第8話
「で? 結局なんだったのよ?」
マナミは体に包帯をぐるぐるに巻きつけた姿でサトルに言う。
「うーん、そうだねえ。この伝説は日本各地に残されてはいるんだけど」
「何の伝説よ、知らないわよそんなもん。で、サエさんは?」
「ああ、とりあえずアヤカさんに連絡してドクターヘリで本土の病院」
「あれ?! ちょっと待って。私は? 私、重傷じゃん?」
「ああ、マナミはねぇ」
「なによ、マナミはなんなのよ?」
「あ、いや、別に。そんな殺し屋の目をしないでよ」
「なによ殺し屋の目って! あー、もう腹立つ! 寝る!」
ふてくされて船の上で眠り始めた。
サトルはふてくされて仰向けに寝転んでいるマナミを見ながらふと考える。
―蛭子伝説―
流された蛭子神が流れ着いたという伝説は日本各地に残っていて、現在でもヒルコ(蛭子神、蛭子命)を祭神とする神社は多く、実際にこの樹島にももともと存在した。
海の彼方から流れ着いた子が神であり、いずれ福をもたらすという蛭子の福神伝承にもつながるものだ。
いわゆる不具の子にまつわる類似の神話は世界中に見られるが、神話において一度葬った死神を後世に蘇生させて伝説や信仰の対象になった例は珍しい。
――――――
今回の樹島の奇病は、蛭子神社の御神体の人形に間違った呪詛を使ったために起こったと考えられ、それに関わっていたのが翠界教団緑焔会だ。長年に渡り島の住民すべてが教団員と入れ替わり、教団の島となっていた。
サエさんは妊娠し、いわゆる不具の子を出産した。
閉ざされた樹島の風習として不具の子は海に流し、戻った子を神として祀ると教え込まれ、自ら子どもを海に投げ入れていた。
それが翠界教団緑焔会が作った偽物の風習だと知らずにだ。
教団は蛭子を使い呪詛を完成させる研究をこの島で行っていた。
サエさんは我が子への愛情と島の風習の間で正気と狂気を行き来していたのだ。
それがこれまで集めた人形の呪詛とシンクロして蜘蛛の魔物となったと考えられた。
また、トオルと呼ばれていた男はマナミに倒され、こちらも国家情報保安局に移送されている。
アヤカさんによるとトオルは翠界教団緑焔会に在籍していた事を確認中らしいが、そもそもあの、汝の身は我が下に云々なんて呪文は緑焔会のものであるため、疑いようもない。
サトルはそこまで考えて大きくため息をつき、船の上で気持ちよさそうに眠っているマナミを見つめる。
「マナミ〜、マ〜ナ〜ミ〜」
「ん? なに? どした? ごはんか?」
と言ってヨダレを垂らしながら眠そうに起き上がる。
「ほんと、清々しいほどマナミだなぁ」
「ちょっとなによ、それ!」
「ん? そんなマナミが好きだなぁ、って思っただけだよ」
「もう、バカッ!」
そう言って二人は見つめ合って笑った。
船は瀬戸内の小さな島を離れ、本土を目指し波に揺られている。
(完)
イレイサー:File03_樹島の奇病(oriental version):現代日本の憑き者落としイレイサーは全国各地で起こる不可思議事件を解決します。 UD @UdAsato
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