第19話

そして、いつもの時間がやってきた。



1時を回ったあたしから気持ちが落ち着かなくなってきて、いてもたってもいられない。



少し早いけれど、もう行ってみようか。



今日は渚もいないから、自転車で行こう。



そう思い、鍵を握りしめて部屋を出た。



足音を立てないように気を付けて階段を下りて行き、家を出た。



昼間の熱さが残っている夜の街を颯爽と自転車で駆け抜けていく。



恐怖と行きたいという気持ちが同時に襲ってくるのがわかる。



生暖かな風を感じながら走って行くと、山の風が頬を撫でた。



住宅街から離れただけで随分と気温が違う。



それともこの冷気も、彼らがいるからだろうか。



旧校舎が見えて来るとはやるきもちが抑えきれなくなり、あたしは立ちこぎで旧校舎へと向かっていた。



段差を走るたびに自転車のカゴに入れている鞄が大きく跳ねた。



中に入っているライトが壊れてしまわないかと、時々不安になる。



旧校舎の近くまですると、そこに人影があるのが見えた。



誰だろうか?



息を切らしながら自転車を止めて、邪魔にならないところに置いた。



ライトを付けて近づいていくと人影は陽であることがわかった。



「陽、もう来てたんだ?」



そう声をかけても、陽はこちらを見ない。



ジッと旧校舎の2階を見ている。



「陽、なに見てるの?」



隣に立ち、同じように2階を見上げる。



旧校舎は相変わらず不気味な雰囲気を醸し出していて、見ているだけで鳥肌が立ってくる。



「あそこ、見て」



陽がそう言い、2階の一番端にある窓を指さした。



「なに?」



真っ暗でなにも見えない。



「さっきから人影が見えるんだ」



「え、うそでしょ?」



旧校舎の中に明かりはついていない。



人影があったとしても、それは見えないはずだった。



だけど……。



陽が指さした窓をジッと見ていると、確かに黒いものが動くのが見えたのだ。



「ひっ」



あたしは小さく悲鳴を上げて視線を逸らせた。



暗闇よりも更に黒い人影。



まるでこの世のものとは思えないその存在に、体の中から凍り付いていく。



「あの部屋って、なんだっけ?」



陽にそう聞かれても、恐怖で2階にあった部屋を思い出せない。



3年生の教室か、それ以外の教室だということしかわからなかった。



「確認しに行ったほうがいいよな」



「そ、そうだけど……」



自分の顔が青ざめているのが自分で理解できるくらいだった。



2階には行きたくない。



「おい、お前ら早いなぁ」



そんな声が聞こえてきて振り返ると、そこには海と渚と健の姿があった。



みんなの姿に少しだけ安心する。



「2人して何見てたの?」



渚がそう聞きながらあたしの隣に立った。



「あれ……」



あたしは小さな声でそう言って、2階の窓を指さした。



真っ黒な人影はまだ窓の向こう側で動いている。



「なにあれ……」



渚が一歩後ずさりをしてそう呟いた。



「人?」



海が眉間にシワを寄せてそう言った。



「人……だと思う、たぶん」



陽がそう返事をした。



「確認してみるか」



そう言ったのは健だった。



あたしと渚は同時に「え!?」と声を上げて健を見た。



「なんだよ、あそこに誰かいるってことだろ?」



健は首を傾げてそう聞いて来た。



それはそうなのだけれど、直接行って確認する勇気なんてなかった。



「お前ら2人はここで待ってろよ。俺たちは行ってみるから」



そう言い、海が歩き出した。



ここで待ってろと言われても、旧校舎の前で渚と2人きりの方がずっと怖いに決まっている。



男子たちと離れることはできない。



「あ、あたしたちも一緒に行くから!」



あたしはそう言い、慌てて男子たちの後をおいかけたのだった。

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