大林賢治は視えている。
黒崎黒子
第1話 大林賢治は視えている
大林賢治(オオバヤシ ケンジ)はホームルームで配られた進路希望に頭を悩ませていた。
これといって夢はなく、普通に進学して普通に大学へ行って、普通に就職を考えていた彼には実に安易な問いであり同時に難問でもあった。
夢はない。だけど、漠然とした理想はある。
ある程度稼いで、自由気ままに動画やゲームなど自分の時間を謳歌できる職業に就きたいと、毎日懸命に働く父と母を見て、心から感謝を送りつつ自分はちゃっかりと楽したいなどと甘いことを考えていた。
「一度きりの人生だ。悔いの無い生き方をしたいのは誰だって同じだろう?」
ここでいう彼にとっての“悔い”とはつまり、自分の時間を潰されることに繋がる選択をしてしまうことに他ならないのである。
この話は一言でいえば、誰もが羨む自堕落生活を歩みたい彼と、それを許さない“能力者故の宿命”の物語であった。
《 ーー……! 》
ー ドシャッ!
「はぁ……」
窓の外を落ちていった女の影を横目に見ながら 、大林賢治は盛大に息を吐くと自身の進路希望へ再び視線を落とすのだった。
ー グイッ!
「痛ぁっ!?」
眉間に皺を寄せ、進路希望を眺める僕の後頭部を突如、鈍い痛みが襲い来る。
急な痛みに驚き思わず飛び上がると、クラス中の皆が怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
用紙の説明をしていた先生も思わず話を止めて首を捻っている。
進路希望の一行目は『注目浴びるマン』で決定だな。
僕は内心で毒吐くと、手を振って異常がないことを告げた。
「あ、あはは……。すみません。なんでもないので、気にしないで続けてください」
僕は静かに席に腰を下ろすと、恨めしげに背後を振り返る。女の子がニンマリと笑って僕の顔を見つめ返していた。
「(やーっと、こっち向いた)」
「(あのさー。急に髪を引っ張るのやめてくれない?禿げたらどうするの?責任取れるの?)」
「(責任は取れないかな。もしも禿げても遺伝だから。みんな、ツルツルなんでしょ?)」
「(爺ちゃんも親父もツルツルなのは理由があるの!遠回しに人の家族をディスんのやめてくれない!?)」
「(それより、付き合ってほしいところがあるんだけど、行くでしょ?)」
「(聞いてないし。先週も買い物なら付き合ったじゃん。二時間も店を転々と歩き回って結局、何も買わずじまいだったし)」
「(買うことばっかりが楽しみじゃないってことだよ。色んな場所を巡って小さな発見をする。そんな楽しみ方を提供してあげてるんだから。むしろ感謝して欲しいくらいだね!ふふ!)」
「(はぁ…。嫌だって言ったら?)」
「(幼なじみのお願いを断るなんて、ケンちゃんにできるかなー?)」
彼女は瀬田 祐奈 (セタ ユウナ) ー
僕の時間に割り込み食い散らかす彼女と幼なじみになったことこそ、まさに人生最初にして最大の“悔い”であった。
「それでは進路希望の紙は今月末に回収します。必ず記入して提出するように」
「「はーい」」
各々、考えることが多いのだろう。皆は先生の話を生返事で返すと用紙をしまい込んでいく。
中には既に書き込んでいる人もいたが、僕はとりあえず持ち帰ることにした。親とも相談したいし。
「では、連絡は以上です。皆さん、気をつけて帰ってくださいね。日直さん」
「きりーつ…………礼」
「「ありがとうございましたー」」
「したー……」
挨拶も早々に、廊下へと飛び出していく運動部所属の面々。そんなにも、熱中できるものがあるとは羨ましい限りである。
「さて、僕は帰ってゲームの続きを……」
「てーわけで、今日も張り切っていこう!ケーンきゅん!」
「は?きゅん?って、ちょ、ちょっと!」
僕は流れるように腕を組まれると、そのまま拉致されるように教室を飛び出すのだった。
僕たちを見送るクラスメイトの視線が痛い ・・・。
せ、せめて、引っ付くのはやめて欲しいです。
僕が逃げないように組んだ腕をそのままに、半ば引きずられるように連れてこられたのは、学校からそう遠くない商業施設だった。
