第14話 カインのてのひら

ルーベンス家の食事はいつも静かだった。

誰も何も喋らず、黙々と食事をするだけの時間。

厳かと言われればそうかもしれないが、一抹の寂しさを感じる静寂が破られる事はなかった。


食事も終わり各々が部屋へと戻ろうとする時、当主でありカインの父ピーテルからカインへ声が掛けられた。

「最近、新しい玩具を見付けたらしいな」

「はい。とても綺麗で可愛い子なんです」

「そうか。それはいいが、それと親しい人物は公爵家の次男だ。重々承知して遊びなさい」

「はい。分かりました。お父様」

にこりと微笑んで父の元を後にし、食堂の扉を閉めるとカインは一人呟く。

「言われなくてもローシャくんは他の玩具と違って特別なんだから、大切に丁重に扱うさ」

そして自室へと歩いていく途中に兄のアベルが壁に背を預けてカインを待っていた事に気付いた。

その顔は普段の穏やかさを顰めてカインを恐怖の対象として見ていた。

「カイン……。お前、何か恐ろしい事をしようとしているんじゃないだろうな?」

カインが無邪気な悪意の塊ならば兄のアベルは正しく善の人だった。

カインの『遊び』に薄々気付いておりなんとか真っ当な道に戻そうとアベルなりに試行錯誤してきたが、カインは根っからの悪の人であり、アベルの心配も優しさもカインの心には届いてはいなかった。

ただ、カインはアベルのそんな実直さは好ましく思っており兄のことは好きでいた。

「僕は時々お前がひどく恐ろしいよ、カイン」

「嫌だなぁ、アベル兄様。何を怖がることがあるんですか?」

にこりと笑うがアベルには通じない。

「いいか、カイン。くれぐれも人様に迷惑を掛けるんじゃないぞ」

これまでのカインの悪戯の度合いは知らぬため、今回が初めての『ひどい遊び』だと思っているアベルは今更だというのにカインに忠告をした。

滑稽さにカインは笑ってしまいそうになるが堪えて殊勝な態度を取る。

「はい。アベル兄様」

こくりと頷く姿は庇護欲を駆られるが中身は悪意の塊である。

心の中で舌を出してカインは自室に戻った。


自室に戻ると早々に日記を書く事にした。

最近の話題はもっぱらローシャの事だった。

ローシャくんに会いたいな、とカインは思った。

彼はどんな謎がお好みだろうか?喜んでくれるだろうか?

人の死を間近で見たローシャの蒼白とした顔を見てみたい。

……いいや、彼は何度か遺体に対面していても顔色ひとつ変えていないと聞いている。

どう劇的な事件ならばローシャの心を揺さぶるだろうか?

カインの頭はローシャと『遊ぶ』ことで占められていた。

「早くローシャくんに会いたいな。何をして、どんな事をして遊ぼうか、ちゃんと筋書きは描かないと。丁寧に。なんてったって今までの遊びとは違うんだから」

カインの口角が酷薄そうに上がる。

儚さと悪魔のような狡猾さがカインを美しく見せていたが、その本性を知る人物はまだいない。

「それにしても、彼は邪魔だな。いや、ローシャくんの絶望した顔を見るには絶対必要な欠片だし…どう演出したらいいかな」

カインの脳裏にローシャの親友であり心の深いところを預け合っているリオンの姿が思い浮かばれる。

「お父様に釘を刺されたから適当に処分する訳にもいかないし……まあ、いいや。ゆっくり考えよう。その方が楽しみは長引くからね」

にこりと誰に向けるでもなく微笑む姿は天使のようだったが、カインの脳裏に描かれている事はまさに悪魔の構図だった。

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