貴族探偵ローシャとリオンのとある日々

千子

第1話 ダイヤのガラス玉

侯爵家自慢のシャンデリアが落ちて真下に居た侯爵夫人が亡くなった。

自慢とはいえ蝋燭を灯す明かり台もなく、ガラス玉ばかりが豪奢に着飾るシャンデリアであったが。

幸い他にも使用人で怪我人は多少いたが屋外で演じられていたショーにパーティーに訪れていた大多数が集まっていて他に 大惨事とはならなかった。


侯爵は、シャンデリアのガラス玉をすべて集めるように使用人に命じた。

夫人が亡くなった際、自慢していた首元にあったダイヤのネックレスと混じったからだ。

落ち目の侯爵家では少しでも金品に代えられるものはほしいのだろうと噂された。

そんなことから、シャンデリアが落ちて浪費癖の激しい夫人がなくなったのは侯爵が何かを仕組んだからではないかと噂が立った。


シャンデリアのガラス玉は集められたが、今度はダイヤと見分けがつかない。

仕方がなく鑑定士を呼んで一つずつ鑑定していくと、すべてガラス玉だという。

夫人が見栄を張ってガラス玉のイミテーションをダイヤと言ったのか、本物のダイヤがいつの間にかすり替えられたのか。

本人が亡くなったままで真相は闇の中。

ガラス玉は悲劇のダイヤと嘲笑され、だがその価値を高めた。

夫人の死がガラス玉の価値を高めたのである。




「それで?なんでそんな悲劇のダイヤなんて物騒で怪しげな品物の話を僕の前に持ってきたんだい?」

声の主は少年だった。

強いて言うなら性格は良くはない。

「この謎を君に解いてもらいたいからさ」

少年は別の少年の言葉に呆れた。

「あのな、リオン。僕は探偵じゃあない。単なる伯爵家の三男坊だ。婿入り先も決まっていない、身の振り方も決まっていない、だ。謎解きなんてしている暇はない。謎の答えよりどこかで婿養子を探しているレディを探さないと。それにそのうちに学園に入学もしないといけない。」

リオンと呼ばれた少年はなおも少年を説得した。

「だから!探偵として身を立てればいいんだよ!ローシャ!」

ローシャと言われた少年は、リオンの言葉に今度こそ嫌そうに首を横に振った。

「ちなみに謎解きって、ダイヤがガラス玉なのか夫人の死の真相のどちらだい?」

「そんなのもちろん両方さ!」

ローシャはとうとう座っていた椅子から立ち上がり、喚くリオンを室外へ追い出した。

「何故、僕が探偵なんてしなきゃならない!本物の探偵か警察を頼れ!公爵家の次男の自覚を持て!兄を支えていろ!」

ドア際からなおもリオンは言い募る。

「父様みたいなことを言わないでくれよ!それに、だって、お前、昔俺の飼ってた猫を探してくれただろ?」

ローシャは頭痛を覚えた。

「猫探しと大層な事件を一緒にするな!」




結局、ローシャはリオンの鍵明けによりドアを開けられその腕力で外に連れ出された。

こいつこそ犯罪者としての才能があるんじゃないか?と、ローシャは首元を引き摺られながら思った。

「今ならまだ現場保存ってやつですべてが事件の状態のままだ!早く行くぞ!いつ解除されるかわかったもんじゃない!」

焦るリオンにローシャは首元を取り戻しリオンの隣で普通に歩くことにした。

「シャンデリアのガラス玉をすべて集めて鑑定士が鑑定したのなら夫人のダイヤのネックレスとやらもイミテーションのガラス製だろう?懐事情が良くないと聞くのにダイヤのネックレスなんて買えるわけがないだろう」

