第20話 ロビーコンサート パオとリンリン

「明日もデートしよう」

 ピスタ湖からの帰り道で、ダダがパンピーを誘った。

「いいわよ。なにをする?」

「そうだな。コンサートを聴くのはどうだ?」

「いいけど、この村にいる音楽家って、ふたりだけよ。そこにいるユウユウのお父さんとお母さん。いまは活動を停止しているみたいだけど」

「うん。回る向日葵亭や喫茶店、居酒屋でやっている演奏会を休んでいる。そうだな、ユウユウ?」

「はい……」

 誰のせいでそうなったと思っているんだ、とユウユウは思った。

 彼女がダダの配下となって悪魔少女狩りをしているため、村人の反発を買い、両親は人前で演奏をすることができなくなった。収入が途絶え、さぞかし苦しんでいることだろう。ユウユウは泣きたくなった。

「ユウユウの両親にホテルのロビーで演奏をしてもらおう。もちろん報酬は支払う」

 ダダはユウユウに視線を送り、にやっと笑った。

「報酬って……?」

 彼は金貨5枚をユウユウに手渡した。

「これでどうだ?」

「き、金貨5枚も? こんな大金、見たことないです」

 金貨1枚は銀貨100枚分の価値があり、銀貨1枚は銅貨100枚分の価値がある。つまり金貨5枚は、銅貨5万枚分もの値打ちがあるのだ。貧乏なムジーク家にとっては、とてつもない大金だった。

「これだけあれば、お母さんとお父さんは1年間暮らしていけます」

「明日の午後3時から、2時間のコンサートをやってもらう。おまえから親に伝えてくれ。演奏してもらえるだろうな?」

「こんなにいただけるのなら、絶対にやると思います」

「ホテルのオーナーにはボクから場所を貸してくれるよう頼んでおく」

「ありがとうございます」

 ユウユウは素直に喜んだ。

「おまえの親が飢え死にでもしようものなら、ボクに従う理由がなくなる。裏切るかもしれない。ユウユウの両親にはたっぷりと金を渡し、生きていてもらうよ」

 それが狙いか、とわかってユウユウは複雑な想いをした。しかし、歪んだ理由であっても、金貨5枚の価値が減るわけではない。これがあれば両親は楽に生き延びることができるのだ。報酬をもらわない選択肢はなかった。

