第11話 首飾りの秘密

「立派な首飾りだね」

「そうだな。でかい宝石だな」

「そんな感想しか出てこないからリオンはリオンなんだ」

二人は今、美術館に来ており、そこで飾られていた今回の展示の目玉となる大きな宝石を主軸に飾り立てられた首飾りを見て感想を言い合っていた。

目玉の展示まで来たが人はまばらで入館者数は少なそうだった。

ここに辿り着くまでやいのやいのと美術品を見ては感想を言い合っては来たけれど、そろそろ疲れてきた頃だ。

「ローシャ、休憩スペースがある。あそこで休もうぜ」

「ああ、そうだね。そろそろ疲れてきた頃だ」

休憩スペースもがらんどうとしており席はどこも空いていた。

美術館の庭園を見渡せるテラス席に腰を落ち着かせた二人はようやく休息を取った。


ローシャはリオンの屋敷の薔薇園で出会った少年を思い出していた。

自分と大して歳の変わらぬにも関わらず底が見えない恐ろしい少年。

そんな少年カインはローシャには理解し難い人物だった。

これまでに犯罪に巻き込まれたことはある。

『悪意』に接したこともある。

だが、カインの『悪意』は『悪意』ではないのだ。

呼吸をするようにやりたいことをする。

それが犯罪であっても彼には関係のない事なだけで。

それがどんなにひどいことか、彼は無自覚に無慈悲にやってのける。

そんなカインの『悪意』に私利私欲も妬み僻みもない。

空っぽなカインの『悪意』

これにどう理解すればいいのか、ローシャには分からなかったし理解したくはなかった。


「ローシャ、どうしたんだ?」

物思いに耽っていたローシャの肩を軽く揺すってリオンが現実に戻す。

「ああ、すまない。少し考え事をしていてね」

「この間の茶会からなんか変だぜ。なんでも言ってくれよ。俺達、親友だろ?俺はローシャの力になりたいんだ」

熱心なリオンの瞳に話してしまいたくなるが、カインの事を話してリオンの負担にさせたくはなかった。

リオンは誠実で正義に熱いともいえる、正しい人だ。

空っぽな悪意の塊のカインに会わせたくはなかった。

「本当になんでもないよ。ただ、もしその時が来たら力になってくれるかい?」

ローシャが秘密にしたいのならば無理して暴く事はやめておきたい。

ローシャの意思をリオンは尊重した。

「……分かった。話したくなったらいつでも言ってくれ。俺は必ず力になると誓おう」

リオンはローシャの手を握り固く誓った。


休憩を取り終わるとまた首飾りが展示してあるホールに戻って来た。

すると先程のローシャとリオンのようにじっと首飾りを見ている老人が居た。

ローシャは気になり首飾りを見る振りをして老人を観察した。

「ローシャ?」

リオンも後からついてきてローシャに合わせて老人を見遣った。

老人はぶつぶつと小さな声で「違う、違うのに…」と繰り返すばかりだ。

「もし、どうされました?」

ローシャが声を掛けて初めて二人の存在に気付いたようにびくりと体を震わせ、老人はローシャとリオンを一瞥するとまた首飾りを眺めては違うと溢し始めた。

「何が違うんだよ?」

リオンが尋ねると初めてしげしげと首飾りを食い入るように見ていた老人が呟いた。

「この首飾り、本物の宝石なんだろうか?」

この言葉にローシャとリオンは顔を見合わせた。

「僕が見る限り本物だと思いますが」

「俺も間違いなく宝石だと思うぜ。家にあるのと似てるし」

二人が肯定すると老人は首を横に振った。

「いいや、違うんだよ。この首飾りは五十年前に私が盗んだ物だ。今も自宅にある」

ローシャとリオンは再び顔を見合わせた。

「それは真実でしょうか?」

「ああ、ああ。真実だとも。神に誓って。この首飾りの本物は私が五十年前に盗んだ」

老人の言葉にローシャとリオンは戸惑った。

急な罪の告白に出会したのだ。

「それは自白と取ってよろしいのでしょうか?でしたら然るべきところへ連絡し同行していただきたいのですが」

そう言いつつローシャは少し離れてついて来ていた護衛のサシャとカルヤに目配せするとサシャは頷きカルヤがローシャから目を離さず近くにいた美術館の学芸員に囁くように事の次第を告げると、学芸員は蒼白になると慌てて上へと話を持ちに行った。

リオンの護衛はリオンからなんの指示もないため黙して徹した。彼等にとって最重要なのは主人の身の安全なので、指示がなければ身を守るよう離れず見守ることが一番の使命であった。

老人の告白は続く。

「それでも構わない。しかし私には分からないのだ。確かに盗んで悦に浸り私の手腕を確かなものと実証した首飾りがここに鎮座しているのが不思議で仕方がないのだ。それが分からなくては死ぬに死ねない」

