『雷と追跡』領域の魔法研究

Tempp @ぷかぷか

第1話

 吾輩はワールド・トラベル出版社、略してWT社の第5分室に所属するミゲーレ・ナザリアスである。ライフワークとして世界の理についての調査研究を行っている。嘆かわしくも第5分室における吾輩の担当コーナーは『おもしろドッキリ★世界の魔法珍百景』という誠に残念なタイトルを冠されている。

 しかし領域独自の魔法の発動についての研究及びその実地でのフィールドワークこそが吾輩にとって必要なものであるからして、これに対して資金提供を頂いている奇特なWT社には一定の感謝とともに、『珍百景』の掲載にあたってはくれぐれもペンネームでの掲載をお願いしている次第である。


 さて、話は大分横道にそれているが、本日は吾輩の研究内容を紹介させて頂こう。

 当然ながら、この世界には魔力がある。

 そしてその魔力を操る魔法が存在する。

 魔法行使の方法はその土地土地によって異なる。例えば紙に呪符を書き込みその内容を発動する領域。地面に文様を刻みつけそれを世界に浸透させることによって世界を改変する領域、体に紋様を描いて自らの身体を魔力に浸して接触した魔力を自在に操る領域。様々だ。

 そして領域を超えれば、それぞれの方法で行使する魔法の威力が低減する。ここまでは共通認識且つ事実である。


 ではその原因は何なのであろうか。

 それが吾輩の興味関心であり、研究対象である。

 この世界では領域ごとに魔女様が魔力を管理なされている。魔女様といっても必ずしも女性というわけでも人形ひとがたというわけであられないのだが。魔女様は各領域で信仰されている場合もあるが、俯瞰的に見れば魔女様は人とは異なる思考で世界を運行する、いわばシステムといったものに近い。世界を旅する中で多くの異世界人と会合したが、その一部の者の話すオペレーティング・システムというものに近いのではないかと思う。

 つまり入力デヴァイスと出力デヴァイスはその魔女様の構築する独自のOS上に構築された形式の違うプログラムに基づいて発動するものだという考えだ。であるからして、似たようなシステムが構築された領域では互いの魔法の効力が発動しやすく、全く異なるシステムが構築された領域においては魔法の効力は発動しづらい。

 まぁ、これはあくまでも検証途中であり、学会では異端扱いされていることは認識している。


 そこで本題だ。

 今回訪れたのは『雷と追跡』の領域、魔女シーリィ様の領域だ。件の異世界人、『地球』世界育ちと言っていたが、この領域では比較的『地球』世界と似たシステムが構築されていると述べていた。

 だが吾輩の知る限りにおいてこの世界には多くの異世界人が落っこちてくるが、『地球』世界には魔法というものが存在しないはずなのだ。多くの文献もそう示しているし、これまで吾輩が出会った『地球』世界の異世界人は異口同音に魔法はないと述べる。


 一体これはどういうことだろう。

 その異世界人も『地球』世界には魔法がないと言っていたのに。

 『雷と追跡』領域の魔法は口頭呪文によるものである。長年体系化された呪文を口頭発音することによって魔法を発動する領域である。魔術行使方式としては比較的ありふれた方法である。

 まず最初にシーリィ様に祈りを捧げ、発動したい効果を具現化する呪文を唱える。例えばこうだ。


『魔女シーリィ様に奏上仕る。我はこの領域の力をお借りし、あまねく世界の根源たる光で暗黒を払い給え』


 予想通り、吾輩の目の前で光の精霊が現れ、夜を明るく照らした。光の精霊はお帰り頂く呪文を唱えるまでは居続け、その間、魔法行使者の魔力を消費し続ける。

 とはいえこの魔法はとても重宝する。ダンジョンなどに潜っているときでも任意の場所で周辺を照らせるのだから。だがこのような魔法効果自体はよくあるもので、他の領域でも様々な方法で光を現出させることができるのだ。

 この領域の特色としてはむしろその魔法行使の容易性である。魔力を持つものであれば、また、魔石等によって魔力を維持できる限り、呪文を唱えれば誰でも魔法が行使できる点である。何の修行も要さずして。

 であるからして、吾輩が以前この領域を訪れた際には領域内各地に伝わる魔法や伝承をかき集め、一冊の小冊子にして販売し、小金を稼がせてもらった。


 さて、今回『雷と追跡』を訪れたのは件の異世界人の言の検証である。異世界人は信じがたいことを述べていた。新たな魔法の可能性だ。吾輩としては、このような呪文の発動は不敬ではないかとひどく躊躇われるものである。

 しかし論理的に考えれば、それは吾輩が魔女様を何らかの人格を有する者と捉えていることによるからだ。おおよその魔女様は多少は人格を有するが、全てがそうではないことは既に述べたとおりである。

 転生者は、シーリィ様にはほぼ人格がなく、世界を運行するシステムそのものではないかと述べていた。転生者が何故そのような確信を得たのかは何度聞いても理解をし得なかった。しかしともあれその転生者から聞いた呪文を試してみることにしよう。

 だが。

 これまで散々不敬と呼ばれることは行ってきたが、流石に魔女様を呼び捨てにしたことはない。畏怖感と忌避感がまぜこぜになった奇妙な心持ちであるが、吾輩は研究の徒である。目の前に未知の研究材料がある。そうであれば試みざれば沽券に関わる。

 こほん、と息を整えびくびくしながら呪文を唱える。


「シーリィ、ライト」


 その瞬間、心臓が握りつぶされでもしないかと思ったが特に何もなく、固く瞑った目を開けるとそこには従来の呪文の発動効果と同じ、光の精霊がホワリと宙に浮いていた。

 マジか。

 ひどく動揺した。魔法の効果が発動するということは、今の呪文がこの領域で正しく認識され、魔女様の管理のもとでその効果が及ぼされたということだ。

 ……マジか。

 呪文の短縮は口頭呪文を用いる領域の悲願である。これほどの短縮でこの効果。やりようによっては莫大な富が得られるのでは……。喉がじゅるりと鳴る。

 吾輩は改めて転生者から聞いた未知の呪文を唱える。


「シーリィ、現在地」


 すると、頭の中にこのあたりの地図が思い浮かんだ。なんということだ。頭の中の地図を見渡せば近くの町がどのくらいの位置や距離にあるかまでわかる。吾輩の体は驚愕に硬直した。けれども他にも試さなければならぬ呪文がある。


「シーリィ、明日の天気」


 すると、頭の中に先程の地図が晴れ渡る映像が浮かんだ。本当に、明日の天気が……? そんな未来予知のようなことが可能なのか? まさか。いや、その効果はまた明日検証するとして。額にかいていた汗が脂汗に変わってきた。もしこの新しい便利すぎる呪文が知れ渡ってはこの領域は大きく変わるだろう。

 大きな変革は時には甚大な悲劇をもたらすのは世の常である……。

 ……秘したほうがよいような。

 いや、でも吾輩は学問の徒で……。


 保留だ。とりあえず保留にしよう。件の転生者はこの領域の呪文は『拡張性が高い』と言っていた。その意味は未だによくわからない部分もあるが、彼が語っていたことを検証することが先決だ。

 吾輩は数日間に渡ってありとあらゆる呪文の可能性を検討し、そしてこの研究を発表しないことに決めた。

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