第2話


 「龍街(リュウマチ)第二話」



          堀川士朗



シャワー。

タオルにカビが生えていたので捨てる。

前に買っておいた新鮮なイマヴァリの謹製タオルを出す。


朝八時。

俺は眠たそうな顔のウンバボを助手席に乗せて車を回す。

五六八号は完全自動運転の電動軽トラだ。

目的地をインプットすれば、あとは勝手に安全運転してくれる。


この日のお客は私立大発大学のさえないおっさんっぽい学生。

部屋でずっと独り言言ってそうな負のオーラが出ていて将来は自宅警備員確実みたいな奴だった。

俺たちがいるのに、チョコレートをつまんで牛乳を飲んでいた。

回収品はゲーム機のステイステイション8とソフト数本。

元恋人からのプレゼントらしい。一刻も早く処分したいそうだ。

忌まわしいからだろうな。

転売できるのにしないのは、世間を知らないか何か事情があるためだろう。

ウンバボはプッと笑っている。

こら、お客に失礼じゃないか、将来自宅警備員だけど。

こちらとしては非常にラッキーだった。ほぼ何も加工しないで、ゲームショップに高く売れる。

なので処分費は取らない事にした。サービスだよ。

あと、二人が愛し合ったであろう思い出のおぞましいソファーなどはガレージに戻って直して状態を良くしてから、これまたリサイクルショップや中古家具屋に売る。

滅多にお目にかかれないが、新品に近い保存状態のケウェセキの電動バイクなどもたまに出回る。

同様に直してバイク買取業者に転売して二重の利潤が生まれる。

ボロい商売だなとは我ながら思う。

でもウィンウィンだろ?



今日は午前中もう一軒回った。

葛飾区亀有(クズショククキユー)の現場。

都営住宅の老人の部屋。

ロール状スクリーンテレビじゃないかなり旧式のプラズマ薄型テレビやBlu-rayデッキの処分を頼まれる。

骨董品のBlu-rayは今の時代逆に貴重だ。

レトロブームで若い子の間でBlu-rayで映画を観る連中が増えているからだ。

ちょうど俺が生まれた2015年辺りのカルチャーがブームになっているみたいだ。

老人にお茶を出そうかと言われたが、丁重に断った。

前に老人の出すお茶や茶菓子で腹を壊し、その日仕事にならなかった事がある。多分はるかに賞味期限切れだったのだろう。

老人たちは孤独で、話し相手が欲しい。

話し相手と語らうためにわざわざ俺たちみたいな連中を家に招き入れ、仕事をさせては歓談したがる。

孫扱いだ。

金を払っても構わないから、若者との接点が欲しいのだ。

半世紀以上あれだけ繰り返しているオレオレ詐欺が一向に減らないのもそのせいだろう。

老人にとって恐怖とは、カネが無くなる事ではない。

社会と分断され、一切相手にされなくなる事だ。

そして行き着く先は……。

まあ良い。

朝目が覚めたら自分がミイラになっていたなんて、シャレにならないだろう?

まあ、ここで言う『老人』とは一人残らずみんな『75歳以下の老人』なんだけどさ。

てのは、理由は後で話すよ。

知ってると思うけどね。



午後に約束している現場に行く前にコンビニの道村に立ち寄る。

弁当とデジタルスポーツ新聞とタバコを買った。

残高がまだまだあったので生体口座ウェンタラスで支払った。店員が読み取り機を俺の耳たぶにかざした。

俺が喫煙免許証を出すと店員はそのカードを読み取って、こちらが銘柄を言わなくてもレジ奥から二箱のタバコをカウンターに置いた。

ゾスパの12ミリ。洋モクだ。

これを四日かけて吸うから、一日半箱。

減らしているのは健康のためじゃない。

金のためだ。

日本の物価上昇指数は年8パーセントのインフレだが、タバコは特に高い。

一箱3600円する。

昔は一箱1000円くらいで買えたらしいけど、その頃のタバコ事情は知らない。

電子タバコってのもあったらしいが、定着しなかったみたいだ。すぐなくなった。

味が物足りないからだろうな、代用タバコは。


ウンバボはコンビニには寄らなかった。家から弁当を持参してきている。自分で作っているんだ。偉い。

直接聞いた事はないけど、きっとカネを節約して本国の実家にでも送金してるんだろうな。

偉いな。

俺たちはたっぷりめしを腹に詰め込んで、車の中で少し寝てから午後の現場に向かった。



今日は計四軒回り、仕事を終えた頃にはもう夕陽が出ていた。

夕焼けから夜になるその過程、グラデーションが綺麗だった。

俺はガレージハウスの二階のテラスでずっとそれを眺めていた。

心が動くのが自分でも分かった。

俺はあたたかいコーヒーを飲んでいた。



今日は龍は飛んで来なかった。

あいつらは夜行性じゃない。

昼夜問わず活動する生き物。

明日辺り来るかもしれない。



            続く


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