第9話

栞の家は小さな一軒家だった。



白い壁が太陽の光で輝き、プランターに植えられている花が心地よさそうに風に揺れている。



「よし、行こうか」



渚はそう言い、玄関に立った。



こげ茶色の玄関の隣にあるチャイムを鳴らす。



少し待つと奥から人の足音が聞えて来た。



「はい、どなた?」



栞のお母さんの声だ。



「渚と咲紀です。栞、いますか?」



渚がそう言うと、すぐにドアが開いた。



「いらっしゃい。今日は遊ぶ予定だったの?」



年齢よりも随分と若く見える栞のお母さんがそう聞いて来た。



「いえ、そういうわけじゃないんですけど、栞なにしてるなかぁと思って」



渚はぎこちなく笑いながらそう言った。



栞のお母さんは怖いものが苦手だと聞いた事がある。



肝試しに行った事は絶対に口に出せなかった。



「そうなの。栞なら2階にいるわよ」



そう言われ、あたしたちは2階へと向かった。



2階には3つの部屋があり、その真ん中の部屋が栞の部屋になっていた。



「栞、いる?」



ドアをノックして声をかける。



「誰?」



中から栞の声が聞こえてきて、あたしたちは顔を見合わせてホッと息を吐き出した。



ちゃんと家に帰ってきていたことに、とりあえずは安心した。



「咲紀と渚だよ。入ってもいい?」



あたしがそう言うと、「どうぞ」という返事が聞こえてきてあたしはドアを開けた。



部屋に入ると栞は後ろを向いてテーブルの前に座っていた。



部屋に入って来たのにこちらを向いてくれないなんて、やっぱり怒っているんだろうか。



「栞、昨日は置いて逃げちゃってごめんね?」



あたしはすぐにそう言った。



「すぐに旧校舎に戻ったんだけど、栞はもういなかったから」



渚がそう言う。



「ううん、大丈夫だよ」



そう言うが、栞はやはりこちらを向いてくれなかった。



あたしと渚は目を見交わせた。



どうすれば許してもらえるんだろう?



「ねぇ栞、こっち向いて」



そう言って栞の肩に手を置いた時だった。



氷のような冷たさが指に伝わってきて、あたしは勢いよく手をひっこめた。



「どうしたの咲紀」



渚が不思議そうな表情であたしを見て来る。



「な……んで……」



なんで体がこんなに冷たいの?



そう言いたかったけれど、言葉が喉の奥に引っかかって出て来なかった。



昨日、旧校舎で感じたような寒気がこの部屋の中に充満していることに気が付く。



「栞……?」



あたしはテーブルを回って栞の前に移動した。



その顔を見た瞬間悲鳴を上げ、両手で口を覆っていた。



「なによ咲紀……」



驚いた渚があたしの隣に移動してきて、栞の顔を確認した瞬間悲鳴を上げた。



「なんで? どうなってるの? 栞はどこ?」



混乱して自分でも理解できないような言葉を口走る。



「やばいよ咲紀。逃げよう!」



渚に腕を掴まれて無理やり立ち上がらされる。



しかし足に力が入らず、その場に座り込んでしまった。



それを見て、栞が笑った。



輪郭が歪み、顔がわからなくなった栞が、笑った。



「行こう!」



腰の抜けたあたしをひきずるようにして渚が部屋を出る。



どうにか自分の力で立ち上がり、階段を転げるようにして下りて行く。



「あら、もう帰るの?」



玄関まで来て後ろからそう声をかけられた。



振り向くとお盆にジュースと3つのグラスを乗せて持っている栞のお母さんが立っていた。



あたしと渚は目を見交わせた。



どうして普通にしていられるんだろう?



そんな疑問が浮かんできた。



部屋にいるのは栞じゃなかった。



顔の歪んだ、誰だかわからない女の子だ。



それなのに……。



「栞は……どこにいるんですか?」



渚がそう聞いた。



するとお母さんは不思議そうな表情を浮かべて「自分の部屋にいるでしょう?」と、聞き返して来た。



「栞はいませんでした。部屋にいたのは……」



そこまで言った時だった、お母さんの視線があたし達を通り越して下りてきて階段へ向けられている事がわかって口を閉じた。



「あら栞、お見送り?」



いつもと変わらない口調でそう言うお母さん。



あたしはゆっくりと首をひねり、後ろを振り向いた。



あたしたちのすぐ後ろに立っていたのは、さっきまでと同じ顔の歪んだ女の子だったのだった……。

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