箱の中には多くの店が入っており、欲しいものや新しいものはほとんどここにあると言ってもいい。
そんな一角にある女性物の服屋に僕は連れてこられていた。女性店員さんが、カウンター越しに僕を見てニコニコと微笑んでいる。
隣では、ユウが唸り声をあげて服を凝視していた。
「はぁー……まだ値下げされてないか。そろそろ、値下げしてると思ったんだけどなー」
ラックにかけてある服を眺めて、口元に手を当てユウは眉を潜ませていた。
ちなみに、ユウとは祐奈(ユウナ)の愛称だ。
随分前から、僕は呼んでいる。
「それ、先週見てたやつだろ?まだ、出たばかりなら値下げはまだ先なんじゃない?」
「かもねー。まぁ、また来週だね。それじゃあ、次行ってみよう!」
「えー……。まだ行くの?僕、帰ってゲーム……ていうか、来週!?来週も来るの!?」
「次はね、ビラバン!欲しい雑貨が山みたいにあって目移りしちゃうよね!」
「少しは人の話を聞いてほしいんだけど?」
薄い紫のシャツ。少しユウには大人っぽいようにもみえた。
「ありがとうございましたー……」
振り返りざまに見えた店員さんの笑顔はどこか引き攣っているようにも感じた。
そりゃ、二週にも渡って見てるだけの高校生が冷やかしに来た上に『値引き』を狙うような発言。
気持ちいいわきゃないですよね。
うちのワガママ娘が本当すみません。
続いて連れて来られたのは、予告通りビラバンだった。
商品を手に取ることもなく、中をぐるぐると回って散々冷やかし回ると、満足気に頷いて一言『うん !飽きた!』と店舗の出口に向かってまっしぐら。
どうやら、ワガママ娘のお眼鏡にかなう商品はここにはなかったらしい。
「特にこれといって欲しい物もなし!帰ろー!けんぴっぴ!」
「なんで、来たんだよ」
あと、けんぴっぴって何!?
「ケンちゃんと一緒だと楽しいから!」
「そうですか。僕はもう疲れたよ……。」
この日も僕の貴重な時間は、見事に食い潰されたわけだ。
学校から引きづり回されて早二時間。
どっと疲れた体を引きづり、僕はご機嫌な様子のユウの後を追いかけていた。
家とは真逆のショッピングモールまでわざわざ来て、何の収穫もなし。
いい加減に帰って自分の時間に没頭したい。
せめて、今しているゲームを起動するくらいはしたい……。
「部屋でゲームばっかりしてるからだよ、まったく。そんなんじゃ、この先苦労するよ?就職したら、それこそ大変だろうし。少しは体力つけないと。雨にも負けず、風にも負けずに頑張れるようにね!」
「宮沢賢治とは真逆のような男に僕はなりたい……。」
「なんて自堕落な……。そんなんじゃ、病気になるよ?よーし!今から走って帰ろっか?」
「嫌だよ。疲れたって言ってるだろ?」
腕に引っ付いてきたユウは僕の手を引き、横断歩道を渡る。
渡り際にチラリとみえた【 事故多し!注意! 】の看板に、僕は少し二の足を踏むと車はしっかり信号に従い停車していた。
運転手と目が合うと、『渡るのか?渡らないのか?』と訝しげな顔でこちらを見ていた。
すみません、と運転手に頭を下げると横断歩道に踏み出す。
「(事故多いんだ)」
『 ーーーーーーーー 』
そう思ってふと、僕は横断歩道の真ん中に目を向け……思わず二度見してしまった。
そこには、先程まで気付かなかったが《 片手をあげて茫然と立ち尽くしている女の子いた 》のだ。
まるで『やぁ!』とこちらに挨拶をしているようにも見える。しかし、焦点は僕たちに合っておらずどこか遠いところを眺めているだけであった。
「(変なの……。こんなところで何してるんだ?この子……)」
背後にいる人に向けて挨拶をしているのかと思い、チラリと背後を振り返るとそこには誰もいなかった。
ということは、横断歩道の真ん中に立っている女の子はこちらに向けて手を挙げているのか?
僕に対して?それとも、ユウに対して?
ユウと話しながら、何か他に情報がないかと近付いていく女の子を横目で見る。
中学校の制服だ。ところどころ、土が着いていて汚れている。どこかで、転んだのか?
