五.お好み焼き窃盗事件

「齋藤さま、お疲れさまでッス!」


 軽ノリチャラ門番が挨拶をしてくる。


「ご苦労さまでッス!」


 僕もテンションをあわせて返す。意外と「ッス」の部分が気持ちいい。

 大阪城の長い廊下を歩き御用部屋へ向かう。廊下にはサイゼリヤの広告が流れている。ああ、イタリアン食べたいな。チーズたっぷりのピザが食べたい。僕はチーズが大好きだ。あの甘いともしょっぱいとも言えない絶妙なバランスの味。チーズ特有の柔らかい舌ざわり。考えていたらよだれが出てくる。チーズ風呂に入れるなら、やけどをしてもいいとさえ思える。

 今日の昼食はサイゼリヤで決まりだな。そう強く決心して御用部屋に入る。するとそこには大量のりん議書が山積みになって置かれていた。

 ああ、昼食はいつになるんだ。一瞬気持ちが落ち込んだが、すぐに気付いた。


「……仕事、仕事だ! 老中は置物じゃなかったんだ!」


 大した名家でもない齋藤家で、老中になれたことは名誉だが、その老中がなにもしていないとなればそんなに悲しいことはない。

 でも一安心した。僕は太平の世を守るために老中になったんだ!




 りん議書の一枚一枚に目を通し、決裁をしていると、扉の遠くから声が聞こえた。その声は次第に大きくなる。


「瑞樹さーん」


 この声は。


「瑞樹さーん! 事件ですっ!!」


 御用部屋の扉が勢いよく開く。できれば開けてから喋ってほしい。

 声の主は初鹿野さんだった。両手をひざに置き、ぜえぜえと息を切らしている。


「初鹿野さん、どうしたんですか息切らして」

「事件なんです。濱島が出ました」

「濱島? 濱島って濱島鬼兵衛はまじまきへいのことですか?」

「そうです! 京橋のお好み焼き屋から通報がありまして、食材一式が盗まれたそうです! しかも、盗んだのは鬼兵衛本人とのことですっ!」


 鬼兵衛は、大阪一帯を活動拠点に置く濱島盗賊団の団長だ。その知名度は幕府幹部よりも遥かに上だと言われている。

 最初の窃盗から五年、町奉行が総力をあげ追いかけても尻尾さえとらえられていない。

 あまりに完璧な窃盗劇に、一部の民衆から支持されており、ファンクラブまでできているという噂だ。


「瑞樹さん、あなたの力を頼るときがきました! この事件は町奉行だけで対処することは到底できません! 老中である瑞樹さんも捜査に協力してくださいっ!」


 初鹿野さんは目を輝かせている。ずっと追ってきた大物が自ら現場に現れたのだ。これは千載一遇のチャンスだということはだれにでもわかる。


「よし! 任せてください! ようやく幕府の仲間入りをした実感が湧いてきました!」


 僕はまだ残っているりん議書を机に放り投げ、初鹿野さんと共に現場に向かった。




「齋藤老中、初鹿野町奉行、ようこそおいでくださいました。お忙しいところすみません」


 お好み焼き屋店主が腰を低くして出迎える。


「いえいえ、この度は窃盗の被害にあわれたということで、心中ご察しします。よろしければ、当時の状況をお聞かせ願えればと思うのですが、よろしいでしょうか」

「瑞樹さん、さまになってますね」


 初鹿野さんが耳元でささやく。

 僕は「うるさい」と声に出さずに口の動きで伝え、初鹿野さんをけん制した。


「あれは今日の午前七時頃でしょうか。いつものように店を開けて材料の在庫の確認をしていたんです。今日は晴れていてお客さんもある程度見込めるので、もう少し在庫を持っておこうと思いました。なので近所の業務用スーパーに買い出しに行ったんです。買い出しは三〇分くらいでしょうか。帰ってきたのは七時四〇分頃です。材料の入っていた冷蔵庫を開けると、在庫が全て消えてなくなっていたんです。スーパーに行くときはしっかり鍵を閉めましたし、戻ったときも鍵はかかっていました」

