第13話 秘密のお茶会

「最近一部のご令嬢方の様子がおかしい?」

「ああ。従姉妹殿から相談されたんだ」

その言葉にローシャはホッとした。

「よかった。君から女性の事が口に出されたのでどんな天変地異が起きるかと思ったけれど、君の従姉妹殿からの相談事か。良かった」

「どういう意味だよ!」

「そのままの意味だよ」

ローシャはそう言うと自室で唸るリオンにも紅茶を勧めて一口飲むと思案する。

「しかし、様子がおかしいと言われてもどうおかしいのか分らないね…。なにかしらの事件か陰謀でもあるのかないのか」

「その中でも一人のご令嬢のご自慢の中庭でお茶会をしているらしいんだ。従姉妹殿は招待を断ったけれど、他の参加者はみんな婚約者がいないか婚約したばかりのご令嬢らしいぜ」

「ふむ。婚約になにかが隠されているのか…。とりあえずそのお茶会に忍び込んでみよう」

テーブルにカップを置いて何事もないように言うローシャにリオンは驚いた。

「忍び込むって、男子禁制らしいぜ?どうやって入り込むんだよ!?」

リオンが騒ぎ立てるがローシャは冷静に返した。

「リオンが女性の格好をしてそのお茶会に潜り込めばいいだろう?」

その言葉にリオンは憤慨した。

「なんでだよ!ローシャの方が絶対似合うし違和感がないだろ!?」

「この僕に、そんなことをさせようと?」

ローシャがにこりと微笑んでみればリオンが後退りした。

かくして、リオンが令嬢の役をやることになったのだった。


最初は嫌だ何だと喚いてコルセットで瀕死になっていたリオンだったが、ナターシャ含むローシャ家のメイド達の手腕により背が高いもののそれが魅力的な中性的な令嬢に変身することが出来た。

「ふっ、くくく……きみ、意外と似合うじゃないか。多少背は高いがどこからどう見ても立派なご令嬢だよ」

「うるせぇな……」

リオンが膨れっ面をしているのがおかしくて、とうとうローシャは笑いを堪えきれなかった。


会場となる屋敷までは馬車の家紋で身分が分られることを恐れて辻馬車で付近まで赴き、身元が分からないように遠回りしたコネでなんとか手に入れた招待状を会場の入り口で差し出し、噂の主催であるご令嬢に挨拶をしご自慢の中庭へと通された。

ローシャであれば感嘆しその美しさを褒め称える言葉の一つも言うだろうが、生憎とリオンには花の美しさには興味がなく、テーブルに並んでいる茶菓子に興味を惹かれていた。

ご令嬢方に振る舞われる菓子を食べるくらいなら問題ないだろう。

そう思い一つ摘んで食してみれば、思いの外美味しくて一つから二つ、三つと食べる量は増えていった。

周囲と溶け込むでもなく黙々と菓子を食べるリオンは周囲から好奇の目で見られていることにも気づかず堪能していた。

やがて紅茶で一息つくと一人の令嬢がリオンに声を掛けた。

「ごきげんよう。あの、失礼でなければお名前をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「あ、ええ。リオ……リオと申します」

