第15話 三角関係

「ローシャ、今度うちでやるお茶会に来ないか?」

リオンのその言葉にローシャはドキリとした。

カインに初めて会ったのもリオンの家の主催していたお茶会だった。

「どうかしたか?」

「なんでもないよ。ぜひ参加させていただくよ」

ローシャは自分が上手く微笑めたか自信が無かった。

リオンはそんなローシャを訝し気に見たが、ローシャが隠す事を無理強いして暴く事はないとそっとしておいた。

「身内だけでやる軽いものだから気負わずにいつも通り来てくれよ!」

「公爵家の軽いものは伯爵家の三男にとってはとても重いものだといい加減理解してほしいね」

一息つきようやく軽口を叩けるようになったローシャにリオンも安心した。


後日、リオンの邸宅で行われたお茶会はとても素晴らしいものであり、ローシャは最近の鬱蒼とした気持ちが晴れていった。


ローシャはそのお茶会で二人の青年と出会った。伯爵家の次男と侯爵家の長男だった。

二人ともリオンが挨拶回りでローシャが一人の隙を狙ったかのようにやってきてローシャが謎を解いたことがあること、警察とも縁があることを根掘り葉掘り尋ねてきた。

不躾だなと思いつつ、相手の方が立場が上なため静かに相槌を打っていた。

「今度うちも茶会を開くのだけれど、もしよろしければ親しいご友人をお一人招待して来てみないかい?」

伯爵家の次男からそう誘われてローシャは合点がいった。

この二人はローシャを踏み台にしてリオンと懇意にしたいのだ。

なんて馬鹿らしい…とは思ったが、伯爵邸にも庭師が丹精込めて育て上げた庭があると言う。

少し興味を惹かれたローシャは、まあ苦労するのはリオンだしな、と承諾したのだった。


後日、正式な招待状を受け取ると、ローシャは渋るリオンを街に新しく出来たパン屋に付き合うという約束で餌を釣り見事に引き上げた。

さて、訪れた伯爵邸は自慢するだけあって見事な庭だった。

広さこそリオンの邸宅に劣るものの咲き誇る花々が見るものの心を楽しませた。

主催に挨拶しに行くと先日会った伯爵家の次男と共に侯爵家の長男が待ち構えていた。

「やあやあ、本日はお越しくださりありがとうございます。楽しんでいってください」

「こちらこそお誘いありがとうございます。本日はよろしくお願い致します」

握手を交わすとローシャはふらりと庭の散策へ向かった。

リオンを生贄に置いていくのを忘れずに。

そして花々の一つ一つをじっくりと見て回ると、突然悲鳴が聞こえた。

反射的に声の方へ駆け出すと、中庭で侯爵家の長男が背後からナイフを刺されて倒れていた。

ローシャが首筋に手を当てて脈を取り口元に手を当てて息をしているか確認すると死亡していることが分かった。

そして、右手に引っかき傷がある事とネクタイがない事を確認した。

少し遅れて屋敷にいた人々が悲鳴を聞きつけ遺体を発見すると騒ぎになり淑女は気を失う者もいた。

「ローシャ!どうしたんだ!大丈夫か!?」

リオンがローシャの元へと駆け付けた。

「僕は大丈夫だ。だが、彼はもう……。彼は君と話をしていたんじゃないのかい?」

「それが突然急用を思い出したとかで席を離れたんだ」

「ここには石像もあり目印となるものがある。誰かと待ち合わせでもしていたのかな?」

ローシャは考え込んだがこの青年とはまだ会って二度目で交友関係の情報もない。

聞き込みが先かと思っていると、呼ばれてやって来た警官により規制線が張られ遺体の周囲は警官以外立ち入れられなくなった。

「そういえばこの家の次男はずっと見掛けないね。事情聴取でもされているのかな?」

「さあ?少し話をしたらそいつも席を離れたからな」

「少し話をしただけで?二人とも君から離れたのかい?」

ローシャはリオンに食い付き確認した。

「ああ。てっきり公爵家と縁を繋ぎたいとばかり思っていたがあっさりとした引き際だったぜ」

リオンが首を傾げるとローシャも首を傾げた。

「僕もリオンとの面通しのために親しい友人を誘えと言って来たと思ったけれど……違ったのかな?」

二人して首を傾げたところでまた悲鳴が響いた。

二人が慌てて駆け付けるとメイドがドアを開けた状態で震えて座り込んでいた。

中に入ると伯爵家の次男が絞殺されていた。

「今度はこの伯爵家の次男か」

現場にはネクタイが落ちていた。

おそらく侯爵家長男のものだろうと見覚えのあったローシャはあたりを付けた。

では、侯爵家のは長男は誰に背後から刺されたのか?

