を掛けた。

 五分ほど待つと、扉が開きだれかが入ってきた。


「あーもうつっかれた! いちごジューズ飲みたぁい! 持ってきて!」

「はい」


 ん? だれだ? えらく甘え声の女の人だ。


「ありがと。ねぇよしよしして」

「はい」


 暗闇からはチューチューとジューズを飲む音と、んふふという照れ笑いが聞こえてくる。撫でられて喜んでいるらしい。


「ねぇ聞いて。今日も弱っちい怨霊がたくさんいてさ。憑依もできないくせに一丁前にいたずらはするの。物を動かして人を驚かせたりね。私、その怨霊を一網打尽にしたんだ。えらいでしょ?」

「はい。さすがです」

「はぁ疲れた。ちょっとお休みするね。いつものぬいぐるみちょうだい」

「こちらです」

「んーかわいい! うさちゃん帰ってきまちたよ」


 足音がトントンと僕のもとへ近付いてくる。嫌な予感がした。

 その女性は僕のひざに座った。


「ひやぁっ」


 女性は小さく悲鳴をあげ腰を抜かした。


「だ、だれですか!?」

「いや、あの」


 だんだんと暗闇に目が慣れてくる。その姿が見えてきた。それは女性からも同じだ。


「さ、齋藤!? ここでなにをしている!」


 久世さんは顔を真っ赤にしてささっと距離を取った。

 ああ、僕は見てはいけないものを見てしまったようだ。


「あの、まずはごめんなさい」


 僕はひとまずこの状況に対して謝った。


「……他言は無用だ」

「もちろんです」




 久世さんと僕は、先ほどまでのことはなかったかのように、仕切りなおして話を始めた。


「で、用件はなんだ?」


 お客が来訪しても、部屋の電気はつけないんだ。


「あの、この前のパーティでの怨霊騒動はお世話になりました。ありがとうございます」

「怨霊退治は私の仕事だ。礼を言われることではない」


 久世さんはきっぱりと答えた。すこぶるかっこいい。


「それだけのために来たわけではないだろう」

「そうですね。三井高家って知ってますか?」

「知らない」

「よかった! 仲間ですね」


 僕は同胞が見つかり嬉しかった。


「なにがだ」

「いえ、なんでもありません」


 久世さんは不思議そうな顔をしている。


「三井さんは有名なファッションデザイナーらしいです。で、今回彼のファッションショーに幕府からモデルを出す案件が舞い込んできまして、そのモデルの一人として久世さんに出ていただけないかと」


 久世さんは数秒黙る。


「なぜ私なんだ」


 ごもっともすぎる!


「久世さんは背も高くて、服が映えると思うんですよ。モデル体型と言いますか」

「褒めてるのか?」


 久世さんは僕に顔を近付けた。白い肌に真っすぐな髪、凛とした目。既にモデルをしているのではないか思うほどに美貌だった。


「はい。褒めてます」

「……ありがとう」


 意外と素直なことに驚いた。久世さんは目線を逸らし、頬を赤らめ髪先を指でいじっている。

 それが素なんだろうに。外行きのクールなキャラはペラペラのメッキじゃないか。


「でも、出ない」

「え?」


 予想と逆の答えに僕は思わず聞き返した。


「寺社奉行としての仕事の範疇外はんちゅうがいだ。ファッションにも興味はない」


 久世さんはきっぱりと断った。

 ここで諦めるわけにはいかない。


「確かに寺社奉行としての仕事ではないです。ファッションに興味がないのも同意です。僕もですから。ただ、この案件はお金のやり取りが発生しています。幕府公式の催し物です。ボランティアでやれとは言いませんよ。もちろん報酬をお支払いします。その報酬はMITUIブランドから出るんです。こちらも相応しい人選をしなければならない。久世さん、あなたにやってもらいたいんです」


 久世さんは顔を真っ赤にしてTシャツの下をギュウと掴んでいる。


「……もうちょっと褒めて」

「ええ?」


 またまた予想外の返答に僕は驚く。


「あとちょっとで勇気が出そう」


 久世さんは、自分に自信がないから出たくないのか。


「そうですね……。久世さんは凛としていて、かっこいい女性だとパッと見は思うんですけど、よく見るとパーツパーツは可愛い系で、そのギャップがすごく素敵ですよね。スタイルも抜群ですし、男が放っておかないんじゃないですか?」

「……ありがとう」


 つい数分前にこのやり取りしたぞ。


「でもやっぱり無理!」


 なんでだよっ!

