第31話

夜出る事ができなくなったあたしは健に連絡を入れていた。



《ごめん、夜中抜け出してることがバレた。今日は行けれない》



そんな短い文章だ。



健は気にするなと言ってくれたけれど、あたしの心は全然晴れなかった。



みんなは今日もあの薄気味悪い旧校舎へ向かうんだ。



そして4人の記憶を見て、腕時計を探す。



その中に自分がいないと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。



「寝るわよ、咲紀」



夜10時。



いつもの就寝時間よりもかなり早い。



だけどお母さんに呼ばれたら逆らう事はできなかった。



あたしは返事もせずに両親の寝室へと向かう。



一足先に寝ているお父さんはいびきをかき始めている。



あたしはお父さんとお母さんに挟まれるように布団に横になった。



これじゃ絶対に抜け出す事はできなさそうだ。



そう思い、深くため息を吐いたのだった。


☆☆☆


両親と川の字になって眠りについた、数時間後。



不意に目が覚めてスマホを確認した。



真っ暗な部屋にあたしのスマホの明かりが浮かび上がる。



時刻は夜中の1時だ。



みんな、もう旧校舎へ向かっている頃かもしれない。



あたしはスマホを枕元に戻し、目を閉じた。



今日は参加することができないけれど、明日は必ず行こう。



そう思った時だった。



閉じていた目の裏に、不意に飯田アキラの姿が浮かんできたのだ。



時間が近いから思い出しているのかもしれない。



最初はそう思っていた。



しかし、目の裏に現れた飯田アキラはジッとこちらを見てほほ笑んでいるのだ。



今まで飯田アキラが笑っていたところなんて、見たことがない。



あたしはそのほほ笑みに不気味なものを感じてハッと目を開けた。



瞬間……あたしの布団がやけに膨らんでいる事に気が付いたのだ。



「え……?」



疑問に感じた時、体中を冷気が包み込んで行き寒さに身震いをした。



膨らんだ布団がグネグネと大きくうごめく。



なにかいる!?



そう感じた瞬間、体が動かなくなったのだ。



首も目を閉じることもできない。



声だって出ない。



完全に金縛りの状態だ。



眼球だけ動かして隣で眠っている両親を確認するけれど、2人ともぐっすりと眠ってしまっていて気が付いていない。



虫の泣き声も消え、車の音も消え、あたりは恐ろしいほどの静寂に包まれている。



あたしの首元にあった布団が微かに持ち上がる。



中から冷気が漏れ出して顔を冷やしていく。



呼吸は浅く短くなっていき、今にも止まってしまいそうだ。



冷たい空気に包まれた中、誰かの手があたしの腕を掴む感覚があった。



悲鳴を上げたいのに、声もでない。



あたしは目を見開いて布団の隙間を見るしかできなかった。



「キ……テ……」



微かに聞こえてきたそんな声。



弱弱しくても、あたしの脳に直接届いてくる声。



「キ……テ……」



あたしの腕を掴んでいて手が、あたしの肩まで移動してきた。



冷たい手の感覚。



布団の隙間は広がり、その中からうごめくものが見える。



「キ……テ……」



声は同じ事を繰り返す。



あたしの体に覆いかぶさっていたそれが、布団の中からズルリと姿を見せる……。



「キテ……キテ……」



嫌だ……。



嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!



目をそらしたいのにそらす事もできなかった。



布団の中から現れた青白い顔をした飯田アキラは、真っ赤な口を開き笑う。



「今スグ来イ!!!」



脳裏に響き渡る声で怒鳴られた瞬間、あたしは大きな悲鳴を上げていた。



「嫌!! こないで! こないで!!」



必死に布団から這い出して逃げる。



腰が抜けてしまって四つん這いになってドアへと向かう。



誰か、お願い、誰か助けて!!!



「咲紀、どうしたの?」



そんな声が聞こえてきてハッと我に返った。



気が付けば鳥の声や車の音が聞こえて来る。



寒気もスッと消えてなくなっていた。



振り返ると、お父さんとお母さんが驚いた顔で立っていた。



自分の布団を見ても、飯田アキラの姿はどこにもない。



「い……ま……」



震える指先で布団を差す。



「なんだ? なにかいたのか?」



お父さんがそう聞きながら電気をつけた。



眩しさに目を細める。



部屋の中を見回してみても、やっぱり誰の姿もなかった。



しかし、飯田アキラのあの姿はしっかりとあたしの脳裏に刻まれていた。



あれは夢でも幻でもない。



あたしが旧校舎へ来ないから、迎えに来たんだ!



そう理解した瞬間、あたしは勢いよく走りだしていた。



行かなきゃ。



旧校舎へ行かなきゃ!!



「咲紀、どこへ行くの!?」



後ろからお母さんの声が聞こえて来る。



それも無視して、あたしは素足のまま玄関を出た。



「咲紀!! 戻るんだ!」



お父さんの声も聞こえて来る。



あたしは自転車に乗り、大急ぎで旧校舎へと向かったのだった。

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