「そんなことはないだろう。侯爵が愛する妻のために頑張ったのかもしれない」

ローシャは首を横に振った。

「あそこは典型的な政略結婚の仮面夫婦だ。余程のパーティーでない限りそんなことはしないだろう」

「その、余程のパーティーだったんだよ!結婚25周年の!」

なぜか意気揚々とリオンが答えてローシャは強制的に事件現場へと連れていかれた。




侯爵邸に着くと、あらかたの捜査はし終わったようだった。

とりあえず噂のシャンデリアの成れの果てを見てみようと身分を振り回し強引に捜査現場に押し入った。

さすがは公爵様だなとローシャは思った。

シャンデリアの落ちた跡地は警察の鑑識が調べていた。

鑑識は、鑑定士が鑑定したのならとガラス玉を調べなかった。

侯爵に言われて丁重に置かれていたガラス玉の山の近くに居た警察の鑑識にリオンが近付く。

意外とガラス玉は原型を留めていた。

「ガラス玉を見せてください!」

リオンが馬鹿正直に警察の鑑識に言った。

お前は馬鹿かとローシャは言いたかったけれど、リオンの方がローシャより立場は上なのだ。

二人きりの時ならともかく、こんな人目がある場所で怒鳴り付けるなんて出来なかった。

代わりにローシャのストレスが溜まった。

口の上手いリオンは何故かガラス玉の一部を鑑識から預かってきてローシャに渡した。

「お前は知識や推理だけじゃなくて目もいい。俺が見るよりお前が見てくれ」

リオンはローシャに貰ってきたガラス玉の一部を渡した。

ローシャは初めは興味なさげにルーペで見ていたが、次第に驚嘆とともに次々ガラス玉を確認していった。

「……リオン、これはダイヤだな。しかもすべてだ」

「すべてだって?だってこれはシャンデリアのガラス玉も含まれているんだろう?」

「それは違うな。シャンデリアのガラス玉もダイヤだったんだ」

リオンは驚いた。

「こんなに大量のシャンデリアの玉が全部ダイヤだって!?」

ローシャは警察官に聞かれないように慌ててリオンの口を両手で塞いだ。

「ああ。鑑定士が嘘をついている。そして、鑑定士と口裏を合わせられるのは侯爵のみだ」

侯爵がシャンデリアをダイヤに変えていたのなら、懐事情が危ないというのも嘘になる。

「一部しか見ていないから分からないが、すべてダイヤの筈だ。夫人のダイヤも本物だろう。だからすべてあんなに厳重に集めて保存したんだ」

ローシャは顎に手をやって考え込んだ。

これはローシャが考え事をする時の癖だった。

「なるほど?」

リオンは分からないながらも頷いた。

「一人でこんなことを出来るとは思えない。特にシャンデリア職人とは共犯だろうな」

ローシャは確信を持って言った。




数日後、リオンが家の力で調べると侯爵は自慢のシャンデリアの調整と称して特定のシャンデリア職人を度々自宅に招いたことが分かった。

その報告をしにローシャの自室へやって来た。

ローシャは顎に手をやって考え込んだ。

「必要なときにシャンデリアのダイヤを取り出していたのか」

ダイヤのシャンデリアとダイヤのネックレス。

「夫人を殺したのは侯爵の可能性があるな」

「なんだって!?」

「声が大きい、馬鹿」

心底嫌そうな顔をして耳を塞ぐローシャにリオンはすぐに謝る。

「す、すまない」

ローシャは声を潜ませてリオンに告げる。

「多分だが、夫人は侯爵がシャンデリアのガラス玉をダイヤにして隠し財産にしていることに気が付いたんだろう。そしてダイヤのネックレスを強請った。それが初めてかどうかは分からないが、夫婦間での脅迫でも始まったんだろう」

