第11話 新たなる神聖少女騎士 悪魔少女狩り続行
ユウユウは知らない部屋で目覚めた。
彼女は上等なベッドに横たわり、羽毛布団をかぶっていた。
ベッドの隣に椅子があり、そこにダダが座っていた。その後ろにシャンとノナが立っている。
「ここはボクらが宿泊しているホテルだ。村役場の隣にあるラシーラグランドホテル。知っているかい?」
「知っているわ。泊まったことはないけれど」
「きみは神聖少女騎士のひとり、リム・シンエイを倒した。しかし彼女の鱗粉の毒で死にかけた。そのことは覚えているか?」
「悪夢じゃなかったのね。ルナルは逃亡し、ステラは死んだ……」
「すべて事実だ。ユウユウちゃんはボクに忠誠を誓い、神聖少女騎士として悪魔少女を殺すと言った。二言はないね?」
ユウユウは苦い表情をした。目には光がなく、唇は歪んでいる。
「あなたはお母さんとお父さんを殺すと脅迫した。そんな約束は無効よ」
「ボクに従わないなら、いますぐにきみを殺し、両親にも死んでもらう。もし裏切ったり逃亡したりしても、両親を殺す。もちろんきみは悪魔少女狩り隊から終生狙われることになる」
ユウユウに抵抗する気力は残っていなかった。きのうの戦いで力を出し尽くしていた。
「従うわ……。ワタシは神聖少女騎士になる」
「では今後、ユウユウちゃんはボクの部下だ。これからは敬語を使え。わかったか?」
「はい、わかりました」
「ボクのことはダダ様と呼べ」
「はい、ダダ様」
ワタシの人生は終わった、とユウユウは思った。でも、お母さんとお父さんの人生までおしまいにするわけにはいかない。これは仕方のない選択だ……。
「きみは正義の悪魔少女になった。これからはバルーン教皇国の敵、悪しき悪魔少女を狩る側になるんだ。誇り高き神聖少女騎士になりたまえ」
「はい……」
ユウユウの声に力はなかった。
ダダが剣と剣帯を彼女に渡した。
「これはリムが使っていたものだ。これからはユウユウが使え」
ダダは新たなる少女騎士を呼び捨てにした。
「剣の修行をしろ。きみは騎士になったんだからな」
ユウユウは剣を持ち、呆然とそれを眺めた。胸焼けがした。
「これで悪魔少女を殺すんですか?」
「そのとおりだ。悪魔少女だけでなく、人間を殺してもらうこともあるかもしれない。どんなに理不尽に思えても、ボクの命令に従え。ボクの言葉には、きみにはうかがい知れない深く崇高な意味があるんだ」
「わかりました……」
ラシーラ村での悪魔少女狩りは止むことなく続いた。
ダダがユウユウを配下にした日、第99小隊はベール・コヤノが運営するコヤノ医院の2階に押し入った。1階が医院、2階は住居になっている。
そこでは、ベールの娘が猫の解剖をしていた。
「おまえの名前と年齢を言え、医師の娘」
「ムーン・コヤノ、18歳です。いったいなんの用ですか?」
「悪魔少女狩りに来た。おまえは悪魔少女だろう」
「なに言ってるんですか。ちがいますよ」
「なぜ猫の解剖などをしている」
「お父さんの言いつけです。手術の練習ですよ」
「いままでに解剖したことのある動物を言え」
「ネズミとかカエルとかが多いですね。猿の解剖をしたこともあります」
「人間の解剖をしたこともあるんじゃないのか」
「死体を使って、人体のしくみを学んだことならあります」
「楽しかったか?」
「楽しかったですよ。私は外科手術ができるようになりたいんです」
「人体解剖を楽しんだのだな?」
「まあそうですね。人間も動物も内臓はあんまり変わらないんだなってわかって、知識欲が満たされました」
ダダはユウユウの方を向いた。
「ムーン・コヤノを悪魔少女と認定する。ユウユウ、この女を斬れ」
「えっ? ムーンさんは医術の練習をしているだけですよね」
「解剖を楽しむなど悪魔の所業だ。それにこの娘はまあまあ美しい。悪魔少女にちがいない」
「斬るなんて嫌です。ダダ様がまちがっているかもしれないじゃないですか」
「悪魔少女狩りに関しては、小隊長であるボクの決定は絶対だ。斬り殺せ」
「ワタシにはできません」
ダダとユウユウのやりとりを、ムーンは唖然として聞いていた。
「斬る? 私を?」
「シャン、手本を見せてやれ」
「はい」
シャンは剣を抜き、ためらうことなくズバッとムーンの首を斬った。血しぶきが舞い、頭部が床に転がった。
小隊はアモンに案内され、医院から本屋へと移動した。
本屋の主人ラジカ・ブッカーの娘が本棚の整理をしていた。
「おまえの名前と年齢を言え、本屋の娘」
「えっ? なに?」
「名前と年齢を教えろ! さっさと言え!」
「エリカ・ブッカー、16歳よ。あなたたち、いったいなんなのよ。本を買いに来たの?」
