第49話

月子が消えて、あたりは静かになっていた。



あれだけ一生懸命探していたものが、すぐ目の前にあったかもしれないなんて……。



そう思うと、なんだかその場から動く事ができなかった。



あの柱時計の中に……。



そう思った瞬間、水原先生が柱時計に向けて走り出していた。



「おっと、そうはさせないからな」



水原先生の大きな体を簡単にねじ伏せて、五十嵐孝はそう言った。



「ここまで来てまだ腕時計に手を出そうとするなんて、先生失格ですよ」



陽が床に倒れ込んだ水原先生を見下ろして、呆れたように言った。



そして柱時計に近づいていく。



透明な扉に手をかけて、ゆっくりと開いた。



「……あった」



中を覗き込み、陽は一言そう言った。



床に膝をつき、手を入れて中から宝石箱を取り出した。



その宝石箱は埃が被り、あちこち劣化していてひび割れている。



長い間ここにあって、誰にも気づかれることのなかった宝石箱。



陽はそれを床に置いて大きく息を吸い込んだ。



どうか、この中に腕時計がありますように。



今日で、すべてが終わりますように。



そんな願いを込めているようにも見えた。



そして、陽は箱を開けた……。



中からキラリと光るものが見えて、息を飲んだ。



「腕時計だ……」



陽が呟く。



五十嵐孝が宝石箱の中を覗き込み「間違いない、それはアキラの腕時計だ」と頷いた。



「陽、早く」



渚が声をかけると、陽はその腕時計を手に取った。



箱から出した瞬間、辺りは真っ暗になり寒気が消えた。



もう3時だ。



だけど腕時計は見つかった。



探し物は見つかったんだ。



「これが、時間を戻せる時計?」



ライトで腕時計を照らしてみても、なんの変哲もない腕時計だ。



針も止まってしまっている。



「時間を戻そう。あの頃まで」



五十嵐孝がそう言い、陽から腕時計を受け取った。



文字盤の隣にあるネジを回していく。



瞬間、窓の外が明るくなった。



あたしは目を見開いて窓を外を見つめる。



外の景色は目まぐるしく変化していく。



夏から秋、秋から冬、冬から春、春から夏へと。



時間が戻れば戻るほど旧校舎は新しくなっていく。



何人もの生徒たちが行きかい、笑い声が聞こえ、昼のお弁当の香りが流れて行った。



そして……。



あの日がやってきた。



誰もいない放課後の校舎。



男子トイレで話声が聞こえて来る。



あたしたちがそちらへ向かうと、飯田アキラに水を浴びせようとしている五十嵐孝の姿があった。



「やめておけ」



五十嵐孝は昔の自分に向けてそう言い、ホースを奪った。



学生服の五十嵐孝は驚いたように目を見開いている。



「だ、誰だよお前!!」



誰もいないと思っていたところに大勢の人間が現れて相当驚いている様子だ。



未来の五十嵐孝は怖い顔をしているし、怖くなって当然だった。



「未来のお前だ」



「は、はぁ? 何言ってんだこのオッサン!」



必死に強がっているけれど、その表情はこわばっている。



「お前ら、これ以上アキラをいじめたら今度は俺がお前たちをイジメるぞ」



奥にいる松田邦夫と武田陽太へ向けてもそう言う五十嵐孝。



2人は未来の五十嵐孝に怯えているけれど、本人だけはいつまでも食いついてくる。



「俺が誰をイジメようが関係ねぇだろ!!」



「あぁ、もうこいつは。可愛くないガキだな」



「ガキだと? 高校生に向かってガキなんて――」



そこまで言った時、未来の自分の拳が頭に落ちてきて五十嵐孝はその場に座り込み悶絶してしまった。



見ているこっちまで痛くなるような、重たい拳だ。



「16やそこらのガキがわかったような口聞いてんじゃねぇよ。お前ら親に食わせてもらってんだろうが!!」



未来の五十嵐孝はそう怒鳴ると、飯田アキラの手を引いてトイレから出て来た。



飯田アキラは怯えた表情をしているが、それでも事態は理解している様子で落ち着いている。



「君たち、未来から来たの?」



あたしたちを見てそう聞いて来た。



「あぁ。これを返すためにな」



五十嵐孝はそう言い、飯田アキラの手に腕時計のせた。



飯田アキラは驚いたように目を見開き、五十嵐孝を見つめる。



「そっか、そうなんだ……」



小さく呟き、飯田アキラはその腕時計を左腕にはめた。



2つの腕時計が1つに重なりある。



瞬間、瞬きをする暇もなく旧校舎はまた真っ暗になり、あちこちにホコリが被っている。



あたしたちが不気味に思っていたあの旧校舎だ。



そして、飯田アキラの体は見る見る大きくなっていき、五十嵐孝と同じ年齢の彼が立っていた。



「未来が……変わった」



陽は呟いた。

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