第36話

どうにか両親に許可を得られたあたしは、自分の部屋でベッドに入った。



今日見た映像はとても悲しいものだったけれど、健が真剣に話をしてくれた姿を思い出すと、とても暖かな気持ちになれた。



「ありがとう、健……」



あたしは小さな声でそう呟くと、目を閉じて眠りに落ちたのだった。


☆☆☆


翌日、目が覚めると久しぶりに頭がスッキリしていた。



思ったよりもよく眠れたみたいだ。



ベッドの上で大きく伸びをして起き上がる。



今日も朝からみんなと集まって武田陽太の家を訪ねなければいけない。



朝食を終えて身支度をすませ、両親に今日の予定を説明してから家を出た。



昨日血が出ている足が少し痛んだけれど、心は清々しい気分だった。



集合場所はいつものコンビニ。



暑さに負けてみんなアイスを食べていた。



あたしもアイスを一本買って、それを食べながら住所を頼りに家を探し始めた。



「今年の夏休みはなにもできねーなー」



ダラダラと歩きながら海がため息交じりにそう言った。



好奇心で旧校舎へ行ってしまってから、夏休みなんて消えてしまったようなものだ。



「遊びには行けないけど、課題ならやる時間があるでしょ」



渚に言われて、海はあからさまに嫌そうな顔を浮かべた。



「夏休みを満喫するためにも、さっさと見つけないとな」



健がそう言い、大きな民家の前で立ちどまった。



「ここだ」



ノートを見ていた陽が民家を見上げてそう言った。



昔からある日本家屋。



瓦屋根に離れがある家だ。



「ここが武田陽太の家……?」



今までの2人は古民家やアパートだったので、目を見開いた。



今までに比べたら、少し敷居が高くなってしまった。



「行こう」



陽はそう言い、一番に歩き出したのだった。


☆☆☆


チャイムを鳴らすとすぐに家の中から足音が聞えて来た。



「悪い、まだ原稿できてないんだ!」



そんな男の声が聞こえてきてあたしたちは目を見交わせた。



誰かと勘違いしているようだ。



「もう少しででき上がるから、上がって待ってて……」



そう言いながら玄関の戸を開けて、あたしたちを見て唖然とした表情を浮かべた。



藍色の甚兵衛を着たその男は、髭は生えているもののどう見ても武田陽太だった。



高校時代から外見的変化があまりなかったみたいだ。



「武田陽太さんですよね?」



陽が真っ直ぐに武田陽太を見てそう聞いた。



「あ、あぁ。そうだけど……君らは?」



ボリボリと頭をかいてそう聞く。



「俺たちは椿山高校の在校生です」



「え? 高校の……?」



武田陽太は瞬きを繰り返した。



「武田さんに聞きたいことがあるんです。旧校舎で起きた事で」



「あぁ~。でも今忙しいんだ締切今日なんだよなぁ」



また頭をボリボリとかいて困った表情を浮かべる。



「失礼ですが、武田さんは今何をされてるんですか?」



陽がそう聞くと、武田陽太は自信たっぷりの笑顔を浮かべた。



「お前ら、『丘屋敷』って映画知ってるか?」



その質問にあたしは首を傾げた。



『丘屋敷』というのは数年前に流行ったホラー映画の題名だった。



丘に立つ屋敷の中に幽霊が出て、住人達が次々と呪われている映画。



日本中で大ヒットしたのをよく覚えている。



「それがなんなんですか?」



陽はイライラしたようにそう聞いた。



早く腕時計について聞きたいようだ。



「あれの原作小説を書いたの、俺なんだ」



瞬間、あたしたちは武田陽太の顔をマジマジと見つめてしまった。



この人がホラー映画の原作者?



そんな風には見えないし、小説家としての貫禄も感じない。



「すっげーだろ? だからさ、今作品書いてて忙しいんだ。締切なんだよ」



そう言っているそばから家の中から電話の音が聞こえてきて、武田陽太の顔がサッと青ざめた。



「ほらみろ、催促の電話だ」



そう言い、身震いをする。



どうやら言っていることは本当の事みたいだ。



忙しいんじゃなかなか話をする時間もなさそうだ。



「俺忙しいから、また今度な」



そう言って戸を閉めようとするので、陽が慌てて止めた。



「ネタは!?」



「は?」



陽の言葉に武田陽太は戸を閉める手を止めた。



「俺たち、とっておきのホラーネタを持ってるんですけど」



陽がそう言い、ニヤリと笑う。



武田陽太はマジマジと陽を見た。



「話、してくれませんか?」



陽の質問に、武田陽太は戸を閉める手の力を抜いたのだった。

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