「いったん別行動していいですか? 実家へ行き、金貨を渡し、明日コンサートをするように伝えます」

「行ってこい。今夜は親孝行してやれ。これで食べ物を買って帰ればいい」

 ダダはユウユウにさらに銀貨1枚を握らせた。

 悔しいが、うれしい小遣いだった。

 ふたりを見ながら、パンピーはダダを軽蔑していた。脅迫や金銭で人を支配するこいつは、やはり糞野郎だ。


 ユウユウは商店街へ寄ってパンや卵を買い、草原にある実家に帰った。ファロファロ家から借りている木造小屋だ。

「ユウユウ! 帰ってきてくれたのね!」

 母リンリンが涙を流して喜んでくれた。父パオはユウユウを抱きしめた。

 両親の愛情を感じ、ユウユウは涙目になった。

「ごめんなさい。今日は一時的な帰宅なの。ワタシ、悪魔少女だから、ダダ様に従わないと殺されてしまうの」

「いいんだ。おまえが生きていてくれればそれでいい」とパオは言った。

「うわーん、ごめんなさい、お父さん」

 ユウユウは声をあげて泣いた。 

 ひとしきり涙を流し、落ち着いてから、彼女は両親にパンと卵を渡した。

「ありがたい。食べ物が買えなくて、飢えていたんだ。ファットさんの好意で朝食を食べさせてもらっているから、なんとか生きていられたんだよ」

「これもあげる」と言って、ユウユウは金貨5枚をパオに差し出した。

「ど、どうしたんだ、こんな大金!」 

「明日の午後3時からラシーラグランドホテルのロビーで、2時間のコンサートを開いてほしいの。これはその報酬としてダダ様がくれたものよ」

「そうか……。悪魔少女狩りの隊長の金か……」

 ムジーク家を不幸のどん底に突き落とした男の金。パオは割り切れない想いで金貨を見つめた。しかし、いまとなっては受け取るしか生きる道はなかった。

「わかった。喜んでコンサートをやらせてもらうと伝えてくれ」

「お母さんもがんばって演奏するわね」

「ありがとう、お母さん、お父さん」

「なにを演奏するか急いで決めなくちゃ」

「その前に3人で食事をしよう。猛烈に腹が減っている」

「そうね」

 ムジーク家は久しぶりに親子そろって夕食を取った。パンとスクランブルエッグ。

「旨いな」

「美味しいわ」

 パオとリンリンはむさぼるように食べた。よほど飢えていたのだろうな、とユウユウは思って、また泣きそうになった。

 その夜、親子水入らずで積もる話をし、ユウユウは深夜にラシーラグランドホテルに戻った。


 翌日の午後2時に、パオとリンリンはホテルを訪れた。

 パオはロビーにいたダダに頭を下げた。憎い男だが、下手に出なければ、ムジーク家は生きていけない。

「今回は演奏の機会をくださり、どうもありがとうございます。一生懸命弾かせていただきます」

「頼むよ。これはボクが恋人に贈るコンサートなんだ」

「はい。恋人とは、どなたか教えていただいてもよろしいですか?」

「パンピー・バンビーノちゃんだよ」

「村長のお嬢様ですね」

「そうだよ。彼女をもてなすために、最高の演奏をしてほしい」

「承知しました」

 パオは暗澹たる気持ちになった。この男は村長の娘まで手に入れたのか。なんてことだ。

 しかし、逆らうわけにはいかない。教皇の甥に反抗すれば、この国で生きていくことはできないだろう。精一杯演奏するしかなかった。


 午後3時、ホテルのロビーにはダダ、パンピー、シャン、ノナ、ユウユウ、アモンの他に、宿泊客や従業員が集まった。30人ほどの観客。

「パオ・ムジークと妻のリンリンでございます。このたびは演奏会を開かせていただき、どうもありがとうございます。ダダ様ならびに関係者の皆様に感謝いたします」

 パオがあいさつし、ていねいにお辞儀をした。

 がんばって、とユウユウは心の中で応援した。

「最初の曲は『恋人たちの宴』でございます。ダダ様とパンピー様にお贈りいたします」

 パオとリンリンが目を合わせ、演奏が始まった。

 いきなりバイオリン奏者が超絶的な速弾きをし、チェロ奏者が低音でそれを支えた。情熱的な演奏。むずかしい曲だが、リンリンは完璧に弾き切った。

「ブラボー!」とダダが賞賛した。ロビーに拍手が響き渡る。

 パオとリンリンは、ほっとしていた。難曲を弾き終え、久しぶりのコンサートを順調に始めることができた。

「次は『月と星』と『懐かしき故郷』をつづけて弾かせていただきます」

 美しいメロディの曲と泣かせる曲を弾く。リンリンはバイオリンの名手で、パオの腕も悪くはない。ふたりは素晴らしい二重奏を観客に聴かせた。

「たいしたものだね。これなら首都のコンサートホールで演奏しても、恥ずかしくはないよ。特にバイオリンがいい。国内でも指折りの奏者かも」

「そうね。リンリンさんはすごい。でも、ユウユウの音色はそれを超えると聞いたことがあるわ」

「本当か?」

 驚いて、ダダはユウユウを見た。

 彼女は夢中になって両親の演奏に聴き入っていた。

 

 2時間のコンサートが終わった。盛況と言える出来だった。

「皆様、本日は最後までお聴きくださり、どうもありがとうございました」

 パオとリンリンが頭を下げた。

「待て。おまえたちの娘もなかなかの演奏者だそうだな?」

「いいえ、ユウユウはまだ未熟です」

 リンリンがダダに答えた。

「バイオリンを練習してはいるんだろう? そう言えば、この村に初めて来たときに、草原で演奏を聴いたぞ」

「弾けます」と言ったのは、ユウユウだった。

「では弾いてくれ。もし良い演奏をすれば、褒美をやろう」

 ユウユウはリンリンからバイオリンを受け取った。そして、得意曲の『懐かしき故郷』を弾いた。ゆるやかで泣けるメロディ。心に沁みる音色だった。ダダは美少女の見事な演奏に思わず「素敵だ……」とつぶやいた。確かに母親を上回る美しい響きだ。

 演奏を終え、ユウユウは深々と腰を折った。

「素晴らしい!」

 ダダは金貨1枚を追加でユウユウに支払った。彼女はそれを父に渡した。

「よいコンサートだった。パンピー、きみも楽しんでくれたか?」

「ええ。熱の入ったいい演奏会だったわ。特にユウユウのバイオリンは想像を上回る音で、びっくりした。彼女、天才ね」

「そうだな。彼女をボクの部下にしたのは大成功だったかも。いろいろと使えそうだ」

 ユウユウの才能をこんな下種げすに使わせてたまるものか、とパンピーは思った。必ずこの男を殺して、彼女を解放してやる。

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