第37話

広い和室の部屋に通されて、大きなテーブルには人数分の麦茶が用意されていた。



冷房は使っていないけれど、部屋のあちこちが開け放たれているためとても涼しく感じられた。



さっきから電話が鳴っているが、武田陽太は真剣にあたしたちの話を聞き、一度も席を立とうとはしなかった。



「確かに、俺たちはアキラの腕時計を盗んだ」



すべてを話し終えた後、武田陽太は重々しい口調でそう言った。



昔を思い出すように目を閉じて、その眉間に深いシワを寄せる。



「ひどい事をしたと、今でも反省しているよ」



「その腕時計は今どこにあるんですか?」



陽が聞く。



武田陽太は目を開け、そして左右に首を振った。



「わからないんだ」



「飯田アキラから盗んだ腕時計は更に誰かに盗まれたんですよね?」



あたしはそう聞いた。



武田陽太は大きく頷く。



「その通り」



「本当なんだろうな?」



海が今にも食って掛かりそうな勢いでそう聞いた。



武田陽太と松田邦夫が嘘をついているかもしれないと、睨んだのだ。



「もちろん本当のことだ。君たちが危険な目にあっているのに嘘なんてつかない」



武田陽太は真っ直ぐに海を見てそう言った。



「それに……俺はあの時計が盗まれるところを目撃している」



その言葉にあたしたちは目を見開いた。



「ほ、本当ですか?」



陽が身を乗り出してそう聞いた。



「あぁ。なんであの人が……そう思ったんだ」



「誰なんだよそいつは!」



海がテーブルに足をぶつけながら勢いよく立ち上がってそう聞いた。



「先生だよ。1年3組の」



「へ……?」



予想外の返答にあたしは目を丸くしたままその場から動く事ができなかった。



1年3組の先生って、誰だろう?



授業風景を見たことはあるけれど、あれが担任の先生だとは限らない。



「吉原郁美(ヨシハラ イクミ)先生だ」



聞いたことのない名前だ。



もう学校にもいないのだろう。



「なんでそれを止めなかったんだ」



陽が武田陽太を睨み付けてそう聞いた。



「止めれたら止めに入ってさ。でも、できなかった。その時の先生はなんだか変だったんだ。いつもと様子が違ってた」



「様子って、どんな風に違ったんですか?」



渚がそう聞いた。



「なんていうか、切羽詰ったような、焦ったような。それでいていやらしい笑顔を浮かべてたなぁ」



武田陽太は当時を思い出したように軽く身震いをした。



「それじゃ、時計はその先生が持ってるんだな!?」



海は今にも客室を飛び出して行ってしまいそうな勢いだ。



吉原郁美先生という人のことなら、きっとアルバムを確認すれば調べる事ができるはずだ。



「それが……わからないんだ」



「え……?」



あたしは瞬きをして武田陽太を見た。



「吉原先生はその後突然失踪してしまって、今でも行方不明なんだよ……」



武田陽太の声は今にも消え入りそうだった……。

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