第3話
「龍街(リュウマチ)第三話」
堀川士朗
2042年12月。
金曜日。
タバコの箱にはソフトタイプとボックスタイプがあるが、俺はこのソフトタイプって奴が昔から嫌いだった。
一目で残り何本入っているか分からないからだ。
紙箱の中に隠れたのを憶測で残り本数を推察するしかない。
ボックスタイプなら普通、横に三列で7本6本7本と入っている。計20本。
ソフトは何本入ってるか見えやしない。
だがゾスパはソフトタイプしか販売していないので仕方あるまい。
俺はゾスパの香りが好きなんだ。
7種の天然香料が入っている。
パッケージに健康面の脅し文句がたっぷり書いてあるゾスパのタバコの空箱をクシャッと潰し、車の窓の外に放って俺たちは家路の渋谷(ジュータニ)区、宇田川(アザナデンセン)町へと急いだ。
「ウンバボ、今日の日当を渡すよ。何が良い?電子マネー?ウェンタラス?」
「ウェンタラスが良いナー」
「じゃあ耳を出して」
「うん」
俺は自分の耳をクリック操作して会社の金から今日の日当分をウンバボの体内口座に送金した。
「よし。今送ったよ」
「ありがとう社長、チカセン社長」
「ウンバボ今日は頑張ってたな。重い冷蔵庫一人で五階から運んでたじゃん」
「なんて事ないヨ。僕たちまだ若いから腰痛くならないネー」
「稼いでるな。偉い」
「熱いパトスで頑張るヨ(^o^)」
「なんじゃそりゃ(^o^)」
「トッツィーちゃんと楽しんでね、チカセン社長」
「おう。また月曜日にな」
戸津井和歌子(とついわかこ)。俺の彼女だ。22歳。
『トッツィー』って俺は呼んでる。
多分、良い女だ。
俺の美的感覚は他人と少しずれてるそうだから自信がないが。
多分、良い女。
少なくとも何でもかんでもランチ換算で物を考える女ではない。
人体ナノ機械化改造もあまりしていない、古風な女だ。
今日はデートの日だ。
こんな世の中だから、滅多に会えない。
ガレージハウスにトッツィーを呼んで、テラスで寿司パーティーする。
俺は高校生の時にチェーン店の回転寿司屋のハンマーカンマー寿司でバイトしてたから寿司が握れる。
トッツィーのお好みに合わせて次々ネタを握る。
彼女は満足しているみたいだ。
中トロと甘エビが美味しいと言う。
明日は斡旋ブルもオフの日だし、トッツィーも会社が休みだ。
今日は二階の俺の部屋に泊める。
月曜日。
仕事を終えて俺は近所の放棄された無人ゴミ屋敷に向かって銃を撃つ。
護身用の銃。いつもは五六八号に積んである。
実銃ではないが、殺傷能力がある。
こういった改造銃は、龍が出現してからこっち、市民に所有が認められていて銃刀法は完全撤廃された。
要するに自分の身は自分で護れとのお達し。
俺の銃は、弾丸は9ミリを使用し、ガス圧を最大まで上げたMP12のサブマシンガン。装弾数30発。
25メートルの距離なら厚さ2センチのアルミ材に穴を開けられる。
護身用のために五挺創った。
たまに河川敷やここの無人ゴミ屋敷で射撃訓練している。
龍への護身用の銃だが、これで龍を倒す事はおそらく難しいだろう。
実銃との違いだ。
だが、目眩まし程度にはなる。その間に逃げればいい。
撃つ。また撃つ。フルバーストで撃つ!
ゴミ屋敷の外壁を削っていく。
幸運な事に、まだ実戦で使った事はない。
いつも車で逃げてる。
こえーからな龍は。
でもこれは不条理なんかじゃない。
この世の摂理だ。
俺は銃のカートリッジを交換して、まとめて一斉射同じ箇所に叩き込んだ。
なんか理由は分からないけど、この無人ゴミ屋敷そのものに対して殺意が沸き起こるのを自覚した。
12月24日。
クリスマス。
イルミネーションに彩られた新宿(ニーヤド)に定九郎、いや、サンタクロースがやってきた。
今日は俺は仕事が午前中で終わって、ニーヤドをブラブラ歩いていた。
ぼっちクリスマスだ。
トッツィーは会社が休み取れなくてしかも残業で来れない。
畜生、ウンバボの奴でも誘えば良かったかなぁ。
午後5時だったがもう酒も入っている。さっき新宿ヨールデン街で飲んできたからだ。
早めに帰ろうと駅に向かう途中。
クリスマスソングが流れている。
なんかの企業、多分お菓子関係だと思うけどそれの販促で30人くらいの大量の定九郎、いや、バイトのサンタクロースがクーポン付きの焼き菓子を道行く人々に配っている。
飾られた街。
平和だ。
平和か。
やがて和を乱すかの如く。
あー。やっぱりな。
そこへ数匹の龍が飛来した。
ノーマルタイプの龍の群れは次々と、目立つ格好の定九郎、いや、サンタクロースを飲み込んでいく。
赤い色がお気に入りなんだろうか。群衆の中でも特にサンタばかりを狙っている。
という事は奴らの眼には色彩感覚があるという事だろうな。
闘牛の牛が闘牛士の赤い布目掛けて突進するのと同じ理由で。
あれ?でも牛は色彩感覚がないからあの布の色じゃなくてヒラヒラ動く動きを感じて襲うって聞いた事があるな。
じゃ、龍も同じか。
そんな事考えてる場合じゃなかった。
咀嚼されたサンタは龍の胃の中で特別な溶解液で肉体だけが溶かされ、赤い衣装がブエッと吐かれていく。
30人くらいいた赤い定九郎、いや、サンタクロースは全滅した。
吐き出された衣装が血みたいだった。
とりあえず満腹になった龍は空を飛び山のねぐらへと帰っていった。
かかりっぱなしのクリスマスソングのBGMが止まなかったのがかえってなんか残酷に思えた。
誰か止めれば良いのに。
この曲を。
続く
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