第28話

五十嵐孝がトイレから出たところで映像は消えた。



ハッと我に返るあたしたち。



しばらくの間トイレの入り口で茫然と立ち尽くしてしまった。



「は、早く探さなきゃ」



そんな渚の声でようやく体が動き始めた。



探し物は腕時計で間違いなさそうだ。



「なにが宝探しだ、ふざけやがって!」



海はそう言い、壁を力いっぱい蹴った。



「やめなよ海」



渚がしかめっ面をしてそう言う。



「なんだよお前あんな映像見てなんとも思わねぇのかよ」



「思うけど、でも、どうしようもないじゃん……」



渚の声は弱弱しく消えて行く。



昼間見たアルバムを思い出していた。



飯田アキラは16歳の時に亡くなっている。



その事実と今見た映像が重なって行くのがわかった。



自殺……。



可能性は十分にあると思えた。



今の時点であれだけ壮絶なイジメに発展しているのだ、これから先もどんどんエスカレートしていくだろう。



考えただけで胸の奥が重たくなる感覚がして、あたしは考えを振り払った。



「今の映像で言うと、学校全体を探す必要がありそうだな」



1人冷静にそう言ったのは陽だった。



「宝探しって言ってたもんな。飯田アキラが簡単に見つけられないような場所を選ぶだろうな」



健が陽に賛同してそう言う。



「1年2組と3組は調べ終えているから、今日は1組を探すか」



海が言い、陽が「それなら手分けをして探そう」と、提案してきた。



「俺と健は1年1組を探す。残りのメンバーは2年1組を探してくれ」



「わかった」



あたしはそう頷き、海と渚の3人で移動を始めた。



探し物は腕時計。



万年筆よりは大きいけれど、ちょっとした物陰にも隠れてしまうような物だ。



慎重に探していく必要がある。



2年生の部屋は1年生の教室とほとんどかわらなかった。



ただ教室の奥に寄せるようにして机が積まれているため、これを1つずつ調べて行く必要があった。



「あそこは任せとけ」



そう言い、海が大股で積み重ねられた机へと歩いて行く。



海が机を床におろしている間、あたしと渚は教室内を調べていた。



「特に何もないね」



教卓は撤去された状態の教室では探す場所は少なかった。



「飯田アキラって人にとって腕時計は宝物だったんだね」



渚がそう呟いた。



「うん……」



そう返事をして海がおろしてくれた机の中を1つずつ調べて行く。



中はほとんど空っぽだ。



時々古びたノートが出て来る以外、収穫はなにもなかった。



机の中を確認しながら、ふと違和感が胸の奥を刺激してきた。



「どうしたの咲紀」



「うん……なんだかちょっと変だなって思って」



「変ってなにが?」



「なんだろう……」



そう聞かれるとハッキリとわからない。



「おい、さっさと調べろよ。もう3時になるぞ」



海にそう言われて、あたしたちは探し物に戻ったのだった。


☆☆☆


結局、今日もまた探し物が見つかる事はなかった。



だけど今までに比べてみれば今日の収穫はとても大きなものだった。



4人の名前、探し物の腕時計もわかったんだから。



随分と前進できたと思う。



旧校舎を出たあたしたちは、午前中に集合することになった。



アルバムで見たあの住所へ行ってみるのだ。



「じゃぁ、また明日……じゃなくて今日の朝、だな」



陽がそう言い、手を振って帰って行く。



海と渚は同じ方向へと帰って行った。



「俺たちも早く帰ろうぜ。送ってく」



「ありがとう」



健の言葉に甘えてあたしたちは2人で歩き出した。



ほどよい疲れが眠気を誘う。



その時だった、眠気をかき消すように空から雨が降り出したのだ。



真夏のスコールだ。



あっという間に大雨になり、あたしと健は民家の駐車場へと非難した。



「うわぁ、びしょ濡れだ」



大粒の雨に打たれたおかげで、服から水滴がしたたり落ちていく。



「大丈夫か、咲紀」



「大丈夫だよ。健こそ大丈夫?」



「俺は全然平気だって。プールに入ったと思えばいいんだから」



プールって。



健の言葉に思わず笑った、その時だった。



旧校舎の中で感じていた違和感に気が付いてハッと息を飲んだ。



「なんだよ咲紀」



「そうだ、あの記憶の映像、なんか変だなって思ってたんだ!」



「変って、なにがだよ?」



「だってさ、飯田アキラはあの腕時計をとても大切にしてたんでしょう? そんな大切なものを学校にしてくるかな?」



あたしの言葉に健は首を傾げた。



「大切だから肌身離さずってやつだろ?」



「普通はそうかもしれない。だけど飯田アキラはあれほどイジメられてたんだよ? イジメッ子に取られるかもしれないって思わない?」



大切だからこそ学校には持ってこないという選択をしたんじゃないか?



そう感じていたのだ。



「なるほど。トイレで水までかけられてたもんな。腕時計が壊れるかもしれない」



「でしょ!? だけど飯田アキラは腕時計が壊れる心配をしている素振りはなかった。一見、それほど大切じゃないようにも見えるんだよ」



「なんだよ。じゃぁ探し物は別にあるってことか?」



そう聞かれると、返事に困ってしまった。



どうして飯田アキラは腕時計を持ってきていたのか。



どうして水にぬれても慌てていなかったのに、取られた瞬間慌てはじめたのか……。



「全然わかんない」



あたしはため息まじりにそう言ったのだった。

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