第21話 ダダとパンピー 愛の悪魔少女

 コンサート終了後、ダダたちはホテルのラウンジで食事をした。

 食後、アモンは帰宅し、神聖少女騎士たちはそれぞれの部屋に入ったが、パンピーは椅子に座ったままじっと動かなかった。

 ダダはそんな彼女が気になり、声をかけた。

「帰らないのかい。また明日会おうよ」

 パンピーはその碧い瞳でダダの顔を見つめた。彼女の口はへの字に曲がり、不快さを表していた。

「いつまでこんなデートをつづけるつもり?」

「楽しくないのか?」

「楽しいことは楽しいわ。でも、こんなのはデートとは言わない。デートはふたりきりでするものよ」

「わかっているよ。でも、きみが悪魔少女ではないかという疑惑は晴れたわけじゃない。ボクとしてはまだ警戒を解くわけにはいかない」

「あたしのことを愛していないの?」

「愛しているが、信用はしていない」

「そんなのおかしいわ。愛しているなら、信用してよ」

 ダダは肩をすくめた。

「この話は後日にしよう」

「嫌よ。今夜話したい。あたしは恋人同士なら当然することをしたいの。ふたりきりのデートだけじゃないわ」

 パンピーはダダの耳に口を近づけ、そっとささやいた。

「今夜キスをしたいわ。それと、セックスも……」

 ダダの顔が真っ赤になった。

「セックス……」

「彼氏と彼女ならするものでしょ。あなたの部屋へ招いてほしいわ」

 超絶美少女が性行為を誘っている。

 ダダはごくりとつばを飲んだ。

「今からか?」

「今からよ」

「ついて来てくれ」

 ダダは階段を上った。パンピーはついて行った。


 501号室がダダの部屋だった。

 ふたりは中に入った。机や椅子があり、シングルベッドがあった。そこに並んで座った。

 パンピーは顔をダダに近づけ、背中に手を回し、軽いキスをした。それだけで彼は陶然となった。

「あたしを愛してる?」

「ああ、愛しているよ。大好きだ」

「ふふっ、あたしもあなたが好きよ」

 殺したいほど愛してる、とパンピーは心の中で言った。

「愛の悪魔に変身」

 パンピーの髪が金色からピンクに変化した。瞳の虹彩は碧から濃いピンクになり、黒く丸かった瞳孔は真っ赤なハート型になった。もともと大きかった乳房がさらに膨らんだ。

 絶世の美少女が愛の魔力を放ち、ダダをくらくらとさせた。ドキドキと胸が鳴り、彼女の虜となってしまう。

「きみはやはり悪魔少女だったのか……」

「ええ。それでもあたしを愛しているでしょう?」

「ああ、もちろんだ。ボクはきみにめろめろだよ」

「それでいいのよ。あたしたちは恋人同士なのだから」

「パンピーちゃん、正義の悪魔少女になってくれないか。神聖少女騎士になってくれ。そうすれば、ボクはきみを殺さないで済む。ずっと一緒にいられる」

「いいわよ。でもその前に、お願いがあるの」

「きみの願いなら、なんでも聞くよ」

「ではまず、机の前に座って、ペンと紙を出して」

「わかった」

 ダダは椅子に座り、机の引き出しから白い紙を取り出し、右手でペンを握った。

「じゃあ、紙にあたしが言うとおりに書いてくれる?」

「うん、書くよ」

「ボクはまちがっていた。悪魔少女狩りはするべきではなかった」

 そうパンピーが言い、ダダは言われるままに書いた。彼は急激に思考力を失いつつあった。愛の悪魔の力が発動し、ダダは愛の奴隷と化していた。

「罪のない多くの少女を殺してしまった。いまボクは悔いている。贖罪をしたい。死んでお詫びをする」

 ダダはペンを走らせた。

「そうだな。悪魔少女狩りなんてするんじゃなかった。ボクは死ななければならない……」

 いまや彼は心からそう思っていた。

「いい人ね。悔い改めれば、天国へ行けるわよ。紙にサインして」

 ダダ・バルーン、と彼はしたためた。

「いい遺書ができたわね。それでいいわ」

「ああ、シンプルでいい遺書だ……」

 パンピーは彼を抱きしめ、舌をからめたディープなキスをした。

「あたしは帰るわね。15分後に、この部屋の窓から飛び降りて、あたしのために死んで」

「わかった。きみのために死ぬよ」

 ダダの表情は恍惚となっていた。

「永遠にさようなら」

 パンピーはドアを開けた。

 そこにノナが立っていた。パンピーを突き飛ばし、部屋の中に入った。


「自分はずっとパンピーさんを監視していたっす。片時も油断せず」

「愛の魔力を発動、ノナ、あたしを愛しなさい」

 パンピーは魔力を放ったが、ノナの鋭い表情に変化はなかった。

「女にはその力は通用しないみたいっすね。まったくあなたを愛せないっす」

「ちっ」

 パンピーは舌打ちした。

「ダダさん、この女を部屋から追い出して。あたしたちの愛の邪魔をさせないで」

「わかったよ。ノナ、出て行け」

「その命令には従えないっす。ダダ様はいま、この悪魔少女に催眠状態にされているんですよ。自分がこいつを処刑します。針の悪魔に変身」

 ノナの両眼から大きな針が突き出した。両手には注射器を持っている。

「やめろ。パンピーちゃんを殺さないでくれ!」

 ダダが叫んだ。

「その命令には従えないっす」

「ダダさん、助けて! ノナを追い出して、これからセックスをしましょう!」

「出て行け、ノナ! ボクとパンピーちゃんのセックスの邪魔をするな!」

「この女、淫魔っすね。完全にダダ様が操られてるっす」

 ノナは右目から長さ30センチの針を発射した。矢のように飛ぶその針がパンピーの心臓をつらぬいた。胸から鮮血をほとばしらせ、彼女は仰向けに倒れた。

「もう少し、だったのに……」

 それが最後の言葉だった。

 パンピーは死んだ。

 ラシーラ村で1番の美少女、いや、バルーン教皇国でも1番美しかったかもしれない少女の最期だった。


 愛の悪魔少女が死ぬと、その魔力も消えた。

 ダダは正気を取り戻し、パンピーの死体を見下ろした。彼女はピンクの髪の悪魔少女の姿のまま亡くなっていた。死んでもなお、その顔は美しかった。

 ダダは机の上に置いてある自分が書いた遺書を手に取った。

『ボクはまちがっていた。悪魔少女狩りはするべきではなかった。罪のない多くの少女を殺してしまった。いまボクは悔いている。贖罪をしたい。死んでお詫びをする。ダダ・バルーン』

「ボクがこれを書いたのか。まったく憶えていない」

「ダダ様は完全にこいつの意のままにされていたっす」

「怖ろしい悪魔少女だったな。助かったよ。感謝する、ノナ」

「自分はダダ様の命令どおり、この女をずっと監視していたっす。そして、神聖少女騎士としてのつとめを果たしただけです」

「ありがとう。大仕事をしてくれた後で悪いが、もうひとつ頼んでいいか?」

「いいっすよ」

「これから村役場へ行き、村長を呼んできてくれ。ボクからパンピーちゃんが悪魔少女であったことを彼に説明したい」


 村長がやってきた。

 呆然として、ひとり娘の死骸を見た。ブロンドだったはずの髪の色がピンクに変貌している。

「村長、見てのとおりだ。パンピーちゃんは愛の悪魔少女だった。職務に従い、処刑した」

 ピピンは号泣した。

 ダダを殺してやりたかった。だが、動かぬ証拠を見せつけられて、どうすることもできなかった。

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