第3話 片思いの少女

今日もリオンは堅苦しい自宅を抜け出しローシャの自室に転がり込む。


「なあ、ローシャ。今流行りの美しい少女を見に行かないか?」


「お前が女性に関心を持つなんて珍しい……余程美しい少女なんだろうな」


滅多にない言葉にローシャが驚くと、リオンは畳み掛けるようにチケットを差し出してローシャを誘う。


「ああ!だから一緒に美術館に行ってくれよ。俺、どうしてもああいうところは苦手でさ」


「少女と美術館に何の関係が?そこの職員かい?」


リオンは首を横に振りながらローシャの勘違いを訂正する。


「いいや。飾られている絵画『片思いの少女』という作品だ」


リオンが自信満々に告げるとローシャは首を傾げる。


「『片思いの少女』とは、その少女が片思いをしているのかい?筆者が少女に片思いしているのかい?」


「それがそこも含めて筆者すら不明の作品なんだよ。でも、描かれているのはとても美しい少女と評判なんだ。物は試しで見てみようじゃないか」


これは美しい少女というより流行り物に興味を持ったな、とローシャは思ったがリオンが割合流行り物が好きなことを知っていたし、ローシャとて美しいものは好きだ。


絵画や彫像を眺めて楽しむ嗜みもある。


こうして二人は思惑は別ながらも美術館へ赴くことになった。




そして訪れたのは厳かな雰囲気の美術館。


確かにリオンには苦手な雰囲気だなと絵画や彫像を鑑賞しながら奥へと進んでいく。


「まったく良さが分からないな!」


「安心しろ。作者もお前のような無粋な奴に分かってもらおうとは思ってないだろうよ」


しばらく順序に沿って歩いていくと、噂のご令嬢と対面した。


確かに美しい少女だった。


だが、ローシャが彼女を見詰める目は厳しかった。


「このご令嬢には毒があるね」


「こんなに美しいのにか?」


リオンの問いにローシャが頷き少女から距離を取る。


「ああ。使われているのは白、緑、オレンジ。どれも人を死に至らしめるほどの成分を持つ毒だ」


「顔料に毒があるのか!?」


リオンが大きな声で反応したので慌ててローシャがリオンの口元を塞いで黙らせる。


「この絵を描くまでに使った顔料がどうなったのか、何故この絵から毒の成分が入った顔料が削げ落ちているのか、考えたらすぐ分かることだろう?」


その言葉にリオンは分からず答えを求める。


「彼女は人を殺すために描かれたんだ」


リオンは驚いてまた大きな声を出しそうになるもローシャの睨みで耐えてみせた。


「僕には彼女が可憐な少女だとは思えないね。可憐な顔をしたとんだ毒婦だ」


ローシャは吐き捨てるとさっさと絵画から離れて他の絵画を見に行った。


「でも、そんなの偶然でローシャの思い込みかもしれないじゃないか」


珍しくローシャの推理に引き下がるリオンにうんざりとした顔でもう一度言う。


「彼女に使われている顔料には毒となるものが多いね。しかもところどころ剥がれている。故意に落ちたのか落とされたのか。顔料を使う時も怪しいな。少なくとも彼女が人を殺めていない事を祈るよ」


もう一度丁寧にリオンに説明するが、リオンは珍しく引き下がらない。


「ローシャはまたそうやって推理して。いいじゃないか。美しい少女の絵画がここにある。過去の事件は分からない。それでさ」


「珍しいな、リオン。いつもなら君が事件だ何だと大騒ぎするのに」


「だって悲しいだろ?こんな無垢で可愛らしい少女が人殺しの道具に使われていたかもしれないなんて。それにもう立証の仕様がない」


しょぼくれたリオンの頭をローシャが背伸びをして撫でる。


リオンのこの純粋な優しさがローシャには好ましく思えていた。


「仕方がないな。無粋な推理はこれで終いにして次の絵画鑑賞でも楽しむか」


そしてふらりと歩くローシャの後をリオンが追い掛ける。


「……ああ!あの果物たくさんの絵画なんて美味しそうでいいよな!」


指を指しながら楽しげに笑うリオンのその言葉に、険しかったローシャの顔もようやく晴れやかになる。


「まったく。お前はそうしている方が幾分もましだよ」


そして二人は美術館を巡り、作品を見てはああでもないこうでもないと議論を交わして楽しんだ。

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