ローシャが考え込んでいるとここにも警察がやって来てすぐに規制線が張られた。


「まだ何も分かってないのにな」

「そうは言ってもあれが彼等の仕事だからね。僕達は僕達で推理してみようじゃないか」

ローシャは肩を竦めてリオンに答えた。

「伯爵家の次男が侯爵家の長男に殺されたのは確かだと思う。恐らく凶器となったネクタイが何よりの証拠だ。だが、その後侯爵家長男を誰が殺したか、それが問題だ」

「相打ちとか?」

「それも出来なくはないな。前方から絞殺されている状態から首を絞めている相手の背中をナイフで刺すほど密着していたのなら……だが、そんな状況で侯爵家長男は何故庭まで移動したのかという疑問が出てくる」

「そっか…。難しいな」

「そうだね……」

そんな中、三度目の悲鳴が響き渡る。

「今度はどこだ!?」

「あちらの控え室の一室だ」

ローシャとリオンが辿り着くと、侯爵家の次男が殺害されていた。

こちらはナイフで心臓を一突きだった。

ローシャが検分していると次男の右手の爪には肉片が埋まっており何者かの皮膚を引っ掻いた跡があった。

ローシャはそれが侯爵家の長男を引っ掻いた跡だと思い至った。


二人で腕を組み、容疑者達としてお茶会の参加者達を集めたホールで唸っているとそこかしこで噂話が聞こえてくる。

やれ侯爵家の次男は野心が高くて長男を蹴落としてやろうと目論んでいただとか、伯爵家の次男は侯爵家の長男に多額の借金があったとか、侯爵家の長男は後ろ暗い事をしており次男から告発されそうになっていただとか、殺害された三人の関係から動機まで一気に耳に入ってきた。

そんな噂話に混じって聞き覚えのある声が二人に掛けられた。

「やあやあ、お二方。また事件に遭遇されましたな」

アーサー警部であった。

「アーサー警部。お久し振りです。息災のようでなによりです」

「お久し振りです!アーサー警部!」

ローシャとリオンがアーサー警部に挨拶をするとアーサー警部はこそっと二人に話し掛けた。

「謎解きも結構ですが、あなた方は貴族子息であり守られるべき子供なのです。どうか事件のことは我々にお任せしてくださいませんか?」

まさに推理をしていたローシャとリオンは気まずい思いをして小さくアーサー警部の言葉に頷いた。

「分かっていただければ結構。では、私は捜査に戻ります。お二方はここでまだしばらく待機なさっていてください」

そう言い残しアーサー警部は捜査へ戻って行った。

「びっくりしたー!でもそうか、アーサー警部がいるのも道理か。しかし、あの人は俺とローシャを二人でワンセットみたいに思っていないか?」

リオンが汗を拭いローシャに問い掛けると、ローシャは再度腕を組みぶつぶつと呟いていた。

「二人…二人……」

「ああ、アーサー警部は俺達の事よくお二方って一纏めにするよな」

リオンが頷くとローシャは閃いたという顔をしてリオンを見つめた。

「それだよ、リオン」

「どれだよ?」

リオンが首を傾げるとローシャは組んでいた腕を解いた。

「三人いたのなら殺人だって可能だ」

「どういうことだ?」

リオンは余計に首を傾げる。

「侯爵家長男は伯爵家次男を殺害した。あのネクタイが凶器だと思う。しかし、相打ちの場合伯爵家次男が侯爵家長男を殺害しても先に死んだであろう身で庭まで運ぶのは不可能だ」