 僕は奥の手を出すことにした。


「いちごもプラスできますよ」


 久世さんの体が少しだけ前のめりになる。


「今なんと?」

「報酬に、山盛りのいちごでどうでしょう。お金にプラスアルファです」


 久世さんが頭を抱えた。


「どこからそれを」

「まぁいいじゃないですか」


 ゆっくりと首を縦に振る久世さん。


「出よう」


 久世さんが大のいちご好きという情報を、初鹿野から聞いていた。「本当に大好きなので、交渉材料にするなら最後がおすすめですよっ!」という助言つきだ。

 最後の三人目、次もなかなか大変な交渉になりそうだ。




 勘定奉行所かんじょうぶぎょうしょは、建物からしていかにも真面目そうな雰囲気だった。ちょっとオブジェを置こうとか、そういったデザイン性の意識は全く感じられない。

 前二か所と同じく顔認証で中に入る。中ではカタカタとキーボードを打つ音が至るところから聞こえてくる。平賀製のパソコンだ。値段が安く性能も良い。

 おお! ちゃんと仕事してる!

 先ほど変わり種の場所にいたので余計に感激した。もちろん他二奉行が仕事をしていないわけではないが、ここが最もオフィス感がある。


「あの、伊奈朱里さんはいらっしゃいますか」


 僕はカウンター越しに受付の従者に尋ねた。


「はい。伊奈勘定奉行は奥の部屋にいらっしゃいます。ご用件はなんでしょうか」


 おお、かっちりしている! なんだか嬉しい。


「ちょっと幕府が一枚噛んでいる案件がありまして、そのご相談をさせていただければと」

「承知いたしました。確認いたしますのでそちらでおかけしてお待ちください」


 従者は通話機でなにやら話している。

 これだよこれ。幕府の機関はこうでなくっちゃ。伊奈さんは真面目だし、ここはさぞかし働きやすいんだろうな。


「齋藤さま、確認が取れました。どうぞこちらへ」


 従者に連れられ、奥の部屋へ通される。

 丁寧な対応にこちらもかしこまってくる。


「では、私はこれで」


 従者が去ったあと、僕は扉をコンコンとノックする。


「……はい」


 扉を開けると、パソコンとにらめっこをする伊奈さんがいた。仕事中らしい。自慢の猫耳は垂れ下がり、少し疲労感が感じられる。


「伊奈さん、今お時間よろしいですか?」

「少しなら……」


 伊奈さんはぶっきらぼうに答えた。

 なんか距離感が遠くなってないか? パーティのときにある程度近付けた気がしたが、そうでもないのか。

 思い返してみると、菅原道真に憑依された伊奈さんが、僕にキスをしてきたことが浮かび上がった。

 いかんいかん。あれは事故だ。忘れなければ。


「本日お伺いしたのは、今度開催される三井高家主催のファッションショーに、伊奈さん、

出てもらえないかなと思いまして」

「え……なんでですか」


 伊奈さんは少し引いている。


「え、いや、伊奈さんすごく可愛らしいから、モデルにぴったりかなと。ははは」


 伊奈さんがあまりに引き気味なので、僕は変なことは言っていないはずだが焦っていた。


「……」


 なんで黙る!? まずいことでも言ったか。

 そのとき、上から聞きなれない声がした。


「朱里、嫌だってさ」


 少ししゃがれた声のする先を見る。

 そこにはクリーム色のマンチカンがいた。


「あそこにいるのはピスタ……ですよね?」

「うん」


 伊奈さんは小さく頷く。


「ピスタ『さん』な」


 ピスタはひょいと猫用の高台から降りた。毛を逆立てて威嚇いかくしている。


「ピスタ……やめて。瑞樹さんは良い人だよ」

