第6話

「近藤先輩の話によると、夜中の2時になると止まっているはずの柱時計が勝手に鳴りはじめるらしいよ」



旧校舎の中を歩きながらあたしはそう言った。



外から見ると怖い雰囲気のある校舎だけれど、中に入ってみると恐怖心は和らいでいた。



よくある木造の校舎で、なにも変わった所はない。



6人の持つライトで周囲を照らしながら歩いて行くと、緊張はほぐれて行っていた。



「柱時計?」



健がそう聞いてくる。



「うん。1階の広間にあるんだって」



そう言いながらライトを前方へ向けた時だった。



ふいにあたしの持っていたライトの明かりが消えたのだ。



「え……?」



驚いて立ち止まるあたし。



ライトのスイッチを入れたり切ったりして見ても、反応がない。



「電池切れじゃないか?」



健がそう言ってくる。



でも、そんなはずはない。



だってこのライトは今日の昼に買ったばかりで、電池も新品なんだから。



そう思うけれど、それを言い出す事ができずあたしは曖昧に頷いた。



生徒玄関から入って真っ直ぐ歩いていると、目的の広間が見えて来た。



「ここか」



先頭に立っていた健が立ち止まり、周囲を照らし出す。



天井がとても高く、噂の柱時計もたしかにあった。



針は止まっていて、ガラス部分は割れている。



全体的にほこりが被っていて白っぽくなっている。



「これが柱時計か。俺初めて見た」



陽が柱時計を珍しそうに目を細めて見ている。



あたしも、幼い頃おじちゃんの家で見たことがあるだけだった。



その時計も今では壊れてしまって、いつの間にかなくなってしまった。



「年期が入ってるなぁ」



陽は感心したようにそう言い、柱時計へ手を伸ばす。



「おい、もうすぐ2時だぞ」



健がスマホを確認してそう言った。



その瞬間。



柱時計が突然鳴りはじめて陽がその場に尻餅をついた。



大きくて体中に響くような音が鼓膜を刺激する。



たった2回鳴っただけなのに、強いメマイを感じてその場に座り込んでしまった。



「今の、本当に……」



メマイを振り払うように顔をあげたその時だった、不意に辺りが明るくなっていることに気が付いた。



「な、なに……?」



栞が後ずさりをする。



「おい、誰か電気つけたのか?」



健がそう声をかけるが、誰も返事をしなかった。



そもそも電気なんて通ってないはずだ。



「おい、まじかよ……」



尻餅をついていた陽がようやく立ち上がり、栞の元へと駆け寄った。



「これ、やばいって」



海がそう呟いた時、不意に話し声が聞えて来た。



誰もが息を止めてその声に耳をすませる。



話し声と足音は次第に大きくなってきて、こちらへ近づいてくるのがわかった。



逃げなきゃ!!



頭ではそう思っているのに、体が全く動かない。



心臓ばかり早く動いて呼吸が乱れていく。



そして次の瞬間……。



昔の椿山高校の制服を着た男子生徒3人が、柱時計へと近づいて来るのが見えた。



ヒッと小さな悲鳴を上げる渚。



それでも体はいう事を聞かないのか、その場に佇んだままだ。



誰も少しも動くことはできなかった。



現れた男子生徒たち3人は「どこに行った?」と囁くような小さな声で呟き、あたしたちの周りを歩き始める。



服装で男子生徒だとわかるのに、その顔は妙に歪んでいてハッキリと確認することができない。



彼らの声も柱時計のように心臓に響くように聞こえて来る。



1人があたしのすぐ近くを通る。



その瞬間、ヒヤリとした冷たい冷気が通り過ぎていき、背中が震えた。



「あれは大切なものなんだ」



「探さないと……」



「探さないと……」



3人はウロウロと歩き回り、何かを探している。



「な……にを……」



震える声でそう言ったのは健だった。



健は小刻みに震えながらもジッと3人の行動を見ている。



「何を……探してるんだ?」



幽霊を鎮めるためにはその気持ちを理解してやることが必要だと、なにかの本で読んだ事があった。



健はそれを実践しようとしているのかもしれない。



でも……あたしたちは幽霊を見る事すら、初めての経験なんだ。



霊たちは健の声が聞こえていない様子で何かを探し続けている。



時折、砂嵐のテレビ画面のように彼らの体が白黒に染まる。



存在自体が大きくブレているようだ。



誰がどう見ても、彼らはこの世のものではなかった。



体中から汗が噴き出すのを感じる。



逃げたくても逃げられない。



あたしたちはどうなってしまうんだろうか。



彼らはウロウロと歩き回って何かを探しているだけで、あたしたちの方を見ようともしない。



一体どうすれば解放されるのか、わからなかった。



それからどのくらいそうしていただろうか?



不意に、彼らの動きが止まったのだ。



目の前に立っている1人の男子生徒がゆっくりと顔をこちらへ向ける。



輪郭が歪み、目や鼻の位置もかろうじてわかるようなその顔に、悲鳴が上がりそうになる。



彼はジッとあたしを見つめて来る。



「あ……、あ……」



なにか言った方がいいのかどうかもわからず、口をパクパクさせるあたし。



その時だった。



「お前たちの大切なものを奪った! 返してほしければ俺たちの大切なものを探してくれ!」



そんな声が響き渡り、柱時計が3回鳴り響いた……。

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