「なるほど…それが殺人の動機になったと?」

「恐らくは。真相を知っているのは侯爵だけだから予測でしかないがな」

ローシャは頷いた。

さすがに殺人事件となると猫探しと違って手に余る。

これは警察に告げて再捜査を促すしかないか…。

ローシャがそう考えているとリオンが朗らかに言った。

「じゃあ!早く犯人である侯爵を捕まえないとな!」

「お前は馬鹿か!!」

ローシャはリオンと居ると胃痛が治まらない。

「何故そうなる?俺達は単なる貴族の子息だ。事件の真相は本職の警察に任せる方がいい」

「せっかくローシャがここまで解いたのにか?」

リオンが分かりやすく肩を落とすしが、同じようにローシャの顔は曇った。

「問題は、どうやって夫人をシャンデリアの落下位置まで誘導するか、どうやって落としたかということだ」

「まったくだ。まったく分からん」

「お前は全部が分かっていないだろうが。馬鹿」

ローシャは呆れ果てたが、リオンの底抜けの馬鹿さと明るさには何度も救われてきたのでその言葉はまだ甘かった。




ローシャの自室でクッキーを片手に紅茶を飲みながら推理すると、ローシャが今更ながらな事を言い出した。

「……そういえば、シャンデリアが落ちたときにショーをやっていたと言っていたな?」

「ああ!とても面白いマジックショーだった!パーティー参加者は全員釘付けだったぜ!」

「……お前、もしかして事件当日現場に居たのか?」

「ああ!居たな!」

胸を張って言うリオンに今度こそローシャは怒鳴った。

「それを早く言え!馬鹿!!……恐らくはその時にシャンデリアを落とす手筈になっていたんだろう。他の人に被害が及ばないように」

当事者がここに居たのだ、今度こそ馬鹿と言われても仕方がない。


「でも、俺は落ちる瞬間を見ていないけれど、現場にいた使用人達から人伝に聞いたがかなりゆっくり落ちてきていたらしいぞ」

リオンが当時を思い出しながら言った。

「ダイヤの隠し場所を変えたくてシャンデリアを落とすという方法を取ったんだろう。シャンデリアを支えるロープに切れ目を入れて落とす方法もあるが、警察が切れ目に気付かないとは考えられない。それに、ダイヤの価値を下げたくない筈だ。ゆっくり、傷が付かないようにゆっくりとシャンデリアを支える滑車を落としたんだと思うが…その時、侯爵はショーを見ていたんだろう?滑車を落としたのはシャンデリア職人か?」

ローシャが顎に手を当て考える。だが、どうしてもその方法ではダイヤに傷が付くだろう。

なのに何故決行したのか?

「あのシャンデリアは中央程空洞になっていてガラス玉の装飾はなにもない鉄の塊だったよ」

「それなら多少の衝撃でも夫人にダイヤは当たらないな。なんせ、ど真ん中で亡くなっていたんだから」

先日訪れた事件現場の内容を思い出す。

白いロープで倒れた跡から考えるに、どう考えてもシャンデリアの中央に夫人はいた筈だ。

「でも、やっぱりシャンデリアを落としたら砕けてダイヤの価値は下がるよ。事前にガラス玉とダイヤを変えることは出来なかったのかな?」

最もなリオンの質問にはこれしか答えられない。

「余程の切羽詰まった事情で早めに夫人を殺害してダイヤを回収したかったとか?多少の価値が下がってもいいくらいの」

その返答にリオンが両手を叩いた。

「そういえば、家のものが調べた結果侯爵は賭け事にハマり借金が大層な金額になったとか!」

「だから!そういうことは先に言え!馬鹿!!」

ローシャの怒号に今度こそリオンは竦み上がった。

由緒正しきお坊ちゃんのリオンには慣れても慣れきれないのだ。ローシャの罵声も怒号も。

「それなら悲劇のダイヤとして多少の価値が出て売れる筈だ。世の中には奇特な人物も多いからな。人が亡くなったネックレスだろうと収集したくなるコレクターはいるだろう。あのダイヤすべてをそうして少しずついろんな人に悲劇のダイヤとして売り出す気だろう。まったく、商魂逞しい」


「それじゃあ最後、夫人はなんで落ちてくるシャンデリアを避けなかったのか?ショーも見ずに現場に立ち尽くすなんて、どうやって侯爵に出来るんだ?」

「それが最大の謎なんだ。シャンデリアがゆっくりと落ちてきたら普通は逃げるだろう。夫人は何故落ちてくるシャンデリアを避けなかったのか。これがこの事件の最大の謎だな」

