第41話

結局、職員室のも腕時計はなかった。



あたしは健と2人で夜の道を歩きながら肩を落としていた。



せっかく女教師までたどり着く事ができて、終わりが見えたと思ったのに、一気に暗闇の中に引き戻された感覚だった。



「大丈夫か?」



健があたしの手を握りしめてそう聞いて来た。



その手の暖かさにあたしは手を握り返した。



「うん……」



「無理すんなよ?」



「ありがとう。本当は結構ショックかも」



あたしはそう言い、苦笑いを浮かべた。



先生という存在に裏切られた気分だ。



「明日、また学校へ行ってみるか」



「新校舎の方?」



「あぁ。吉原先生についてなにかわかる事があるかもしれない」



「そうだね……」



それこそ、あのアルバムには先生の住所だって載っていることだろう。



それを頼りにまた動けばいい。



最初はなにもわからない所から始まったけれど、今ではあたしたちの手の中にいろんなヒントが転がっていた。



「じゃぁ、また明日な」



家の前まで来て、健が手を振る。



「うん」



あたしは玄関を開けようとして……振り返り、健の腕の中に飛び込んだ。



夏休みは健と色んなことがしたいと思っていた。



付き合って初めての夏休み。



もう少し女っぽいところを見せて少しだけ進展できたらな、なんて。



甘い事を考えていたっけ。



それがいつの間にかこんな夏休みになってしまって、健と2人きりになる時間も全然なくて……。



胸の奥が苦しかった。



あたしは近藤先輩から聞いた話を黙っていれば、こんな夏休みにはならなかったかもしれないと、ずっと思っていた。



「おい、咲紀?」



戸惑ったような健の声が聞こえて来る。



あたしはしばらく健の腕の中で身を震わせて、そして笑顔で顔を上げた。



「えへへ、ごめんね。驚いた?」



そう言って舌を出す。



本当は泣きそうだったけれど、こんな時に健を不安にもさせたくなかった。



「咲紀……」



「驚かせてごめんね、じゃぁおやすみ健」



そう言って身を離そうとした次の瞬間。



あたしは健に腕を引かれ、抱きしめられていた。



そして唇に感じる健のぬくもり。



初めてのキスじゃないのに、心臓がドクンッと大きく跳ねた。



健はそっと唇を離し「おやすみ」と、囁いたのだった。


☆☆☆


その日はいろんな意味で眠る事ができなかった。



目を閉じると健の唇のぬくもりを思い出して、ドキドキして目が覚めてしまう。



ちゃんと寝ないと明日の探し物もつらいのに、どうしても眠りにつくことはできなかった。



そして、翌日の集合時間。



あたしは一番最後に到着した。



「ご、ごめんみんな」



到着してすぐに謝ると、渚がニヤニヤとしたいやらしい笑顔を向けて来た。



「いいよぉ? 昨日は眠れなかったんでしょ?」



「へ? な、なんでそれを?」



「健から聞いちゃった!」



そう言い、満面の笑顔を浮かべる渚。



「き、聞いたって、何を!?」



そう聞く自分の声は完全に裏返り、顔は熱くなっている。



「あれ? もしかして帰り道になにかあった?」



「へ? え? 今健に聞いたって……」



「嘘だよー?」



渚は更に面白そうに笑い声を上げた。



騙された!



そう気が付いた時にはもう遅い。



海と陽も興味津々にこちらを見ている。



「ひ、卑怯者!!」



あたしが渚を非難したところで、健が割って入って来た。



「うるさいぞお前ら。キスくらししたってどうってことないだろ」



スラッとそんな事を言う健は、ちっとも照れてない様子。



あたし1人慌てていてバカみたいだ。



「え? キスだけ?」



渚は騒ぐのをやめてそう言った。



「そう、キスだけ」



健は冷静に返事をする。



「なぁんだ。咲紀が真っ赤になってるからもっといろんなことがあったのかと思ったのに」



と、途端につまらさそうに欠伸をした。



な、なにそれ……。



キスでもかなり進んだと思っていたのはあたしだけのようで、4人はすでに探し物についての話題に切り替わってしまっていたのだった。

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