第30話

五十嵐孝の家から歩いて5分ほどの場所に松田邦夫が暮らしていたアパートが建っていた。



かなり年期が入っているアパートで、クリーム色の壁はあちこちひび割れている。



「誰かが暮らしている様子はあるな」



アパートを見上げて陽がそう言った。



あたしもつられるようにして視線を上げると、何部屋かカーテンが引かれているのがわかった。



「松田邦夫の部屋番号は?」



海が健に聞く。



健は持っていたノートに視線を落とした。



「203号室だ」



「ってことは、2階だな」



海がそう言い、歩き出す。



アパートの階段は外に付けられていてこちらもあちこちがひび割れている。



「大丈夫かよこのアパート」



海がぼそぼそと呟いている。



自分が暮らしていたら毎日不安になってしまうような古さだ。



「203だっけか? あ、おい、あったぞ!」



2階にたどり着いて部屋番号を確認し、海はそう言った。



「本当に!?」



あたしは海の隣に立ってその部屋の表札を見た。



203、松田。



色あせた表札にマジックでそう書かれているのが見えた。



間違いない、ここが松田邦夫の部屋だ!



表札の苗字も同じということは、本人がいる可能性だってある!



そうとわかると、途端に緊張してきてしまった。



松田邦夫本人に会えたとしても、何をどう説明すればいいんだろう?



あの旧校舎で起こっていることを信じてくれるとは思えない。



突然押しかけてしまったんだ、追い返されるかもしれない。



グルグルとよくない考え方が頭の中を回りはじめた。



「とにかく、中にいるか確認してみよう」



陽がそう言い、前へ出てチャイムを押した。



中は狭いのか、チャイムの音がすぐそばから聞こえて来る。



しかし、待ってみても中から返事はなかった。



陽がもう一度チャイムを鳴らす。



それでも返事はない。



「留守か……」



陽が肩の力を抜いてそう呟いた。



「夏休み中でも、平日だもんね。大人は会社に行っててもおかしくないよ」



あたしはそう言い、ホッとため息を吐き出したのだった。



松田邦夫の住んでいる場所がわかり、本人がいるかもしれないということもわかった。



あたしたちは夕方にもう一度あのアパートを訪れる事にして、一旦解散することになった。



夕方までまた少し眠っておこう。



そう思い家の玄関を開けた瞬間、目の前にお母さんが腕組みをして立っているのが見えて、息を飲んだ。



「もうお母さん、脅かさないでよ」



自分の家にまで幽霊が出たのかと思ってびっくりしてしまった。



お母さんを横目に玄関を上がった時「毎晩どこへ行っているの?」と、聞かれ、一瞬思考回路が停止した。



「え……?」



あたしはゆっくりとお母さんを見る。



お母さんは目を吊り上げてあたしを睨みつけている。

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「お母さんたちがいつまでも気が付かないと思ってた?」



威圧的な声色にあたしはたじろいた。



バレてたんだ……!



一瞬にして体中から汗が噴き出すのを感じる。



なんて言えば信じてもらえるだろう?



なにか、いい言い訳はないだろうか?



そう思って見ても、なにも考えられなかった。



「毎晩なにをしに、どこへ行っているの?」



お母さんが強く質問して来る。



「それ……は……」



喉の奥に声がへばりついてうまく言葉にならない。



焦れば焦るほどいい言い訳なんて浮かんでこなかった。



「遊びたいなら昼間遊べばいいでしょ?」



「遊びたいわけじゃない!」



あたしはブンブンと強く首を振って否定した。



自分が今何に巻き込まれているのか、お母さんに説明なんてできるわけがなかった。



「じゃぁ夜中に何をしているの!?」



そう聞かれると、やっぱり答えることはできなかった。



返事ができなくてその場に立ちつくし、俯いてしまう。



「言えないような事をしてるのね?」



ため息交じりなお母さんの声。



「悪い事はしてない」



あたしはそう言うのが精いっぱいだった。



「今日はお母さんとお父さんの寝室で一緒に寝なさい」



その言葉にあたしは顔を上げた。



お母さんはまだあたしの事を睨み付けている。



「……わかった」



これ以上反抗すれば、外出禁止になってしまうかもしれない。



そう思ったあたしは素直に頷いたのだった。

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