第10話 あくのひと
その少年は飽いていた。
飽きて飽きて、十数年しか生きていないにも関わらずこの世の全てに冷め切っていた。
だから。
「この世界を少しは面白くしてみようか」
そう決めて、その通りにしたのだ。
少年の思う面白い世界を作るために。
まずは、詰まらないと思うルールを選出した。
自分が従う必要のないと思ったことすべて。
その中には世にいう犯罪も多く含まれていたが、少年には関係のないことだった。
だって飽いていたのだ。
それ以外の理由はない。
次に、そのルールを破ってみる事にした。
けれど自分の手は汚さない。
少年は潔癖症であった。
『汚す』という言葉が自分に付くことすら耐え難かった。
だから他人を使って世の中のルールとやらを破ってみた。
一回目の些細な事は簡単に成し遂げられた。
思った通りに人を動かせたし、言動もその人物自身が思ってやっていると錯覚させられた。
小さな完全犯罪の成功だ。
すると次はもう少し大きな事をしてみたくなった。
それも呆気なく成功した。
少年は飽いていた。
次々人を操ってはこの世を詰る。
まるで盤上の遊戯のように好き勝手に駒を動かしているように魅せて、その実綿密な計画で事は実行されていった。
それは誰に気付かれることもなく、数年間行われ続けた。
その少年とローシャとリオンが出会ったのは、リオンの邸宅での茶会でのことだった。
同じ派閥に所属する少年の家は、家族でリオンの両親に恭しく挨拶をした。
もちろん少年も内心は別のことを考えながらも優等生の面の皮を被っていた。
少年の家族は歓迎されて茶会でも有意義に過ごしていた。
そこでリオンの母親ご自慢の薔薇園でローシャと出会ったのだ。
「ごきげんよう、君も退屈しているみたいだね」
声を掛けたのは少年からだった。
ローシャがベンチに座り薔薇を堪能していると背後から話し掛けてきたのだ。
「ごきげんよう。貴方は確かピーテル・バウル・ルーベンス卿のご子息でしたね」
「ああ、その通り。次男のカインと申します。以後、お見知り置きを」
爵位が上のカインが自己紹介をしてくれたのでローシャも自身のことを伝えられた。
しかし、ローシャは隣に座ってきたカインにぞわりとした悪寒を感じた。
「ローシャくん、君は罪を犯したらどんな気分になる?」
突然のカインの言葉にローシャは目を白黒させつつも「さてね、やる気もないし興味もないですよ」と返す。
カインの言葉にローシャは少し距離を置く。
だが、カインはなおも続ける。
「人を殺してはいけない、それは人が決めたルールだ。だからといって僕がそのルールに従う義理はない」
「貴方は人を殺したいのですか?」
「人を殺したことはないよ、僕はね」
その言葉の含みに嫌なものを感じたローシャは会話を切り上げてさっさとこの場から離れようとするも、カインは語るように自論を展開する。
その心中にローシャは嫌悪した。
「もしも君が言う事が君のすべてなら、君を心底侮蔑するところです」
その言葉ににこりとカインが微笑む。
外見だけは美しい彫像のようだった。
「普段なら人にこんなことは言わないよ。でも君にはなんでかな、言ってしまいたくなるんだ。そう、告解のように」
傍迷惑なことだとローシャは思った。
「僕は人を殺したことはないけれど、他の人は人を殺すじゃないか。それは許されているのかい?」
「駄目に決まっているでしょう」
「そっか。僕も自分で殺すことはしないよ。よく言うじゃないか。犯罪のことを『手を汚す』って。僕、潔癖症なのか汚れているものが許せないんだよね。例え単語で自分に付くことも」
「…本当に悪趣味な冗談だね」
「さて、本当に冗談かどうか」
ローシャはもうカインに敬語を使うことをやめた。敬うことをやめたのだ。
カインが口に弧を描くとローシャの顔が歪んだ。
「貴族としての仮面を被っていられないなんて、ローシャくんもまだまだだね。己の心を曝け出してはいけないよ。悪い人に利用されてしまうからね」
「例えば、君みたいな?」
「ははっ、そうかもね!」
カインは楽し気に笑うとローシャにぐいっと近付いた。
「ローシャくん、ローシャくん。うん。覚えたよ。きっとまた、近いうちに出会える。これはね、約束じゃなくて運命なんだよ」
「そんな運命なんていらないね。君との時間はこれっきりにしたいものだよ」
「そうはいかないよ。運命はそう簡単に変えられないんだ」
ローシャはうんざりとした。
「君は意外と運命論者だね」
「君にだけだよ。こんなこと話をしたのもね」
微笑むカインにやはりローシャは悪寒を感じた。
嫌悪感といってもいい。
この人は悪だ、とローシャは感じた。
遠くからカインを呼ぶ声が聞こえた。
「ああ、アベル兄様が呼んでいる。今日はここまでだね。またね、ローシャくん」
ひらりと手を振ってまた気紛れのようにその姿を薔薇園へと消していった。
思わず立ち上がって見送ったが、ローシャは不快な思いを振り切るようにベンチに座り直し咲き誇る薔薇を熱心に見た。
美しい罪のない薔薇でカインを上書きするかのように。
「ローシャ!こんなところにいたのか!」
「リオン」
リオンが薔薇園のベンチで不服そうにしているローシャを見付けたのはそれからすぐのことだった。
「なんだか機嫌が悪そうだな」
「なんでもないさ。ただ、不快な事があっただけだよ」
ローシャの言葉にリオンは驚いた。
「ええっ!?うちが開催する茶会で問題でもあったか?」
「いいや。茶会自体は最高のものさ。ただ、これから先に嫌な事がありそうだと思ってね」
肩を竦めるローシャにリオンは首を傾げるばかりだった。
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