「死ぬって、爺さん死ぬなんてそんな軽々しく言うもんじゃないぜ」

リオンが老人を諭すも老人はまた首飾りを見て呟いた。

「余命幾許もないと医師にも言われた。あとは死を待つばかりと思っていたら過去に盗んだ品が目玉として展示されると聞いてね。やって来てみたら本当に我が物顔で飾られているじゃあないか。一体どういうことなのか」

「過去に盗んだ物が真実の宝石ではなくイミテーションなのではないでしょうか?」

ローシャも腕を組み考え始める。

「いいや、今は老いたとはいえその時は現役だった。偽物と本物の違いくらい分かるとも」

そう言われるとローシャにも真偽は分からない。

せめて老人宅にあるという首飾りを見てみないと本物の宝石かも分からない。

呆けた老人の戯言かもしれない。

謎、というにはあまりにも謎ではなかった。

腕を組みながら考え続けると視線を感じてそちらに目を遣ると青年がこちらを向いてどうしようか悩んでいるようだった。

美術館の学芸員ではなさそうだ。

青年は首飾りについて何か知っているのだろうか?

気になったローシャが青年に声を掛けようとすると慌ててどこかへ去ってしまった。

ローシャとリオンがなんだったのか疑問に思っていると学芸員が館長を連れてやって来た。


「どうも、どうも。この度はお騒がせしてすみません、お客様方」

「館長であらせられますか?こちらのご老人が五十年前にこちらの首飾りを盗んだと申し上げるのです」

「いやはや、そんな筈はありません。ほら、こちらに飾られているでしょう?ご老人、夢か何かと混濁されているのではないでしょうか?」

初めから老人が嘘をついていると決め付ける館長に違和感を覚えたが、先程顔面蒼白で館長を呼びに行った学芸員が平然としていることも気になった。

もう一度ローシャは展示されている首飾りを見遣る。

どこからどう見てもイミテーションではない本物だと数は少ないながらも両親や自身の身に付ける宝石を見て目は肥えているという自信が多少はある。

館長が言う事が真実か、老人が言う事が真実か、ローシャには判断がつかなかった。

頭を切り替えようとリオンに話し掛けようとし、ローシャは一瞬だが館長が笑っているのを見てしまった。そして、一つの可能性に辿り着いた。

「なんだ、もしそうならなんて馬鹿らしい事実なんだ」

ローシャは溜息を吐いた。

「なんだよ、ローシャ。なにか分かったのか?」

リオンの問いにローシャは館長達を気にして小さく答える。

「ああ。とんでもなくくだらない大人の企みってやつにね」

「なんだそれ?」

「ここじゃ話し難い……先程の休憩スペースに戻ろう」

「分かった」

リオンの承諾を得られるとローシャは館長と老人達に一礼をして「込み入った話になるかもしれません。僕達は場を離れますね」と言った。

館長と老人は明らかに安堵した様子でおり、館長は「かしこまりました。お騒がせして申し訳ありませんでした」と丁寧に頭を下げた。

ローシャとリオンが休憩スペースへ行くのと入れ替わりで先程ローシャが声を掛けようとしたら逃げるようにして立ち去った青年が戻って館長達となにやら話をしている。

ローシャは今後を思うと後半の展示を見てさっさと帰ろうと思った。


休憩スペースに戻るとまたテラス席に座った。

相変わらずがらんとしていて人目を気にする必要もなかった。

「ローシャ、早く話を聞かせろよ」

「良かったな、リオン。今日美術館に来て。明日からだったらちょっとした騒ぎでこんな静かに展示物を鑑賞なんて出来なかったよ」

その言葉にリオンは首を傾げた。

「どういうことだ?」

「先程、館長は笑っていた。目玉の展示品が偽物かもしれないというのに、だ。そこで僕は考えた。これは美術館側が疑惑の首飾りとして評判を売り出したいがための演技だったんだ」

「なんだって!?」

思いの外、大きな声を出してしまったリオンは慌てて周囲を窺うが休憩スペースには変わらず人もおらず気にする者はいなかった。

「普通の大きな宝石の首飾りより出自が怪しい方が興味が湧くだろう?」

ローシャが興味なさげに呟いた。

「そりゃあ、本物か偽物かって聞かれたら気になるけどよ、そうまでして人を集めようとするか?」

「見てごらんよ、この美術館を。広さの割に集客率は悪い。いつまで経営が持つだろうね。先程の青年が老人に声を掛けて騒ぎを大きくする役目だったんだろうが、僕達が先に声を掛けてしまってどうしたらいいのか困ったってところだろうよ」

「となると、老人の告白は嘘か?あれが演技だったなんて」

「そうだと思うけれどね。明日にでもなれば騒ぎになって真偽が分かるさ」

肩を竦めたローシャは椅子から立ち上がるとリオンに言った。

「さあ、美術館の展示はまだまだある。騒がしくなる前に、最後まで観に行こうじゃないか」

そう言うとローシャはリオンを置いてさっさと歩き出した。

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