第33話

2時を知らせる時計の音が鳴り響き、いつもの時間が始まった。



あたしたちは静かに映像が流れ始めるのを待つ。



周囲は明るく、ライトを消して人影を探す。



「誰もいないな……」



健が小さな声でそう呟いた。



さっきから周囲を確認してみるけれど、人影がない。



「どこかの教室か……」



みんなで移動をして1年生のクラスを見て回る。



しかし、教室にも人はいなかった。



こんなことは初めてだ。



「一体どういう事なんだよ」



イライラしたように陽がそう言った時、足音が聞こえてきてみんな動きを止めた。



その足音はどうやら2階から聞こえてきているらしかった。



「行こう」



陽がすぐに走りはじめる。



あたしたちもその後を追いかけた。



2階へ上がっていくと、廊下に飯田アキラの姿を見つけた。



こんな所にいたんだ……。



そう思いながら近づいていく。



2階には授業に使う移動教室があるから、そこで勉強していたのかもしれない。



そう思っていたけれど、周囲に飯田アキラ以外の人影はどこにも見えなかった。



「誰もいないな」



教室の中を確認しながら海はそう言った。



「飯田アキラは1人で何してるんだろ?」



そう呟いて近づいて言った時、飯田アキラが科学室へと入って行くのが見えた。



後を追いかけると、飯田アキラは薬品棚の前に立っている。



「1人で科学実験か?」



「まさか」



健の言葉を否定した時、飯田アキラは透明な瓶に入った粉を取り出した。



近づいて見て見ると、ラベルに《睡眠導入剤》と書かれているのがわかった。



そんなものが科学室に?



疑問を感じた瞬間、飯田アキラはその蓋を開けて粉を一気に飲み込んだのだ。



驚いて後ずさりをするあたし。



「ちょっと、なにしてんのあれ」



渚が慌てたようにそう言った。



「……死ぬ気なのかもしれないな」



そう言ったのは陽だった。



陽は飯田アキラの姿から目をそらさず、ジッと見つめている。



「死ぬって……」



やっぱり、自殺だったのか。



今までの映像と、飯田アキラが死んでいるという事実を照らし合わせると、そうだろうという予感はみんなあったと思う。



だけど実際にこうして映像として見る事になるなんて、思ってもいなかった。



飯田アキラは薬品を水で流し込んでいく。



その目には涙が浮かんでいて、本当は死にたくないのだという気持ちが痛いくらいに伝わって来た。



それでも飯田アキラは死ぬ事を選んだんだ。



イジメが原因で生きていく力を失ってしまったんだ。



飯田アキラは科学準備室から太いロープを用意すると椅子に乗り、それを木製のカーテンレールにくくりつけはじめた。



「嘘でしょ……やめてよ……」



渚が左右に首をふってそう呟く。



飯田アキラはロープの先端を丸く結ぶと、躊躇することなく首を入れたのだ。



無意識の内にあたしは健の服の袖を掴んでいた。



健があたしの体を抱きしめる。



次の瞬間……。



飯田アキラは野生動物のような雄たけびを上げ、椅子を蹴ったのだった……。


☆☆☆


映像が途切れた後でも、あたしたちはしばらくそこから動くことができなかった。



飯田アキラの自殺を目の当たりにして、みんな何も言えなくなっている。



「どうして、こんな事に……」



呟くように言ったのは陽だった。



陽の目にも涙が浮かんできている。



「あいつらが自殺に追い込んだんだ!!」



海が叫ぶ。



五十嵐孝、武田陽太、松田邦夫の3人の顔が浮かんでくる。



海の言う通りだ。



あの3人が飯田アキラを殺したんだ。



あたしは下唇を噛みしめてそう思った。



「あいつら犯罪者だ!!」



海は更に声を荒げてそう言い、科学室の椅子を蹴とばした。



椅子は大きな音を上げて床に転がる。

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