ローシャは再び顎に手を当て考えた。

そしてふと閃いた。

「ダイヤが落ちてきたらどうだ?」

ローシャが顎から手を離して神妙に言った。

「侯爵に何かしら言われてパーティー会場の中央にいた夫人の元へシャンデリアからダイヤが一粒落ちたとしよう。それが本物のダイヤと知る夫人を足止めしたんだ。他にも落ちていないか探すためにな」

ローシャはそう言うと手を上から下へ下げた。まるでシャンデリアを落とすとかのように。

「そしてシャンデリアをゆっくりと落とした。カーペットにダイヤが落ちていないか探すために天井を背にしてダイヤを探していた夫人は気が付かなかったんだろう。……多分だが」

その言葉にリオンは目を輝かせた。

「そうだよ!多分、それが夫人がシャンデリアが落ちてくることに気が付かなかった理由だ!さすがはローシャだな」

「これにもシャンデリア職人の協力が必要だな。一粒上から落とすにしても仕掛けがいる。侯爵とシャンデリア職人が夫人を殺したんだ」

ローシャは満足気に紅茶を飲みながら己の推理を収束した。




「よし、事件の全容もおおよそ分かったし、匿名で手紙を書こう。まだシャンデリアのダイヤは警察の元にあるだろう」

ローシャはそう言うとレターセットを机の引き出しから取り出した。

「ええっ!?ローシャ、せっかく事件を君が解決したのに名乗り出て謎解きしないのかい?」

リオンは不満気にクッキーを貪る。

「そんなものは本職の仕事だ。なぁ、リオン。俺達は貴族だ。貴族は貴族の、警察は警察の役割がある。今回のことは俺達の役割じゃないってだけさ」

「でも、それじゃあローシャが褒められない」

意外な言葉にローシャは事件の全容を記していた手紙からリオンに視線を移す。

「なあ、ローシャ。俺はお前が心配なんだよ。口も態度も性格も悪いし未だに身の振り方も決まっていない。このままじゃ貴族でいられるかも怪しい。そうしたら俺は無二の親友を失うかもしれない。そんなのは嫌だ」

長年の付き合いで分かっている。

これはまったくの悪気もなく心底心配して言っているのだ。だから質が悪い。

「ああそうかよ。余計なお世話だよ」

ついでに言うなら未だに婿入り先が決まらないのは隣のリオンの顔面に令嬢がふらりと寄っていってしまうからである。

本当に質が悪い。

だが、ローシャはリオンが嫌いになれなかった。

だから立場が違っても質が悪くても傍に居ることを許している。…立場はリオンが上だが。

「たかだか貴族でいられなくなったくらいで無二の親友をやめるのか?」

「まさか!そんなことはないさ!」

ローシャの問いにリオンは慌てて首を横に振った。

「なら、それでいいさ」

ただでさえ公爵家次男と伯爵家三男という差があろうとも、リオンはローシャを対等に扱ってくれているし、素直に口には出さないが、ローシャもリオンとの友情が貴族でなくなったくらいでなくなるものとは思っていなかった。

だから、事件の解決と逮捕は警察の仕事でいいのだ。お互いの領分を犯してはならない。ローシャはそう思っていた。

「さて、手紙も書き終わったし、散歩がてらこれを匿名でポストに投函しに行こう」

「俺も行くよ」

リオンは最後までローシャが探偵として事件を解決したことを周囲に言いたかったが、本人が望んでいないのに言い触らしてはいけないと感じていた。

だが、いつか。いつかローシャが探偵として活躍したら自分も隣に立っていられたらいいなとリオンは思った。

しかし、近いうちにローシャが探偵として世間に騒がれることを二人は知らなかった。




「でもな、ローシャ。探偵にならなくても、謎解きするときのお前がキラキラしていて好きなんだよなぁ」

「言ってろ、馬鹿」

こうしてリオンとローシャの日常は過ぎていく。

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