「ああ、そうだな」

リオンが頷く。

「だけど、二人なら不可能でも三人ならば出来るということさ」

「つまりは?」

「仮に、仮にだけれど侯爵家の長男に借金のある伯爵家次男は侯爵家次男から蹴落としたい兄を殺害するよう命じられた。この二人は利害関係が一致している。しかし、侯爵家長男は長男で弱みを握る弟である次男を消したかった。ここまではいいね?」

「ああ」

「だから、侯爵家の次男と伯爵家次男の話を聞いていた侯爵家の長男は二人を殺害する事にしたんだ。恐らくね」

「なんだって!?」

「しー。まだ黙って聞いておくれよ」

リオンの唇に指を当てて黙らせるとローシャはまた持論を展開していく。

「動機の事は噂話でしか分からないから仮定するけれど、侯爵家長男が借金のことで揉めて伯爵家の次男を殺害したとしよう。あのネクタイがその証拠だ。次に長男だがネクタイを拾う間もなく控え室の一室まで来たのは誰かに連れられて行ったからに違いない。多分、侯爵家次男だ。事件の目撃者として連れて行ったのかもしれない。そして兄である長男を殺した。しかし長男もただ殺されるだけじゃなかった。弟を殺すつもりで持っていたナイフで次男を刺し殺し朦朧とする意識で助けを呼ぼうと歩き中庭で息絶えた。次男の爪に残る肉片と長男の引っ掻き傷がその証拠だ。こんなところでどうだろう」

「つまり、侯爵家の長男が伯爵家の次男を絞殺し、侯爵家の次男が兄の長男を刺し殺すつもりで相打ちになり、長男は中庭まで一人で歩いてきたのか?」

「ああ、多分ね」

そこまで言うと、ローシャは何故侯爵家の長男が次男と伯爵家次男の計画を知っていたのか疑問に思ってくる。

脳裏に一人の悪魔が甦る。

「ここにルーベンス家の者はいないしな…」

ローシャの独り言を聞き漏らさなかったリオンは答えた。

「ルーベンス卿ならいらっしゃっていたぜ」

「ルーベンス卿もいらしているのかい?」

ローシャは驚いた。

ルーベンス家といえばカインの生家だ。

ローシャはカインを思い出し身震いした。

「ああ、この家のご当主とも長男とも親しかったはずだ」

それを聞いてローシャは侯爵家長男と伯爵家次男の計画を侯爵家次男に教えたのはルーベンス卿ではないかと漠然と思い至った。

「そうか、ルーベンス卿もいらしていたのか…」

「挨拶だけしてすぐに帰ってしまわれたようだがな」

恐らく、二人の計画を侯爵家の長男に伝えることが目的だったのだろうとローシャは考えた。

しかし、惜しむらくべきはルーベンス卿の証拠がないことだ。

カインの父だけあって狡猾で計算高いのだろうとローシャはカインという存在を思い出す。

兄のアベルは人の良い優しい青年だったとどこかのパーティーで見掛けてそう印象に残っている。

父親の悪の部分に似なくて良かったと他人事ながら考えた。


「しかし、僕達の考えはすべて机上の空論だ。あとは警察に任せるしかないね」

「そうだな」

「アーサー警部には警告されたけれど、だけど、犯人の正体が分かる可能性があるのに黙って見過ごす訳にもいかない」

「いつもの通り手紙を出すのか?」

「ああ、そのつもりさ」

そう言うとお茶会の招待客はようやく自宅へ帰るよう許された。


ローシャとリオンもその場で別れて各家の馬車に乗って帰った。

帰宅するとローシャはすぐに背筋を正すと机に向かい今回の事件を日記に書き記し手紙を書き始めた。

ローシャは、頭では納得していてもどうしても自分の推理をアーサー警部にも聞いてもらいたく、また注意を促したくて手紙とペンを取った。

ローシャはアーサー警部に宛てた事件のあらましの手紙の最後にルーベンス卿にはご注意をと注意書きをし認めた。

ローシャはルーベンス家の闇に触れるのが恐ろしかったが、それでも気付いてしまった自分が危機を促さなければという義務感から最後の一言を添えてしまった。


後日、二人はリオンとの約束の通り新しく出来たパン屋で人気のパンを買い求めピクニックを楽しんだ。

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