第11話
栞の家を後にしたあたしたちは、ファミレスへ戻ってきていた。
一番窓際に座っているが、みんな何も言わなかった。
運ばれてきて時間がたった水は凍りが溶けて温くなり始めている。
「俺たちが、冗談半分で旧校舎になんか行ったからだ……」
呟くようにそう言ったのは陽だった。
変わり果てた栞の姿を見て一番ショックを受けているのは、きっと陽だろう。
「終った事を言っても仕方ないだろ」
海がガシガシと頭をかいてそういった。
「仕方ない? お前、それで終わらせるつもりか?」
陽が過剰に反応して海を睨み付ける。
「終らせるなんて言ってねぇだろ? 栞をあのままにできるわけがねぇ」
「でも、どうすればいいのかわからないよね……」
あたしは小さな声でそう呟いた。
2人会話をさせているといつか喧嘩に発展しそうだ。
「旧校舎に出た幽霊が言ってたよな? 『お前たちの大切なものを奪った! 返してほしければ俺たちの大切なものを探してくれ!』って……。
大切なものって、栞の事だったんじゃないか?」
健がそう言った。
瞬間、昨日聞いたあの声を思い出して全身に鳥肌が立った。
「返してほしければ俺たちの大切なものを探してくれ……ってことは、また旧校舎に行かなきゃいけないってこと?」
渚が青ざめた顔でそう言った。
「そういう事になるかもしれないな」
健は落ち着いた口調でそう返事をする。
しかし、その目は挙動不審に動きまわっていて、混乱しているのがよくわかった。
「うそだろ……」
海はしかめっ面をする。
「でも、それで栞が助かるなら行くしかない」
陽はすでに旧校舎へ行く覚悟をしている様子だ。
「旧校舎へ行くにしても、今のまま何もわからない状態で行くのは危険だと思うよ」
あたしはすぐにそう言った。
栞のためにまた旧校舎に行くことはいいとしても、昨日と全く同じなんの情報もないままで行くのは辞めた方がいい。
「どうするの?」
渚に聞かれて、あたしはスマホを取り出した。
「旧校舎について少しでも情報を集めたいよね。まずは近藤先輩を呼ぼうと思うんだけど、どうかな?」
あたしがそう言うと、全員が大きく頷いた。
☆☆☆
それから30分ほど経過したとき、近藤先輩がファミレスに姿を見せた。
どこかへ行っていたのか、昨日よりも少し日焼けをしている。
「1年生のオカルト部全員がそろってるのか」
あたしたちを見て近藤先輩は驚いたように目を丸くした。
「近藤先輩、すごく言いにくいんですけど……」
近藤先輩が注文したオレンジジュースが運ばれてきたのを確認して、あたしはおずおずとそう言った。
「なんだよ。なにか問題でも起きたのか?」
オレンジジュースをひと口飲んで近藤先輩はそう聞いて来た。
問題が大きすぎて、言葉が喉に詰まってしまう。
危険だと忠告してくれたのに無視をして旧校舎に行ってしまった事も、近藤先輩はきっと怒るだろう。
「栞がいなくなりました」
唐突にそう言った陽に近藤先輩は何度も瞬きを繰り返した。
そしてあたしたちを見回してようやく1人足りないことに気が付いたようだ。
「いなくなったって?」
陽の真剣な表情を見て、近藤先輩はそう聞いた。
「昨日、椿山高校の旧校舎へ向かいました」
「は? うそだろ!?」
「本当です。だけど校舎から出て来て見ると、栞がいなかったんです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
近藤先輩は陽の言葉を遮って、指でこめかみを押さえた。
顔をしかめて頭痛を耐えているようなしぐさだ。
「お前ら、1年生だけで旧校舎へ行ったのか?」
「はい」
陽は大きく頷いた。
近藤先輩があたしと渚へ視線を向ける。
その目は吊り上がっていて、明らかに怒っているようだった。
「す、すみません! 近藤先輩に止められていたのに行ってしまって……」
慌ててそう言うと、近藤先輩はすぐにあたしたちから視線を外して、陽を見た。
「で、栞がいなくなったって?」
「はい。でも正式には家にいました。だけどそれは栞じゃなかったんです」
陽の説明に近藤先輩は眉間にシワを寄せた。
「言いたいことはなんとなくわかる。本人であって本人じゃない人間が、栞としてそこにいたってことでいいか?」
飲み込みの早い近藤先輩に、陽はホッとしたように頷いた。
旧校舎で起こった出来事をすべて話終えた時、近藤先輩は目を閉じて椅子にもたれかかっていた。
「なるほど。幽霊たちは大切なものを探してくれれば返すと言ったんだな?」
目を開け、陽へ向けてそう聞いた。
「そうです」
陽は頷く。
「その大切なものがなんなのか、まだわからないんだろう?」
「はい」
「それなら、今は幽霊たちの言う通り、大切なものを探すことに専念したほうがいいな」
「また旧校舎へ行っても大丈夫ですか……?」
あたしはすかさずそう聞いた。
旧校舎へ行ってまた何かが起こることが、一番怖い事だった。
また友人を1人失うかもしれない。
そう思うと、二度と行かないほうがいいと思えた。
「実は、卒業している先輩で旧校舎へ行った事のある人がいるんだ」
少し迷ってから、近藤先輩はそう言った。
「そうなんですか?」
健が驚いたようにそう聞いた。
「あぁ。旧校舎が本気で危ないと言ってたのは、その人から聞いた話だ」
そうだったんだ。
あたしはゴクリと唾を飲み込んだ。
あたしたち以外にも経験者がいるのなら、その人からの話を聞いておきたい。
「その人に会えませんか?」
渚がそう聞くと、近藤先輩は「悪い。その人は今外国に留学中なんだ」と、左右に首を振った。
「そうなんですか……」
一瞬見えた光が遮断された気がして、渚は視線を落とした。
「だけど、近藤先輩はその人から色々と話を聞いてるんですよね?」
そう言ったのは健だった。
「あぁ。もちろん」
「聞かせてもらえますか?」
「君たちが聞きたいなら聞かせるけれど、それが原因で栞を助けたいと言う気持ちに変化が起こるかもしれないぞ?」
近藤先輩にそう言われて、あたしは一瞬健を見た。
健は強い意思を持って近藤先輩を見ている。
陽も同じだった。
あたしたちが揺らいでいては、栞は一生あのままかもしれない。
「大丈夫です」
海がそう言い、近藤先輩はゆっくりと話を始めたのだった。
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