下々の地にほころびあり
ユメノ
《一》
一 の 一
《序》
それはまあ、かつて見たことのないほど巨大なほころびだった訳さ。
そしてそのほころびは、やはり巨大な鬼の
非道の睛。無慈悲の睛。屠るもの、圧倒的に屠るもののまなざし。そいつの本体を捕らえなくったって、ほんの隙間から覗いた片っ方の睛だけで十分に、まざまざと、判った。
誰もが戦慄をした。そのまなざしに、文字どおり凍てついた。これほどの存在を前にして、自分が為すべきことを忘却しない者がいるだろうか。いたのだ。唯一人だけ、父上様が。
皆がおののき立ち尽くすなかを、己が務めを果たそうと、父上様は我が身ひとつでほころびを繕いに行った。今ここで繕わなければ、誰も彼もあの異界の鬼に屠られて、世界は再び混沌と残酷の神代に引き戻される。だから。
けれども次の刹那、鬼は
俺はつくづく無能な奴だ。
《一》
「
同級生の台詞に、万知也は盛大に顔をしかめた。
「その云い方は金輪際よしてくれ。あいつははとこだ」
丁重に、正確に、間違いを正す。だが相手は合点がいかないらしく、
「はとこって何だよ」
「又従姉妹だよ」
「又従姉妹って何だよ」
面倒になった。万知也は説明を放棄し、鞄を持って立ち上がる。教室の入り口の前に、
「一緒に帰ろ」
「帰らない」
「どうして。方向一緒でしょ」
美蘭乃は腕をからませてくる。万知也はさっさと振りほどいた。そのまま見向きもせずに廊下を歩く。美蘭乃は小走りでついてきた。
「あたしが分家だからって、
「……は、」
唐突な一言に、思わず振り向いた。ブンケ。日常生活ではあまり用いないその単語と、莫迦にすると云う行為が、どうして結びつくのか。不可解だった。
「何
くだらない。一蹴する。玄関で靴を履き替えて校舎を出る。美蘭乃も後ろを張り付いてくる。
「ついてくるな」
「だって、方向一緒だもの」
美蘭乃は万知也と同じ敷地内にある祖父母宅で暮らしている。一年半ほど前に、遠い帝都から突然やってきたのだった。
大伯父の息子一家と対面するのは、それがはじめてだった。父親と、娘の美蘭乃と、弟の
存在すら知らなかったこの一家を、祖父母も万知也の両親も、当たり前のように受け入れた。生活に困っているのなら、しばらくここで暮らせば良いと、祖父は真心を示した。それから三日後、父親は二人の子どもを残して、何処かへ消えてしまった。今日に至るまでいっさいの連絡も無い。
「もう少し離れて歩いてくれ」
そんな風にくっつかれるのは何だか落ち着かず、万知也は美蘭乃に云った。
「三歩下がって歩く女が好きなんだ。万知也って、あんがい古風なんだね」
万知也は溜息を吐く。どうもこのはとこの言動は理解しがたい。同い年なんだから仲良くしてあげてちょうだいねと、お祖母様には何度も頼まれたが、「仲良く」の意味合いが、彼女と自分とではどうも異なるようだった。
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