第26話 回る向日葵亭の起源 レンレンの暗黒の歴史
レンレンの曾祖母チャチャ・ヴィンジーノは19歳のときに、24歳の夫リッジとともに首都マーロから開拓民としてラシーラへ移住した。当時はまだ村役場もなく、大自然が広がっているだけの獣の楽園だった。草原と森林、いくつかある湖沼とラシーラ川。
景観が美しいラシーラを、チャチャはひと目で気に入った。
「いいところね! 素敵!」と彼女は夫に言った。
「ああ。しかし、自然以外は何もねえ。これから開拓するのは大変だぞ」とリッジは答えた。
「開拓もきっと楽しいわよ。素敵だわ。都会のマーロよりずっといい。ほら、鹿の群れがいるわ。素敵、素敵!」
チャチャは明るくて元気な女性だった。そして、男性たちを思わず振り向かせるような可愛らしい容姿の持ち主だった。レンレンがそうであるように。
リッジは真面目で働き者だった。その性格はレジンやカラリにも遺伝している。
チャチャはラシーラを散策して、向日葵の群生を見つけた。大輪の花を咲かせている向日葵畑。
その向日葵たちは花をくるくると独楽のように回転させていた。それを見ているチャチャの顔は、向日葵の花に変身していた。彼女の顔も回転している。
「いっけなーい。いつの間にか向日葵の悪魔に変身しちゃってる」
チャチャは変身を解いた。彼女は怖ろしい異能を持つ向日葵の悪魔少女だった。この姿を他人に見られてはいけない。夫のリッジにも。
チャチャが元の人間の顔に戻ると、向日葵の花たちは回転をストップした。
彼女は薪を拾っていたリッジに言った。
「この向日葵畑が気に入ったわ。花が回転していたの。素敵だわ」
「回転? してねえぞ」
「いまはね。ねえ、ここに住みましょうよ。きれいな向日葵畑の前に住めたら最高!」
「確かにきれいな花畑だな。この前に家を建てるか」
「家でもいいけど、住居兼食堂を建てない? ここでレストランを経営するの。この土地で獲れた獣や魚、山菜を使って、あなたが料理を作る。わたしはウエイトレスをするわ」
「食堂だって? おれは家庭料理くらいは作れるが、お金をもらえる料理なんて作れねえぞ」
「だいじょうぶよ。あなたが作る料理、わたしは大好きだもの。開拓地にも食堂は必要よ。働いてお腹をすかせた人たちが、きっと食べに来てくれるわ!」
「おまえがそう言うなら、やってみるか」
そして、リッジとチャチャはレストラン『回る向日葵亭』の開店準備を始めた。最初は店の建築や食材の調達、メニュー作りなどで大変だったが、猟師や漁師の協力を得られるようになって、2年後にはお客さんでにぎわう繁盛店になっていた。
近くでは村役場の建設が始まり、商店街も形作られようとしていた。
それが回る向日葵亭の起源だ。
いまはレジンが店主で、ウエイトレスはレンレンになっている。
レンレンが5歳の夏、裏庭の向日葵畑の大輪の花々がくるくると回っているのを目撃した。
自分の顔も一緒に回っているのに気づいて、変だな、と思った。
「ママー、わたし、なんだか変になっちゃった」
彼女は母のヴィンジーノ・アンノンを大きな声で呼んだ。
アンノンは娘のレンレンを見て、驚愕した。
頭部が向日葵の花に変身し、独楽のように回っている。
「おばあちゃんの話と一緒……。あなた、悪魔少女だったのね。このことはママとあなたの秘密よ。絶対に他人に言ってはいけない!」
アンノンは鏡でレンレンに彼女自身の顔を見せた。幼い少女は自分の顔が向日葵になっているのを知って、首を傾げた。
「変なの」
「あなたの曾おばあちゃんも向日葵の悪魔少女だったのよ。これは家族だけの秘密。ヴィンジーノ家には悪魔少女の血が流れているの。でも、けっして悪魔の異能は使わないで!」
「アクマのイノウってなに?」
「私もよくわからないけれど、怖ろしい力らしいわ。自分でわからないの?」
「わからないよ。イノウ、イノウ、回るヒマワリのイノウ……」
そのとき、レンレンの異能が発動し、アンノンの頭部が自分の意志とは関係なく、横に回り始めた。あり得ない角度まで曲がりそうになる。
「これが向日葵の悪魔の異能らしいわね……。止めて……!」
「どうすれば止まるの?」
「自分でわからないの?」
「わ、わからない。止まって! 止まって! 止まって!」
レンレンは必死にやめようとした。アンノンの顔が背中の方を向いている。
「し、死ぬう! いやーっ」
母が死にそうになっている。レンレンは泣き出した。
「イノウ止まれーっ!」
「へ、変身解除って、言ってみて……!」
「ヘンシンカイジョ!」
そう叫んだら、レンレンの顔が幼い女の子に戻り、悪魔の異能は停止した。
しかし、そのときにはアンノンの首は1回転し、その骨は折れ、神経や筋肉も千切れていた。
こうして母は死んだ。
泣きじゃくるレンレンと奇妙な死体と化しているアンノンを発見したレジンは、祖母の話を思い出して、ことを察した。
伝説になっている回転する向日葵は、おそらく事実なのだろう。そしてチャチャ・ヴィンジーノは悪魔少女だった。それが隔世遺伝している。レンレンも悪魔少女なのだ。そして意識せずに異能を発動してしまい、アンノンを死なせてしまった。そんなところだろう……。
これは秘密にしなければならない。
レジンはアンノンの遺体を向日葵畑の奥深くに埋めた。
「レンレン、おまえは悪魔少女なんだな?」
「そうみたい。ごめんなさい、パパ」
「悲しいが、起こってしまったことは仕方がない。いいか、このことを他人に言ってはいけない。悲劇を繰り返してもいけない。わかるな?」
「わかったよう、パパ」
レジンは表向きはアンノンと大げんかをして、妻が失踪してしまったことにした。
母の死の真相は父と娘の秘密になった。
レンレンの兄カラリも事実を知らない。
レンレンはよくレストランの手伝いをする可愛い少女に成長した。
実は母の首を1回転させたとき、一瞬悪魔の快楽を感じたのだが、それは心の底に隠している。
母を殺してしまった暗黒の歴史を持つ向日葵の悪魔少女レンレン。
彼女は明るい笑顔で接客して、誰からも好かれているが、いつかまた悪魔の異能を使ってみたいという狂気を宿している。
やさしい人間の心と悪魔の欲望をあわせ持つ14歳の女の子。
わたしは人間なの?
それとも悪魔なの?
葛藤を抱える複雑な性格の美少女、それがレンレン・ヴィンジーノだ。
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