第13話 村長の苦悩 ダダとピピンの交渉

 村長ピピン・バンビーノは自分の見通しの甘さを悔いていた。

 ダダが率いる悪魔少女狩り第99小隊が、証拠もなく容疑者を殺しまくるとは予想していなかった。

 教皇の命を受けてやってきた小隊だから、ある程度の強権を振るうのはやむを得ない。

 しかし少女たちを投獄し、根拠もなく殺すとは、常識の範囲を超えている。しかも絶対に悪魔少女ではない神主を殺した。これは明らかにやり過ぎだ。村民が怖れ、文句を言うのは理解できる。

 ピピンは田舎の村の長であるにすぎない。国と対立したくはなかった。ダダが常識的に行動していれば、黙って見ているつもりだった。だが、彼らの行動は黙認できる範囲を超えている。このまま放置しておけば、村民の不満は際限なく高まり、自分の村長としての立場がなくなってしまう。

 気が進まなかったが、ピピンはダダを呼び出し、苦言を呈することにした。


 ピピンは秘書をラシーラグランドホテルへ行かせ、ダダを村長室に呼んだ。彼は配下の少女騎士たちを連れてやってきた。

「なにか用? ボクは忙しいんだけど」

 ダダの態度は不遜で、来客用の椅子に座り、腕と脚を組んでいた。

 生意気な若造め、とピピンは怒りを覚えた。だが、国から派遣されてきた司教に頭ごなしに説教をするわけにはいかない。慎重に交渉しなければならない。

「悪魔少女狩りのやり方について、村民から多くの苦情が村役場に寄せられています」

「ふーん、そうかい」

「証拠もなく娘を殺されたという多数の訴えがあり、その声は無視できません。このままでは村の秩序が乱れてしまう。これからは、悪魔少女だという明確な証拠がある者以外は迫害しないでいただきたい」

 ダダは立ち上がり、村長の席に両手をつけて、ピピンを強く睨んだ。

「あのさあ、教皇からの手紙を忘れたの?」

 ピピンは覚えていた。重要な手紙だ。忘れるはずがない。


 ラシーラ村における悪魔少女狩りの全権はダダ・バルーンにある。

 悪魔少女狩り小隊長には拷問権がある。

 処刑権もあり、ダダが悪魔少女と認定した者は裁判なしで死刑にできる。

 村長と村民は全面的にダダに協力しなければならない。


「村長さあ、悪魔少女狩りに協力してよ。村民の苦情なんて抑え込んでくれよ」

「しかし、娘を殺された者たちは悲嘆に暮れています。殺人はもうやめてください」

「村長、言葉に気をつけてくれ。殺人じゃない、正当な処刑だ。ボクは悪魔少女を死刑に処しているだけだよ」

「悪魔少女を処刑するのは仕方がありません。だが、あなたにはふつうの人間を殺している疑いがあります」

「ボクが認定した者は悪魔少女だよ。悪魔少女か人間かはボクが決める」

「あなたは神主を殺させた。これは明白な殺人です」

「村民はボクに協力しなければならないんだよ。それなのに反抗し、ボクを人殺しと人前で罵倒した。死刑に値する行為だ」

「やり過ぎです」

 ダダは村長の顔を右手の人差し指でさした。

「ピピン・バンビーノ、あなたもボクに反抗するのか? 悪魔少女狩り小隊長の任務を妨害するつもりか? それは教皇への反抗と同義だぞ」

 ピピンは言葉を失った。彼は気力を振り絞って、ダダの目を見返すことしかできなかった。小隊長の目には狂気が宿っているように見え、怖ろしかった。

「答えろ、教皇に反抗するつもりなのか?」

「そんな気は……毛頭ありません」

 バルデバラン・バルーン教皇はこの国の独裁者。反抗すれば殺されるだろう。村長など吹けば飛ぶような存在でしかない。

 

「では、これからも悪魔少女狩りに協力してくれるね?」

「はい、もちろんです」

 ピピンは教皇とダダに従うことにした。それがこの村を守ることにもつながるはずだ、と自分に言い聞かせた。国に逆らえば、ラシーラ村に神聖十字軍がやってくるかもしれない。

「それじゃあ、任務をつづけさせてもらうよ。次の容疑者はパンピー・バンビーノだ」

「えっ? 私の娘ですよ」

「知っているよ、この部屋で会ったからね。村1番の美少女だ。回る向日葵亭のレンレンちゃんやここにいるユウユウも可愛いが、それを超える美少女だ。綺麗すぎる。あの子は悪魔少女だね」

 ピピンは狼狽した。ひとり娘を処刑されたくはない。

「ちがう。パンピーはふつうの人間だ」

「捜査してみよう。村長の娘だからって見逃していたけれど、そういうのはいけないよね。ひいきはやめるよ」

「証拠もなくパンピーを悪魔少女扱いしたら、教皇の甥といえども、ただでは済ましませんよ」

「ふうん。どうする気なの?」

「この村にも兵士はいます」

「やっぱり反抗する気なんだね?」

「反抗したくはありません。しかし娘を根拠もなく殺されたら、私だって死を覚悟して戦う。娘には手を出さないでください」

「パンピーちゃんが悪魔少女に変身したら、処刑させてもらう。変身しなければ、手出ししないよ。それでいいね?」

 村長はうなずくしかなかった。

 パンピーは我が娘ながら、超絶的に美しい。もしかしたら悪魔少女かもしれない、と思って寒気がした。そうでないことを心から祈った。


 ピピンはふと、ユウユウに目を止めた。

「その子はバイオリニストのリンリン・ムジークの娘、ユウユウですね。なぜここにいるのですか?」

「ユウユウは正義の悪魔少女になると誓った。だから、神聖少女騎士に取り立てたんだよ」

「まさか、神聖少女騎士は悪魔少女なのですか?」

「正義の悪魔少女だ。そこらへんにいる悪の悪魔少女と一緒にしないでくれよ」

 ピピンは少女騎士の正体を知り、ぞっとした。

「なぜです? 悪魔少女はバルーン唯神教の敵なのでしょう?」

「悪の悪魔少女は敵だ。しかし教皇への忠誠を誓った者は、神聖少女騎士になることができる。悪魔少女に対抗できるのは、悪魔少女だけだからね。国は正義の悪魔少女の軍隊を持つ必要がある。それが神聖少女騎士団だよ」

 ピピンは国の闇を見た気がした。

 同時に、娘を救う道を見つけた。

「もし、パンピーが悪魔少女だったら……神聖少女騎士にしてやってくれませんか」

「考えておくよ。パンピーちゃんが教皇とボクに忠誠を誓うなら、それも可能だ。でもあの子はじゃじゃ馬みたいだからねえ。素直にボクの言うことを聞くかな」

「できるだけ、パンピーを殺さないでください。もし悪魔少女だったとしても」

「まあ、やるだけやってみるよ」

 悪魔少女狩り小隊は村長室から出て行った。

 ピピンはダダとの交渉で疲れ果てていた。

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