顔は……少し俯いていて見えない。まぁ、シルエットだけで、ユウも僕も女の子は知らないことは分かった……。
知らないからこそ、『声をかけることはしない』。
それでも、彼女はこちらへ向けて手を挙げ続けていた。
段々と違和感が膨らみ、自然と目が惹き付けられていく。
「帰ったら、ゲームするんでしょ?最近、どんなゲームしてるの?」
「ん?最近は新作の“バケモン”だよ」
「えー?もうすぐ社会人って人がまだ、“バケットモンスター”やってるの!?」
一歩一歩、ユウに腕を引かれながら横断歩道を渡っていく。
一歩一歩、《 手を挙げている女の子 》に近づいていく 。
一歩一歩、その違和感の原因が忍び寄ってくる・・・。
「いやいや。年齢関係ないから。大人から子供まで楽しめるのがゲームのいいところだよ?」
「そんなもんなの?私、ゲームしないからわかんないけど。んー……」
違和感の元凶である《 女の子 》はもう目の前。
僕たちを足止めするように、その《 女の子 》は片手を挙げて立ち尽くしていた。
もう目の前だ。焦点の定まっていない顔が見えた。
茫然と目の前の僕らを通して、別の何かを見ているようだった。
《 女の子 》の虚ろな顔に視線を奪われていた最中、突如、目の前のユウが僕の方へと振り返るではないか。
「じゃあさ!やっているところ、今度見せてくれない?」
「んー……いやー。ゲームしてる時って、集中しちゃうからなー……って、危ないよ」
「え?あ…ちょ、ちょっと…」
こちらに振り返り、僕の手を引いて歩くユウ。
止まることなく横断歩道を渡ろうとするため、危うく《 手を挙げた女の子 》にぶつかりそうになった。
慌てて、ユウを引き寄せると《 女の子 》に向けて『ごめんね?』と頭を軽く下げて、ユウの肩を抱いて横断歩道を渡りきる。
渡りきると同時に信号が変わり、背後で車の発進する音が聞こえる。先頭車が発進したのを皮切りに次々と車が交差点を通過していった。
「もう、ケンジさんってば、大胆なんだからー」
「ん?いきなり、なんの話し?」
「だってー、急に私を抱きしめるんだもん。びっくりしちゃった。」
「はは……!大袈裟な。ユウが人にぶつからないように、引き寄せただけだよ」
「ぶつかる?って、だれに?」
「だれって、女の子だよ」
「女の子?」
「うん、女の子……」
「誰のこと?」
「誰って、そりゃ…さっきの横断歩道の…」
その相手を確認しようと、二人で振り返ると僕は思わず息を飲んだ。
『 ーーーーーーー 』
女の子は〈 先程と同じ場所に立っていた 〉のだ。
横断歩道の真ん中で、手を挙げて《 こちらに向けて……手を挙げていた》。
横断歩道の真ん中で、コチラを見ていた。
“走る車が行き交う道路の真ん中で・・・”
「(あ……しまった……)」
『 ーーーーーー 』
僕は急いで目を逸らすがもう遅い。
《 手を挙げた女の子 》はコチラを向いていた。
つまり、“僕”を認識させてしまったということだ。
僕が〈 視える者であること 〉を知られてしまったということである。
僕は物心ついた時から、霊とか異形のモノとか、そうした『人ならざるもの』が視えた。
特殊能力少年がよくありがちな悲惨な人生を経験した僕は類に漏れず、周りの人々に気付かれないように細々と生きる道を選んでいた。
この事を知っているのは、学校でも昔からの知り合いであるユウや、同じ学校から進学してきた者たちくらいだろう。
まぁ、ここは地元なのでほとんどの学生が『僕を視える人』と知っているようだが、それも半信半疑な部分が多いと思う。
今では皆も慣れたのか、不思議系くんとして扱われて久しい。今ではそんな生活もようやく落ち着き始めてきたところだった。それなのに……。
僕は逸らした視線を再び戻す。
そこにはもう、《 女の子 》の姿はなかった。
『 ーーーーーーー 』
「っ!?」
変わりに女の子は…ユウの背後に立ち…虚ろな目で僕を見ていた。
そう…その虚ろな目には僕が写っていた。
「(あー、やっぱり…)」
僕は視線をすぐに外すと、ユウに視線を移す。
ユウは不思議そうな顔をして、周りをキョロリキョロリとしているが、真後ろの女の子には気付いていない様子だった。
これは確定だ。
最悪だ……。また取り憑かれた……。
「モテる男はツラいね…なんて」
「急にどうしたの?モテたことなんて、人生で一回もない人が……。あー、ごめんね?傷付いた?」
「あっはははー!急にゲームしたくなったので帰ります!」
「あ! 怒らないでよー!ごめんってばー!」
ユウを半ば置いていくように、僕は自宅までゆっくりと駆けていった。
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