第52話
「あーあ、今年の夏はなにもできなかったなー」
朝、久しぶりに制服を着たあたしはため息交じりに登校していた。
「ほとんどが旧校舎についやしたからなぁ」
あたしの隣を歩く健がそう言って大あくびをした。
今日から新学期が始まるというのに、やる気は全くない。
探し物を終えたあたしたちには夏休みの課題という壁が残っていて、遊びに行く時間もなかったのだ。
こんな夏休みはもう二度とごめんだ。
「あ、おい、あれ見ろよ」
学校の近くまで来たとき、健がそう言って校門の前を指さした。
そこには4人の大人たちが立ってこっちへ向けて手を振っている。
飯田アキラと五十嵐孝と松田邦夫と武田陽太の4人組だ。
今ではすっかり仲良しになっていて、五十嵐孝も地元へ戻って仕事をすることに決めたらしい。
「おはようございまぁす」
あたしは4人に挨拶をしながら駆け寄った。
他の生徒たちは4人を見て怪訝そうな表情を浮かべたりしているが、気にしない。
「おぉ、朝から元気だな!」
五十嵐孝にそう言われてハイタッチされたが、手の平が痛い。
この人はもう少し手怪訝できたほうがいい。
「4人そろってどうしたんですか?」
健がそう聞くと、「あぁ、もう用事は終わったんだ。先生の復帰祝いを渡しに来ただけだからな」
飯田アキラがそう答えた。
先生の復帰祝い?
誰のだろう。
そう思ったけれど、質問をする前に4人は行ってしまった。
ま、いいか。
行けばわかるよね。
そのまま体育館へ向かうと、ムッとした暑さが身を包み込んだ。
「咲紀遅―い!」
「こっちこっち!」
渚と栞の2人があたしを呼んで手招きをする。
男子たちはその近くでなにやら真剣に話しこんでいて、あたしたちが登校してきたことに気が付いていない。
「男子たちは何を話してるの?」
海と陽の真剣な表情を見ると本人たちに聞く雰囲気でもなくて、あたしは栞と渚にそう聞いた。
「冬に心霊スポットに行く計画を立ててるみたい」
渚がしかめっ面をしてそう言った。
「え、本気!?」
心霊スポットなんて、旧校舎でこりごりだ。
男子ってこりないんだなぁ。
そう思っていると、体育館のステージに校長が現れた。
あたしと目が合い、下手なウインクが飛んでくる。
あたしは苦笑いをするしかない。
栞は瞬きをして「咲紀と校長っていつから仲良しになったの?」と、聞いて来た。
「今日は新しい先生を紹介します!」
校長はいつもよりも張り切った口調でそう言った。
「が、その前に1つ残念なお知らせがあります。水原先生がこの学校から去ることになりました。
本来なら挨拶があるのですが、本人の要望により挨拶も控えさせてもらうことになりました」
そう言う校長の表情はちっとも悲しそうには見えなかった。
結局水原先生は戻らなかったんだ。
そりゃそうだよね。
未来は変わったと言っても、人殺しだって生徒にバレちゃったんだから。
教師としても、人間としても失格だ。
「それでは新しい先生をお呼びしましょう! 吉原郁美先生です!!」
その言葉にあたしは口を大きく開いていた。
飯田アキラたちが言っていたのは、吉原郁美のことだったんだ!
校長から紹介を受けた吉原郁美……先生は少し顔を赤らめながらステージ脇から出て来た。
体育館にいた生徒たちから起きな拍手が沸き起こる。
「はじめまして、吉原郁美です。みなさま、どうぞよろしくお願いします!」
ステージ上で挨拶をする吉原先生の目には微かに涙が浮かんでいたのだった。
END
サガシモノ 西羽咲 花月 @katsuki03
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