「そうか? オタンコナスだろこんなやつ」

「こら」

「ちょっと待ってください」


 さも当たり前のように会話が進んでいるので、僕は置いていかれないよう話を制止した。


「ピスタさんはなぜ喋れてるんですか?」


 最大にして唯一の謎を聞いた。


「あん? 知らないのかおまえ」


 なぜそんなに高圧的なのかも尋ねるべきか。


「平賀姫花の発明品『平賀式翻訳機』のおかげで俺は日本語が話せるんだよ。厳密に言えばこの首から掛けてる翻訳機を通して、猫語が日本語に変換されている」


 確かにピスタの口の動きと言葉が合っていない。その声は翻訳機のスピーカーから出ているということか。

 それにしても可愛らしい見た目からのドスの効いた声に、違和感が正面突破してくる。


「朱里へのオファーは俺を通してくれ。内容を精査する」


 そんな敏腕マネージャーみたいな!


「いやいや、僕は伊奈さんと話がしたいんですよ」


 ちらっと伊奈さんを見ると、無言でピスタの方向へ視線をずらした。ピスタと交渉しろってことか。

 ううん、と咳払いをして仕切りなおす。僕は説得に入った。


「ピスタさん、あなたも伊奈さんが綺麗な服を着てランウェイを歩く姿を見てみたくないですか?」

「朱里は素材そのものが可愛いからな。これ以上着飾る必要はないだろう」


 ピスタはお座りの状態で前足を胸の前で組んでいる。結婚の許しを断る頑固親父のようだ。僕もまりなが彼氏を連れてきたらこんな感じになるのだろうか。


「素材がものすごく素敵だということはわかります」


 僕の思わぬ発言に、伊奈さんは目を見開いたあと顔を手でおおった。


「でも、料理でもそうでしょう。真の良さを引き出すには、調理しないといけないんです。それは今回で言うと衣服です。今伊奈さんが着られている腰巻も大変似合っていると思います。さらに新たな一面を開拓してみたくないですか? 伊奈さん史上最高に美しい伊奈さんを発見しましょうよ」


 ピスタを体勢はそのまま目をゆっくりと閉じ考えている。頭の中では伊奈さんの着せ替え大会が行われているのだろう。

 数分じっくり考えたあと、僕に向かってピスタは言った。


「よし、朱里を出そう」


 この代理人ちょろすぎるだろ!


「ピスタさん、本番は特等席で見ましょうね」


 僕とピスタは手を取り合った。

 そのとき、伊奈さんが小さく手を上げた。


「ちょ……ちょっと待ってください」

「どうした朱里」

「ピスタ……勝手に話を進めないで」

「ああ、ごめん。つい妄想が膨らんでしまって」


 ピスタは申し訳なさそうに頭を掻いた。


「私……出たくないです!」


 伊奈さんは立ち上がり、この日一番の声量を出した。

 コミュニケーションが苦手で、なかなか主張ができない伊奈さんが、はっきりと、力強く、自分の思いを伝えた。

 その事実によって、僕の中で伊奈さんに出演依頼をするという選択肢は消えた。


「伊奈さん、しつこくすみませんでした。他の方に依頼しようと思います」

「……こちらこそごめんなさい。せっかく来てくださったのに」


 僕は断られて清々しい気持ちになった。このまま僕とピスタの会話の流れで出てもらうことになったら、最後までモヤモヤした気持ちが残っていたと思う。

 「出たくないです!」の一言は、伊奈さんの今後の人生にとって大きな一歩になったのかもしれない。

 申し訳なさが胸の中に立ち込めると同時に、僕はその場にいられたことが少しだけ嬉しかった。

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