第44話

校長のおかげであたしたちは逃げた水原先生と話す事ができていた。



放送で校長室に呼ばれた水原先生は、あたしたちの姿を見た瞬間また青ざめた。



絶対に何か知っている顔だ。



「こ、校長、話というのはなんでしょうか?」



あたしたちの存在を気にしながらも、校長へ向けてそう聞いた。



「話は私じゃない。生徒たちからあるそうだ」



校長はそう言い、ソファから立ち上がってデスクの椅子に座り直した。



自然と、今まで校長が座っていた場所に水原先生が座る格好になった。



水原先生はあたしたちの前で額の汗をぬぐう。



校長もいるから、下手な嘘をついたりはできないはずだ。



「水原先生、吉原郁美先生について教えてください」



あたしは水原先生の目を真っ直ぐに見てそう言った。



水原先生はせわしなく座り直し、咳払いをしてチラチラと校長を見ている。



「水原先生、生徒に返事くらいしないと、あなた教師なんですから」



校長にそう言われて水原先生は眉を下げた。



この場に自分の味方はいないと理解したとうで、大きくため息を吐き出す。



「……昔、この高校に勤めていた先生だ」



小さな声だけど、水原先生はそう言った。



「水原先生と付き合っていたんですよね?」



渚が更に質問をした。



水原先生は目を丸くして渚を見た。



「そ、そんな情報どこから……」



「あたしたちも必死で調べてるんです」



なにをかはここでは言わない。



言わなくても、きっと水原先生はなにもかも知っているはずだ。



「確かに、俺と吉原先生は交際していた」



額の汗をぬぐい、水原先生はそう言った。



「どうして別れたんですか?」



陽がそう聞くと、水原先生はしかめっ面を浮かべた。



「君たち、もう少しデリカシーのある聞き方はできないのか」



「デリカシーなんて言っている場合じゃないんですよ。俺たち、栞を助け出さなきゃいけない」



陽が水原先生を睨み付けてそう言った。



水原先生は一瞬目を見開いたが、そのことについて聞いてくることはなかった。



「吉原先生に別の人ができたんだ」



水原先生は吐き捨てるようにそう言った。



「嘘ですよね?」



あたしは間髪入れずそう言った。



吉原郁美の方から別れを切り出したのなら、水原先生の写真を取っておくとは思えない。



しかも、写真に画鋲まで刺されていたのだ。



水原先生が憎まれるだけの事をしたのだということは、すでにわかっていた。



「生徒に嘘をつくのはやめなさい」



校長に言われて水原先生は大きな体を小さくした。



「俺が、彼女に借金を肩代わりしてもらったんだ」



大量の汗を拭きだしながら、水原先生はそう言った。



借金の肩代わり!?



思ってもいなかった言葉にあたしは一瞬言葉を失った。



「それ、無理やりですよね?」



そう言ったのは渚だった。



「む、無理やりだなんて……!」



慌てて否定するけれど、吉原郁美の意思なら水原先生を憎むこともなかっただろう。



水原先生は言葉巧みに吉原郁美に借金を押し付けたのだ。



「水原先生、生徒に本当の事を言いなさい」



校長が厳しい口調でそう言い、強く机を叩いた。



花瓶がぐらりと揺れて、こちら側へと倒れて来た。



割れはしなかったが、飾られていた白い花は床に叩きつけられて花びらが舞った。



「……借金を彼女に押し付けたんだ」



水原先生は膝の上で拳を握りしめ、あたし達の顔も、校長の顔も見ずにそう言った。



「やっぱり……」



陽が呟く。



「その借金と、飯田アキラの腕時計について関係あるんですか?」



健がそう質問をした。



水原先生はゆっくりと顔を上げる。



そして口角を上げてニヤリと笑ったのだ。



「あの女、あの時計を売って借金の返済に回そうとしてたんだ。なかなかの品物だと思ったんだろうなぁ」



ヘラヘラと笑いながら話す水原先生は、今まで一度も見たことのない顔だった。



まるで欲望に塗れた悪魔のような表情。



「未成年が持ってる時計なんて、大した価値じゃねぇだろ」



海が言う。



「ハハハッ! 違うんだ。それがぜんっぜん違うんだ!!」



体をテーブルの前にのめりだし、唾を飛ばしながらそう言う。



異様な光景にあたしと渚はソファの上で手を握り合った。



怖い。



素直にそう感じる。



「あの時計は飯田アキラが肌身離さず持っていた!」



水原先生の言葉にあたしは映像を思い出す。



確かにその通りだ。



イジメにあっていても飯田アキラはずっと時計を身に付けていた。



「家に置いておいてくれれば簡単に盗みに入れたのに! あいつはそれを見越して毎日腕につけてたんだ!!」



簡単に盗みに入れた……?



「それってどういう意味だよ? あんたもあの腕時計を狙ってたってことか?」



海が聞く。



「当たり前だ!!! 郁美はあの時計をただの時計だと思って盗んできた。価値を知らないバカな女だったが、俺は違う!! あの時計がどんなものかちゃんとわかっていた!!」



怒鳴り散らす水原先生。



どういう意味?



あたしには全然わからない。



あの腕時計はどれだけの価値があったっていうの?



「あの時計の価値を知っていれば、飯田アキラが大人しかった理由もすぐにわかる」



「なんですか、あの腕時計の価値って」



あたしは恐怖を押さえてそう聞いた。



飯田アキラにとってとても大切で、人から盗まれるような腕時計。



「あの時計は、時間を戻す事が出来るんだ」



水原先生の言葉にあたりは一瞬にして静かになっていた。



今、なんて言ったの?



驚きすぎて声にならない。



「時間を戻してすべてをやり直す事のできる腕時計。それは飯田アキラの家に伝わる品で、受け継がれた者は肌身離さず、大切にしなければいけない。



それが掟だ。飯田アキラは腕時計を受け継いだ時から目立たない性格の生徒になった。腕時計の存在に気づかれないように、自分自身の性格まで変えたんだ」



水原先生はスラスラと説明していくが、信じられない話にあたしは校長へ視線を向けた。



校長はあたしと目が合うと、無言で大きく頷いた。



水原先生は嘘はついていないようだ。



「あいつはどれだけイジメられても抵抗しなかった。自分のためじゃない、すべては腕時計を守るためだった」



それがある日イジメっ子たちに奪われてしまう。



だからだ。



だからあの時飯田アキラは自分の気持ちを表に出したのだ。



守らなければならない物を奪われたから!



吉原郁美は五十嵐孝が机の中に腕時計を隠すところを目撃したのだろう。



借金を背負わされていた吉原郁美は少しでもお金になりそうだと思い、腕時計を盗んでしまった。



そして、それを知った水原先生は……。



「水原先生が、吉原郁美から腕時計を奪ったんですね?」



「当たり前だろ」



水原先生は人を見下したような口調でそう言った。



全身から怒りが沸き起こって来るのを感じる。



「腕時計を、返してください」



あたしはしっかりとした口調でそう言ったのだった。

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