第2話 二番街の髪切り魔
「無駄なことだな」
自室で紅茶を飲みながらリオンから事件のあらましを聞いたローシャはバッサリと切り捨てた。
「なんでだよ。まだ事件の内容を話しただけだろう?こう、推理して解決してくれよ。名探偵ローシャ!」
その呼び名に過剰に反応したローシャは苦虫を噛み潰した表情でリオンに勧告した。
「次にそのふざけた呼び名で呼んだら自宅には招き入れないからな」
「だって、名探偵だろ?俺の猫も探してくれたし、この間は侯爵の脱税と夫人殺しを暴いた。立派な名探偵だ。惜しむらくはそれを手紙に書いて警察に送って警察の手柄にしたことだけれど」
ローシャはリオンの訴えに疲れ果てた様子で首を横に振ってクッキーを齧った。
「何度も言っただろう、リオン。線引きが必要なんだよ。向こうは警察でこっちは単なる貴族だ。事件だなんだってのは警察や本業の探偵に頼めばいい」
なんなら、匿名の不審な事件解決の手紙を警察が信じて再捜査してくれたことすらローシャにはありがたいとクッキーを噛み締め終えながら思った。
それにリオンは苦い顔をする。
「だけど、ローシャ。お前まだ身の振り方を決めていないだろう?これから学園に入るまではいいが、卒業したら大人の仲間入りだ。婿入り先でも就職先でも探さなきゃなならない」
「俺に婿入り先が決まらないのは九割方お前が隣に居るからだとは思うがな」
なんせ、パーティーに参加してご令嬢に話し掛けても隣に厄介な瘤が付きまとい、その瘤の顔が良くて話も上手いものだからご令嬢方は話し掛けたローシャよりもリオンに夢中になり、手紙を送ったりパーティーの度に積極的に話し掛ける始末だ。
ローシャにとっては面白くないに決まっているのに、悪いことにリオンは自分が女性に好意を持たれているとは思わず、同い年に関わらずローシャの保護者面でローシャの婚約者として相応しい女性を探さねばと熱心でローシャは頭痛を覚えるほどだった。
人の婚約を心配するくらいなら、そんな有り様で未だに実家から婚約者の選定すらされない自身を心配しろとパーティーがある度に言っていた。
なにせローシャは大人になれば自身で生計を立てなくてはいけない伯爵家の三男、リオンは公爵家の次男として長男を支える仕事という未来がある。
明らかに別れている未来だからこそかリオンはローシャの将来を心配する。
……縁談を潰しているのは本人とは気が付かないけれど。
「それでだな、リオン。無駄なことと言ったのは何も推理していないからじゃない。推理した結果、無駄なことだと言ったんだ」
「どういうことだ?」
「答えは簡単さ。その事件の被害者全員が犯人だと僕は思うね」
腕を組んでローシャはリオンに告げた。
「事件被害者全員が犯人!?まさか、そんな……」
呆然とするリオンにローシャは続ける。
「事件のおさらいをするぞ」
二番街の路上で深夜に娼婦の髪が切られる事件が多発していた。
二番街は昼間は活気のある街並みだが、夜になるとそのなりを潜めて女性達が自身の体を商品にして男性を口説き落とす。または、口説き落とされる。
犯行の目撃者にお客の男性はおらず娼婦のみだが、突然の犯行で後ろから口を押さえられてハサミで長いブロンドの髪をバッサリと切られるという。
背後の反社会的存在への宣戦布告かとも思われたがそれにしては手を出す相手が末端過ぎる。
事実、ご自慢の綺麗な長いブロンドの髪を失いみすぼらしい頭にされた娼婦達は反社会的存在からクビを言い渡されているという。
つまりは使い捨ての存在だ。
さて、犯人の目的は?正体は?
「事件の謎としてはそうところだろう」
「そう、そうだよな。反社会的存在への宣戦布告ならもっと大物を狙うだろうし、わざわざ娼婦の髪だけを切るなんてしなくてもいいと思う。でも、それがなんで被害者全員が犯人になるのさ」
「反社会的存在から逃れて娼婦を辞めるためだろうな」
一言告げると紅茶を飲んだ。
「娼婦を止めたがっていたんだろう。だが、背後にはろくでもない連中が着いていることが多い。まともにやめたいと言ってやめられはしないだろう。だから髪を切ったんだ。短い髪のみすぼらしい娼婦なら商品にはならないと思って。彼女達自身が彼女達自身を守るためにした行為だと僕は思うね。それに不自然じゃあないか。お客の男性は誰一人目撃していないんだぜ?そうでもなきゃ、誰にも見られない程上手くやる余程の変質者か……」
「まさか、そんな……それなら警察に言えばいいじゃないか」
「娼婦も充分反社会的存在だ。警察に駆け込めても捕まるだろうな。そうしないためにご自慢の髪を切ったんだ。被害者としてなら扱いはまだましだろう。そして、娼婦を辞めたい女性全員が団結して犯行に及んだんだ。多分だけどね」
ローシャの口上にリオンが神妙に頷いた。
「つまりは被害者全員が犯人なんだ」
「なるほど……」
「だからその中から犯人を探すのなんて無駄だって言ったんだ。だって全員が犯人なんだから一人に選べない。多分だけどね」
自身の推理にリオンが暴走しないよう念を押すように多分と二度付け足し、ローシャは紅茶を一飲みしてから苛立たしくソーサーに戻した。
「まったく、女性がそんな真似をして生きて、そんなことをしなくては被害者になれないなんておかしな世の中だよ」
憤慨したローシャにリオンは宥めるように同調した。
「本当だよな!早く被害者達の保護と反社会的存在の取締強化と娼婦の仕事をやめさせないと」
「だからそれは警察の仕事だ、馬鹿」
そう言いながらローシャは引き出しから手紙を取り出しペンで書き出す。
「これで彼女達の存在が少しでもまっとうに生きられるものになれるといいんだが」
今回も匿名で事件の推理を文章にしてポストに手紙を入れて警察に送り届けた。
被害者全員が世間を騒がせた犯人ということで罰せられるかもしれないが、反社会的存在からは守られるだろう。
娼婦としての行いによる罪もあるだろうけれど、それはそれ。
行ったことは行ったことだ。
犯罪は正さねばならないとローシャは思ったし、罪が暴かれてもそれがせめてもの彼女達の尊厳を守ることに繋がると信じていた。
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