「なるほど、店主さんが店を開けた四〇分の間に材料全てが盗まれていたと。で、なぜ鬼兵衛が盗んだとわかるのですか?」

「それはですね」


 初鹿野さんが、私の出番だと言わんばかりの顔で割って入った。


「濱島盗賊団は、窃盗を働いた現場に必ず犯行声明状を置いていくんです。そして鬼兵衛本人が犯行を行った場合は、その犯行声明状は赤色なんです。今回は赤色でした」


 確かにそのような話を耳にしたことがある。犯行を楽しんでいる愉快犯タイプだ。追いかける側からしたら非常にやっかいだが、人気が出るのもうなずける。


「これがその犯行声明状です」


『外側はもらった。あとはメインが欲しい。今夜は八時にパーティだ』


「瑞樹さん、意味わかりますか?」


 初鹿野さんは小首をかしげ聞いてきた。えらく古典的な悩み方だな。


「うーん、ちょっと考えさせてください」


 外側……、お好み焼きが外側……。お好み焼きには内側、つまりメインが入っていない。八時……。八。


「初鹿野さん、鬼兵衛の好きな食べ物ってなんですか?」

「明確な料理はわかりませんけど、弾力のある、噛み応えがある食べ物を好んで食べるという情報はありますよ。ほら、例えばもちとか。私はあんまり好きじゃないなぁ。チーズとか好きです」

「それは激しく同意だけど、今は聞いてないです。というか、それだ! 弾力のある食べ物!」

「はえ?」

「店主、情報をいただきありがとうございました。鬼兵衛は必ず捕まえます!」


 小首をかしげたままの初鹿野さんを連れて、僕はお好み焼き屋を出た。




「瑞樹さん、どういうことなんですか?」


 大阪湾漁港市場が見渡せる高台に上りながら、初鹿野さんが尋ねてきた。


「たこですよ。たこ」

「たこ?」

「そう、鬼兵衛は次にたこを盗みます」

「なるほど」


 初鹿野さんは目を逸らす。絶対適当にあいづちを打っている。


「お好み焼きは外側、これは生地のことを言っているはず。メインはたこ。鬼兵衛はたこ焼きパーティを開くんです」

「でもそれじゃあちょっと根拠が弱くないですか」

「八時、これがなにを表しているのか。いちいち時間を書くなんて不自然だと思いませんか」

「確かに」

「これは時間を言いたいんじゃなくて、ヒントを出してるんですよ。過去の窃盗を見ていても鬼兵衛は愉快犯の気がある。ただ盗むなんて飽きているんです。だから僕たちに次盗むものを知らせた。それが八本足のたこってことです」


 初鹿野さんの顔がパァと明るくなる。


「そういうことですね! だから大阪湾漁港市場ですか!」

「そう、鬼兵衛ほどの人物はスーパーのたこでは満足はしない。ましては好物が弾力のあるものならばなおさらです。新鮮なたこを求めて、必ずここに来ます」

「瑞樹さん、ちょっとかっこいいですっ!」

「いやいやいや。これくらいのこと」


 僕はさも当たり前かのように受け流す。

 本当は探偵ごっこをしてみたかった、なんて絶対に言いたくない。




 初鹿野さんと僕は高台で市場を見張った。市場は人でごったがえしている。


「これは、鬼兵衛が来ても見つからないんじゃないですか?」


 初鹿野さんは口をとがらせながらリボンをいじっている。集中を切らすのが早すぎる。


「不審な動きをした者がいたらすぐに向かいましょう。鬼兵衛の外見について情報はありますか」

ほほに五センチほどの切り傷があるとの目撃談があります。本当かどうか信憑性は疑問ですが……」


 僕は市場にいる人たちの頬に目を凝らす。


「ちょっと待って! あの人は!?」

「なんですか!?」


 初鹿野さんは望遠鏡を覗き、僕が指さす方向に視点を定める。


「あります……傷あります!」

「急げぇ!!」


 初鹿野さんと僕は、風を切る勢いでターゲットのもとへ走った。

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