「『悪魔少女の夏』は売っているか」
「あるわよ」
エリカは小説の棚から『悪魔少女の夏』を取り出し、ダダに渡した。
「この本は面白いのか」
「面白いわよ。ちょっとえっちでバイオレンスだけど、素敵なラブストーリーよ」
「ちょっとえっち?」
「かなりえっちかも……」
「おまえは『悪魔少女の夏』を読んだんだな?」
「ええ、読んだわよ。売り物はなるべく読むようにしているの。おすすめできるかどうか知りたいから」
「この本はおすすめなのか?」
「ええ、面白くて切なくてエロくて怖くて、いろんなものが詰まった素敵な本よ」
「これは18禁だ。16歳の少女が読んでいい本ではない。しかも禁書に指定されている。販売してはいけない」
「えっ? そんなこと知らなかったわ」
「全国の本屋に通知が届いているはずだ」
「父さんはそんな通知のことは話さなかった……」
「父親のことはいまはどうでもいい。『悪魔少女の夏』を素敵なラブストーリーと言うおまえの感性はおかしい。それが問題だ」
ダダはまたユウユウの方を向いた。それだけで彼女の心は重くなった。
「エリカ・ブッカーを悪魔少女と認定する。ユウユウ、この娘を斬れ」
「本を読んだだけで認定するんですか。乱暴すぎます」
「ただの本ではない。禁書だ」
「こんな辺境の村ですから、通知が届かなかったのかもしれません」
「もしそうだとしても、ボクの判断は変わらない。『悪魔少女の夏』は悪魔少女に寄り添った小説だ。それを素敵だと言うこの女は悪魔少女だ」
「納得できません。根拠が薄弱すぎます」
「ボクの判断を疑うな。剣を抜け。さっきシャンがやったように首を斬るんだ」
「えっ、えっ? なに、アタシを殺そうとしてるの? 冗談でしょう?」
「さっさと殺せ。命令に従わなければ、両親を殺すぞ」
ユウユウの脳裡は真っ白になった。なにも考えられなくなり、彼女は剣を鞘から取り出した。
「やれ。斬るんだ!」
「うわあああああ!」
ユウユウは叫び、エリカの首を狙って剣を薙ぎ払った。狙いははずれ、頭に当たった。頭蓋骨を切断することはできなかった。血が吹き出したが、エリカは死ななかった。
「ぐわあああああ。痛いよう。やめて、殺さないでえ」
「とどめを刺せ」
ユウユウは剣を振った。今度は右肩に当たった。肩甲骨を砕いたが、もちろん致命傷ではない。エリカは泣きわめいた。
「おまえは残酷だ、ユウユウ。いたずらにこの娘を苦しめている」
「誰かかわってください。ワタシにはできません……」
「おまえがやり遂げるんだ。悪魔少女を殺す経験を積め!」
ユウユウは泣きながら剣を振るい、エリカを斬殺した。
本屋の次は神社へ向かった。ユウユウは憔悴しきっていたが、ついて行くしかなかった。「帰りたい」などと言える雰囲気ではなかった。ダダは喜々として悪魔少女狩りを実行している。
この男は頭がおかしい、とユウユウは思った。それともワタシがおかしいのだろうか。悪の悪魔少女は殺すべきなのだろうか。ワタシは正義の悪魔少女になりきらなくてはならないのだろうか。正義の悪魔少女ってなんだろう。悪の悪魔少女ってなんだろう。ワタシは悪だったのだろうか。シャンやノナは正義なのだろうか。わからない。よくわからない。なにもわからない。
神社の境内を巫女が清掃していた。
「異教徒の娘よ、名前と年齢を言え」
「ウズメ・ハクジャ、14歳です」
「おまえが信仰する神は誰だ?」
「
「バルーン神を信仰しろ。唯一の神だ」
「無理です。わたしは八百万の神に仕える巫女なんです」
「異端の信仰を捨てろ。ボクはバルーン唯神教の司教だ。おまえたちのあやまった信仰を正す義務がある」
「この国の正統でないことは承知しています。でもこの神社は昔からここにあったんです。バルーン教皇国の建国以前からです。神道を捨てることはできません」
「どうしてもできないのか」
「はい」
ダダがユウユウの顔を見た。このあとに起こることが容易に予想できて、彼女は逃げ出したくなった。
「ウズメ・ハクジャを悪魔少女と認定する。ユウユウ、この娘を斬れ」
「剣を使うのは嫌です。楽に死なせます」
「剣の修行をしろ!」
「嫌です。音符の悪魔に変身」
ユウユウはト音記号の姿になった。
「ウズメさん、全休符になって」
巫女の顔が休符に変わった。
「心音停止、安らかに。全休符、苦しむことなく。心音停止、眠るように。全休符、天国へ行ってください」
ウズメは倒れ、死亡した。安らかな死に顔をしていた。
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