第10話
栞の家から逃げて来たあたしと渚は公園のベンチに座っていた。
夏休みの子供たちが遊んでいる中、会話はなかった。
何度も何度も栞の顔を思い出す。
暑いはずなのに、全身が凍りつくような寒さに襲われていた。
「咲紀、大丈夫?」
渚が震えているあたしの手を握りしめてそう言った。
あたしは小さく頷く。
でも、本当は大丈夫なんかじゃなかった。
栞は栞じゃなくなってしまっていたし、栞のお母さんはその事に気がついていなかった。
どう考えても異常な事が起きている。
「とにかく、男子たちにも連絡を入れようか」
そう言い、渚はスマホを取り出した。
「……男子たちは、大丈夫だよね?」
もし、健が栞にみたいになっていたら?
そう考えると胸の奥が苦しくなった。
「わからないけど……旧校舎から逃げたあたしたちは大丈夫だったよね」
「……うん」
「それならきっと大丈夫だよ」
渚はそう言い、メールをうち始めたのだった。
☆☆☆
男子たちと合流できたのはそれから1時間後のことだった。
ファミレスに集まり、栞の家で起こった事を説明する。
「冗談だろ? 栞が栞じゃなくなったなんて……」
陽が顔をしかめてそう言った。
「冗談なんかじゃないってば! 本当に見たんだから!」
渚が一生懸命話を続ける。
「あの旧校舎は本当にやばいって言ってたもんな。そこに遊びで足を踏み入れたんだ、なにかがあっても不思議じゃない」
健が考え込むようにしてそう言った。
「そんなこと言っても、俺たちにはどうしようもないだろ」
海が言う。
まだあたしたちの話を信じ切れていないのか、欠伸をかみ殺している。
「じゃぁさ、あんたたちも栞の家に行けばいいよ」
渚がムッとした表情でそう言った。
「ちょっと、渚……」
喧嘩をするために男子たちを呼んだわけじゃない。
しかし、渚は止まらない。
「栞の今の姿を見てないから、冗談だとかなんだとか言えるんでしょ」
きつい口調でそう言われて、男子たちは目を見交わせた。
「そこまで言うなら案内しろよ」
陽はそう言い、立ち上がったのだった。
☆☆☆
そこにはさっきまでと同じように可愛らしい一軒家が建っていた。
「何度も来たらきっと栞のお母さんに不気味がられるね」
あたしがそう言うと、渚は「しかたないじゃん」と、男子たち3人を睨んだ。
睨まれた男子たちは気にする様子も見せず玄関へと向かった。
「やけに可愛らしい家だな」
玄関前まで来て健がそう言った。
男子たちには少し居心地が悪いようだ。
「栞が無事な事を確認したらすぐに帰るぞ」
陽がそう言い、チャイムをならした。
少し待つと奥から人の足音が聞えて来た。
「はい、どなた?」
栞のお母さんの声だ。
「栞のクラスメートです」
陽がそう言うと、すぐにドアが開いた。
「いらっしゃい。今日は遊ぶ予定だったの?」
お母さんがさっきと変わらない笑顔でそう聞いて来た。
「いえ、そうじゃないです。ただ、栞の様子を見にきました」
「そうなの。栞なら2階にいるわよ」
「お邪魔します」
そう言い、玄関を上がって行く陽。
「ねぇ、渚……」
あたしは渚の手を握りしめた。
「うん、わかってる」
渚は少し青ざめた顔でそう言い、頷いた。
栞のお母さんのセリフがさっきと完全に一致しているのだ。
あたしたちの姿も見えているはずなのに、気にしている様子はない。
「やっぱりおかしいよ」
そう言っても、男子たちは栞の家に上がって行く。
「どうする?」
渚があたしにそう聞いて来た。
「どうするって……」
また栞のあんな姿を見るのかと思うと気がめいる。
しかし、男子たちだけで行かせるのも嫌だった。
「行こうか」
渚があたしの手を握り返し、そう言ったのだった。
☆☆☆
階段を上がると男子たち3人は栞の部屋の前に立っていた。
ドアに《栞》と書かれているから場所はわかっていたようだけれど、さすがに勝手に入る気にはなれなかったようだ。
渚があたしの前に立ち、ドアを軽くノックした。
「はい」
さっきと同じ返事がある。
「なんだよ、ちゃんといるじゃねぇか」
海がそう呟いた。
「栞、入るよ」
渚がそう言い、ドアをあけた。
ドアの中から見えた渚は、やっぱりテーブルに後ろ向きに座っている。
「栞、大丈夫か?」
ドアを開けたことで陽が真っ先に部屋に足を踏み入れた。
「昨日は悪かった。お前1人置いて……」
言いながら栞に近づいていき、言葉を切った。
目を丸くして栞を見ている。
「どうしたんだよ陽」
海と健が続けて部屋に入っていく。
栞の顔を確認した瞬間、海はその場に尻餅をついてしまった。
「うそだろ……」
健は青ざめた表情で栞を見つめている。
さすがにあたしたちのように悲鳴が上げなかったけれど、相当ショックを受けているようだ。
あたしと渚はもう栞の顔を見る事もできず、ドアの外から様子を確認しているだけだった……。
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