第7話

気が付けば、あたしは静寂と薄暗さに包まれていた。



柱時計は止まっていて、彼らの姿もどこにもない。



「に、逃げよう!」



渚の声が聞こえて来た瞬間、ハッと我に返って走り出す。



今のはなに?



現実?



それとも夢?



鼓動ばかりが早くなり、走りながら何度も躓いてこけそうになった。



広間から出口までの短い距離が永遠のように長く感じられ、背中から彼らの声が聞こえてくるような気がして鳥肌が立った。



外へ出て旧校舎から遠ざかった時、先頭を走っていた渚がようやく足を止めた。



みんな立ち止まり、その場で呼吸を整える。



「今の……見た?」



渚が誰ともなくそう聞いた。



「……あたし、見た」



そう言う自分の声が情けないくらいに震えている。



「俺も見た。あれって、昔の椿山高校の制服だよな?」



健がそう言った。



「たぶん、そうだと思う」



あたしは曖昧に頷いた。



男子の制服は学ランという形から大きな変化はないままだ。



だけど、胸ポケットに白いラインが入っているのは現在の制服じゃない。



だから見た瞬間昔の制服だと判断できたんだ。



「おい、ちょっと待てよ、栞はどうした?」



陽が周囲を見回してそう言った。



「え?」



そう言われて気が付いた。



栞の姿がどこにもないのだ。



「うそだろ。旧校舎に置いてきたか……」



海が後ろを振り向いてそう呟いた。



後方には今もまだ不気味な雰囲気の旧校舎が建っている。



来る時には少し気味が悪いと思う程度だったけれど、今では絶対にその中に入りたいとは思えなかった。



「まじかよ……」



健が頭をガシガシと乱暴にかいた。



「あれ、ライトが直ってる……」



旧校舎の中では使えなかったライトが、いつの間にか明かりをつけていた。



「行くしかないだろ」



陽はそう言い、1人で大股に歩き出した。



「待ってよ陽」



渚が慌ててその後を追いかけて、あたしもその後に続いた。



また旧校舎の中に入るなんて嫌だったけれど、さすがに栞を1人にはしておけなかった。



もしかしたら動けなくなっていたのかもしれないし。



「また入るのかよ」



海がため息交じりにそう呟いた。



「全員で入って、栞を連れてすぐに出てくればいいでしょ」



渚がそう言い、海の腕を掴む。



「わかったよ。さっさと行こうぜ」



なんだかんだと言いながらも、海が先頭に立って門をくぐった。



「あれ……?」



門をくぐった瞬間、あたしは違和感に気が付いていた。



最初に感じた肌寒さがない。



門の中と外で変わらない夏の暑い空気が流れている気がした。



そして玄関まで行き、海が戸を開ける。



旧校舎の中に足を踏み入れても、さっきとは打って変わって嫌な雰囲気はしなかった。



周囲をライトで照らしだし、栞の名前を呼びながら進んでいく。



「おかしいな。いないな……」



広間まで来て健がそう呟いた。



たしかに入口からここへ来る前の間に栞の姿は見えなかった。



「怖くなって外に出たんじゃない?」



渚が言う。



それならいいんだけど……。



念のため、一階の奥の方まで調べてみる事にした。



恐怖のあまり方向感覚を失って迷子になっているかもしれない。



一階の奥の部屋は1年生の教室になっていて、あちこちに埃が被っている。



「いないね。やっぱり外に出たんだよ」



教室を調べ終えて、渚がそう言った。



「あぁ、たぶんそうなんだろうな」



健も頷く。



ただ1人、陽だけは納得いかないような表情を浮かべていたのだった。

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