危うく本名を名乗りそうになったが、なんとか堪えてリオと偽名を名乗ったリオンは自分自身で心底褒められたいと思った。

「リオお姉様!素敵なお名前ですわ!」

その令嬢の声を皮切りに他の遠巻きにしていた令嬢達がリオンに群がってきた。

「わたくし達もリオお姉様とお呼びしても構いませんこと?」

「ええ、もちろんですわ」

なんとか微笑みを作りながら令嬢達に愛想を振り撒くリオンに令嬢達から感嘆の悲鳴が上がる。

「リオお姉様に男装とか、お似合いになりませんこと?」

「分かりますわ〜!今度お兄様のお洋服を着て欲しいくらいですわ!」

「あら、他人の服をリオお姉様に着ていただくなんて失礼ですわ。一から仕立てないと。ねっ、リオお姉様。リオお姉様はどんなお洋服がお好みかしら?」

リオンは群がる令嬢達に辟易としながらも声音で男と明かされないように扇子で口元を隠しながらにこりと微笑んだ。

周囲の令嬢から黄色い悲鳴が出て、勘弁してくれとリオンはその場から逃げ出したい気持ちになった。

しばらく令嬢方に囲まれて騒がれていたが、離れた場所にいた令嬢二人が連れ立って中庭の奥へと隠れるように向かうのが見えた。

なにかあると直感したリオンが令嬢達に断りを入れ抜け出しこっそり後を追いかけると、まるで白昼夢のように先程の二人の麗しい令嬢がお互いの唇をそっと合わせていた。

思いがけず秘め事を見てしまったリオンが目を白黒させてとりあえず二人の世界を守ろうと来た道を戻ると、主催者のご令嬢が側で立っていた。

「ご覧になられたのですね」

「ええ……」

隠すのは得策ではないと正直に答えると微笑まれた。

令嬢は咲き誇る花を一輪手に触れ愛でて告白する。

「わたくし達はいずれ家の都合で好きでもない殿方の婚約者となり結婚させられます。その前の束の間の夢でいい。好きな方と秘密の逢瀬を楽しみたい。ここはそのための場所ですわ」

「好きな方と…」

先程の令嬢二人が唇を合わせるシーンが脳裏を過ぎる。

「女性が女性を愛する事がそんなにおかしいことかしら?」

「いいや…俺、わたくしの思慮が浅かったようで申し訳ありませんわ」

「ふふっ、特に怪しい会ではありませんのでそのように女装して潜入調査しなくてもよろしくてよ」

「分かってらしたんですね」

リオンが息を吐く。

「ふふふっ、初めから分かっていましてよ。本日は相棒の名探偵様はご一緒ではないのですね」

令嬢はくすくすと楽し気に笑うと急に真剣な瞳になった。

「こちらに訪れる令嬢方はなんの罪も罰もありません。ただ、愛する人とひとときを過ごしたいとわたくしの主催するお茶会に参加してくださる方々です。無闇に騒ぎ立てないでくださらない?」

「わかりました。特に怪し気な会ではないのでしたら俺達の出番はなさそうです。大変失礼で無粋な真似をしてしまい申し訳ありませんでした」

リオンが謝罪をすると令嬢もようやく元の優しい笑みに戻った。

「相方にも何事もなかったと報告しておきますよ」

「そうしてくださると助かりますわ」

そこでふと、リオンは気になっていたことを尋ねた。

「なんで俺の従姉妹殿にも招待状を出されたんですか?彼女には愛する婚約者がいて、とてもこの会の趣旨に沿うような人物ではないと思いますが」

「ああ、それでしたらリオお姉様と同じ理由ですわ。あなたの従姉妹様はとても女性に人気がありますので、一度ご招待してみたくて」

「…………そうですか」

リオンの頬がひくりと引き攣ったのを見て令嬢は微笑んだ。

「さあ、リオお姉様。皆様がお待ちかねでしてよ。お茶菓子も珍しい茶葉も用意してありますの。楽しんでらして」

「いや、俺は、その……」

「これもひとときの夢と楽しむのがよろしいですわ」

そしてリオンは連れて行かれた会場で令嬢方からのお喋りに辟易しながらも、この令嬢方もいずれは望まぬ道を歩まされるんだよな、と感慨に耽った。

それが貴族の道であろうと、リオンやローシャもそうであるから同情も含み結局最後までゲストの一人としてお茶会を楽しんだ。


帰宅する前にローシャに報告する際に秘密のお茶会のことは伏せて、なんてことのない令嬢方の少しハメを外した茶会だったと告げた。

ローシャは訝しんだが、リオンが言うことに否を唱えなかった。


そして帰宅すると、リオンは女装していたことに慣れてしまい変装をローシャの家で解くのをすっかり忘れて家族にあらぬ疑いを持たれ、弁明するのに一晩掛かった。

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