第3話

「旧校舎かぁ」



夕方になって家に戻って来たあたしはそう呟いた。



まさか近藤先輩から教えられたのが自分が通っている高校の旧校舎だったなんて、考えてもいなかった。



「っていうか、旧校舎ってどこにあるんだろう?」



あたしが通っている新校舎の周辺にあるのは男子寮と女子寮だけで、旧校舎らしきものは見当たらない。



ヤバイ名所として知られているなら、まだ取り壊されてはいないはずだけど……。



「さっきから何をブツブツつぶやいてるの?」



リビングでホラー映画を観ながら旧校舎について考えていたあたしに、お母さんがそう声をかけて来た。



「お母さん、椿山高校の旧校舎がどこにあるかなんて、知らないよね?」



あたしの質問を聞きながら、お母さんはソファに座ってテレビのチャンネルを勝手に変えた。



さほど面白い映画でもなかったから、別にいいんだけど。



「知ってるわよ」



お笑い番組を見始めたお母さんはそう言った。



「え、今なんて?」



「あはは、この芸人さんって面白いわねぇ」



あたしの言葉なんて聞かずにテレビに夢中になっている。



「お母さん、旧校舎の場所を知ってるの?」



あたしは声のボリュームを上げてそう聞いた。



「知ってるわよ? だってお母さん椿山高校に行っていたもの」



キョトンとした表情でそう言うお母さん。



「うそ……!」



「うそついてどうするの」



お母さんは画面から視線を動かさないままそう言った。



「お母さんは旧校舎で勉強してたってこと?」



「そうね。木造のしっかりした建物だったわよ」



「そ、それってどこにあるの!?」



「あぁ。建物は地蔵山のふもとにあったわよ。今もあるのかしらねぇ?」



お母さんはそう言い、テレビを見て笑い声を上げたのだった。


☆☆☆


椿山高校の旧校舎は地蔵山のふもとにある。



あれ?



なんで地蔵山のふもとにあるのに椿山高校なんだろう?



ま、いっか。



地蔵山高校とかだと、ちょっと雰囲気悪いしね。



あの山には沢山の椿が植えられていたから、そこから名付けたのかもしれない。



そんな事を考えながら、あたしは手早く着替えて家を出た。



玄関を閉める寸前で「夏休みだからってハメを外し過ぎちゃダメよ!」と、お母さんの声が聞こえて来た。



夜の街はまだ明るくて、夏休み中と言う事で沢山の人たちで賑わっていた。



「咲紀!」



家から一番近いコンビニまでやって来ると、彼氏の吉田健(ヨシダ タケル)がすでに来ていた。



「健、ごめん待った?」



「いや、今来たとこ」



健は短い髪の毛をツンツンに立たせている。



普段は付けていないドクロのネックレスに、シルバーのゴツゴツとした指輪。



一見すればチャラそうだ。



夏休み中だけ少しイメチェンしてみたいと言っていたのを思い出した。



「で、面白い話ってなんだよ?」



近くのファミレスまで移動して、健がそう聞いて来た。



椿山高校の旧校舎の話をどうしても健にしたくなって、こんな夜に呼び出してしまったのだ。



健もあたしと同じオカルト部だから、きっと飛びついてくれるはずだ。



「健、椿山高校の旧校舎が本気でヤバイって知ってる?」



昼間近藤先輩に聞いた話を、あたかも最初から知っていたかのように話し始める。



最初は半信半疑な様子だった健も、話を聞くうちにだんだん興味を持ってきたようで、目が輝きだしていた。



「地蔵山って、地蔵坂があるあの山だろ? 新校舎は随分離れた場所に作ったんだな」



「そうだよね? それなのに旧校舎の建物がまだあるっていうのが気になるの」



建物はほうっておけば劣化していくし、若者のたまり場になったりすることもある。



取り壊してしまった方がずっといいのだ。



「面白そうだな。でも近藤先輩は絶対に行くなって言ってたんだろ?」



「そうなの。それってさ、近藤先輩たちも行った事がない場所ってことだよね?」



後輩に釘を刺しておいて自分たちだけで旧校舎へ向かう事はないはずだ。



「先輩たちも行った事のない場所か……」



健はそう呟き、水を飲んだ。



さっきから好奇心で瞳孔が開きっぱなしだ。



「あたしたちが先に行って、幽霊とご対面! とか、すごく面白そうじゃない?」



「あぁ、そうだな。本気でヤバければ逃げればいい」



「じゃぁ決まりね! オカルト部の1年生を全員誘って行こう!」



こうして、あたしたちオカルト部の夏休みは幕を開けたのだった。

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