第25話 近づく受難 ルカとツツ

 レンレン・ヴィンジーノは14歳。中等学校2年生だ。

 ウエイトレスをして、家業のレストラン『回る向日葵亭』を手伝っている。学校から帰ると、お気に入りの黄色いブラウスとスカートの上に白いエプロンをかけて、店のフロアで働く。厨房では父レジンと兄カラリが料理を作っている。カラリはまだ修行中だ。懸命に父を助けながら、調理を勉強している。

 いまは8月で、学校は夏休み。レンレンは遊びに行きもせず、働いている。それが当然だと思っていたし、彼女は仕事が好きだった。回る向日葵亭の料理を食べて、喜んでくれるお客さんを見るとうれしい。

 レジンの料理は絶品だ。レンレンは父を尊敬し、誇りに思っている。レジンに追いつこうとがんばっている兄カラリのことも大好きだ。

 回る向日葵亭で働くのは楽しかった。不満なんてない。

 しかし最近、憂鬱なことができた。

 悪魔少女狩りと称してラシーラ村を荒しているダダ・バルーンと彼の配下の神聖少女騎士たちが、回る向日葵亭の常連となって、毎日やってくる。お客さんが増えるのは歓迎だが、ダダたちだけは別だった。悪魔少女より悪魔なやつらだと思う。はっきり言って鬼畜だ。悪魔少女だという証拠もなく殺された女の子も多い。

 早くラシーラ村から出て行け、うちの店に来るな、とレンレンは思っていた。

 もちろんそんなことはおくびにも出さない。

 悪魔少女狩り小隊が店に入ってくると、「いらっしゃいませーっ」と大輪の向日葵のような笑顔で迎える。

 

 漁師の娘ルカ・コーネットはレンレンの友だちだ。彼女も14歳で、クラスメイト。レンレンと同じく、家業をよく手伝っている。回る向日葵亭に鯉や鱒などの魚をよく運んできてくれていた。

 開店前の午前9時、いつものようにルカはバケツに生きた魚を入れて、回る向日葵亭にやってきた。その敷地には店舗と向日葵畑がある。友だちが門をくぐるのに気づいて、レンレンが店の扉から出た。

「おはようーっ、ルカ」

「おはよう、レンレン」

「今日のお魚はなにかなーっ?」

「ピスタ湖で獲れたニジマスだよ」

「ニジマスかあ。美味しいよね! きっとまたお客さんが喜んでくれるよ」

「12匹持ってきた。銅貨6枚で買ってくれる?」

「安いね! お父さんを呼んでくるから待ってて」

 そのとき、ダダ、シャン、ノナ、ユウユウ、アモンが連れ立って門から入ってきた。

 ダダは薄気味悪く笑い、ユウユウは暗い表情をしている。

「ダダさん、開店は11時ですよ」

「レンレンちゃん、おはよう。今朝もかわいいね。でもいま用があるのはきみじゃない。そこにいる漁師の娘に話があるんだ」

 レンレンは心の中で「帰れ!」と叫んだ。ダダの魔手がルカに伸びようとしている。

 ルカは怖ろしげな悪魔少女狩りの小隊長に睨まれて、呆然と突っ立っていた。


「あの、私になんのご用ですか?」

「きみの名前と年齢を教えてくれ」

「ルカ・コーネットです。14歳」

「ルカちゃんか。いい名だ。そしてきみはレンレンちゃんほどではないが、そこそこかわいい。悪魔少女だな?」

 ルカの顔が恐怖で引きつった。

「わ、私は悪魔少女なんかじゃありません。ただの女の子です」

「そうよ、ルカは悪魔少女じゃないよ!」

「レンレンちゃんは黙っていろ。きみが悪魔少女だとボクは確信している。でもきみは極上の美少女で、最後の獲物だ。まずはこの雑魚悪魔少女をかたづける」

 ダダはルカの正面に立ち、尋問を始めた。 

「ルカちゃん、きみは生の魚を食べると聞いた。事実か?」

「じ、事実です。新鮮なお魚は生でも食べられるんです」

「ふむ。どうやって食べるんだ?」

「3枚におろして、さらに小さくひと口サイズに切り分けて、塩を振りかけて食べます」

「旨いのか?」

「美味しいですよ、とても」

 ダダはにやりと笑った。

「生の魚を食べるなんておかしい。しかもそれを美味しいと言う。きみは悪魔少女だ。決定!」

「ち、ちがいます。食べてもらえばわかります。本当に美味しいんです!」

「ボクに生魚を食えと言うのか? ふざけるな! シャン、ノナ、こいつを捕らえろ。地下牢に入れる」

 ルカの右腕をシャンが、左腕をノナがつかんだ。

「村役場の地階へ行くぞ」

 小隊は嫌がるルカを連れて、回る向日葵亭から去った。

 レンレンは怒りに震えた。


 レンレンはルカだけでなく、その日のうちに仲がよい猟師の娘ツツ・カイノスも捕まったと聞いて、歯をギリッと鳴らした。

 ツツは15歳の美少女で、回る向日葵亭に鹿や猪の肉を持ってきてくれていた。彼女もダダの魔の手に落ちたと夕食時にお客さんから教えられた。

「どうしてツツさんが?」

「あの子はチェスがめっぽう強いだろう? それで悪魔少女だと決めつけられたんだ」

 ツツはチェスが好きで、村では無敵だった。ダダと対戦し、圧倒的な強さを発揮して勝ったらしい。


「きみは15歳にしては賢すぎる。悪魔少女だ」

「チェスで負けたから、私を悪魔少女認定するのですか? 負けず嫌いですね。悔しいなら、もっとチェスを勉強したらいかがですか」

「そんな時間はない。ボクはバルーン神学や政治、軍事を学ぶので忙しいからね。だが、チェスだって弱くはないんだよ。ボクは地頭がいいんだ。そのボクに軽々と勝った。ツツちゃんは悪魔少女にちがいない」

「あなたが頭がいいとは思えません。そんな根拠薄弱もはなはだしい理屈で私を陥れようとしている。バカなんですか?」

「教皇の甥であるボクを侮辱したな。牢屋で後悔しろ」

 そんな経緯で、ツツは地下牢行きになったそうだ。


 レンレンはその話を聞いて、ますます憂鬱になった。ルカやツツのことが心配だった。ダダの部下になって、いつも暗い顔をしているユウユウも気の毒だ。

 そして、自分自身の先行きも不安だった。レンレンは自分が悪魔少女であると知っている。

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