第10話 蝶の神聖少女騎士 音符の悪魔少女
ダダはユウユウの顔面を凝視した。
「これほど整った顔はめったにない。透けるような白い肌も麗しい。赤毛も綺麗だ。これらすべてが悪魔少女の証拠だ」
「めちゃくちゃよ。悪魔に変身する姿を見ていないのに、決めつけないで!」
「では変身してくれよ。できるだろう?」
「できない!」
ユウユウは絶対に認めないと決意した。人間として生き抜いて、母とともにバイオリンを弾く。父をビオラから解放する。
「ユウユウちゃん、人を殺したことがあるだろう?」
「ない!」
「悪魔少女には破壊衝動がある。人を殺していることが多いんだよね。殺してるだろ?」
「ないって言ってるでしょう!」
実は3人殺している。音符の悪魔に変身し、心臓を停止させて殺した。ストーカー、暴力的だった恋人、強姦男。
「顔色が変わっているよ。蒼白だ。やはりきみは殺人犯だね?」
「そんなふうに言われたら、誰だって蒼ざめるわよ」
「強情な女だ。まあいい。証拠なんて必要ないんだ。ボクはユウユウちゃんが悪魔少女だと確信している。この場で処刑する」
「ひどいわ、やめて!」
「リム、おまえの鱗粉で殺せ」
「リムが異能を使うと、そこにいる平凡な子も巻き添えで死んじゃいますけど、いいんですかあ?」
「かまわないよ。もぐらの悪魔少女を殺しそこなった。かわりにお姉さんに死んでもらう」
鱗粉ってなんのこと? ステラも死ぬ? どういうことなの。
ユウユウは混乱した。どうしていいのかわからなかった。
ダダ、シャン、ノナ、アモンがガスマスクをつけた。
なぜそんなことをするのだろう、とユウユウは不思議に思った。不気味だ。いますぐ逃げ出したかったが、敵には案内係がついている。家には帰れない。
「蝶の悪魔に変身」とリムが言った。彼女の背中にアゲハチョウの羽がはえた。
「あ、悪魔少女! そっちこそ悪魔少女じゃないの。どうして殺されないの? なんで悪魔少女狩りの側にいるのよ」
「リムはねえ、正義の悪魔少女なの。教皇猊下とダダ様に忠誠を誓っている体制側の悪魔少女なのよ。だから神聖少女騎士になって、生かしてもらえているのよ」
「正義の悪魔少女? なんなの、それ」
「おまえは悪の悪魔少女として死ね!」
リムが羽をハタハタと動かした。鱗粉が舞った。それを吸うと、胸が苦しくなった。毒だ。このまま抵抗しなければ死んでしまう。
「うげえ」とステラがうめいた。その顔は苦痛で歪んでいた。
「音符の悪魔に変身」とユウユウは唱えた。身体がいったん絡まった糸のようになり、それから等身大のト音記号の形に変形した。わずかに空中に浮遊している。
「やはり悪魔少女だったな。かわった悪魔だ。人間のなごりが欠片もない」
ダダがつぶやいた。ガスマスクをつけているせいで、その声はくぐもっている。
変身した途端、ユウユウは苦痛を感じなくなった。ト音記号は呼吸をしない。心臓も肺も血管もない。毒にはやられない。
しかし、ステラが瀕死の様相を呈していた。ブルブルと全身を痙攣させ、嘔吐している。
早く蝶の悪魔少女を倒さなければ、親友が死んでしまう。
リムが羽を震わせる。毒の粉が舞い散る。一刻も早くやめさせなければならない。
「蝶の悪魔少女、全休符になりなさい」
ユウユウの魔力で、リムの顔が全休符になった。
「心音停止」
「ひいっ」
心臓に激しい痛みを感じ、リムは両手で胸を押さえた。
「全休符、つづいて全休符、ずっと全休符、心音停止」
ユウユウが歌うように言う。
リムの心臓は動きを止めた。だが、すぐに全身の細胞が死ぬわけではない。彼女は心停止の苦痛に耐えながら、羽を動かし、毒を散らせつづけた。リムはユウユウに接近した。
「ワタシはいま呼吸をしていない。毒は効かない」
「呼吸をしてない? あんたは人間じゃない。本物の悪魔ね……」
「全休符、早く死ね、全休符、地獄へ行け」
「ぐっは……」
リムが倒れ、アゲハチョウの羽が消えた。
勝った、とユウユウは思った。しかし、ひとり殺して魔力が尽き、その姿はト音記号から再び絡まった糸のようになり、次の瞬間、美しい少女に戻っていた。
敵はまだ残っているが、今日はもう戦えない。高い確率でひとり殺せるが、ふたりは倒せない。それが音符の悪魔の弱点であり、限界だった。明日になるまで変身できない。
ユウユウはステラにかけ寄った。幼馴染はすでに息をしていなかった。罪はなく、悪魔少女でもない少女が、理由もなく毒殺された。
「あなたたち、許さない」とユウユウは言った。だが、変身が解け、人間の姿に戻った彼女に戦うすべはなかった。武器になるものなどなにも持っていない。所有しているのはバイオリンだけだ。
リムは死んだが、まだ空中に鱗粉が残っていた。それを吸ってしまい、ユウユウはまた胸が苦しくなった。激しい頭痛と吐き気がした。胃液が逆流し、食道を伝って口から漏れた。
「はあっ、はあっ」
ユウユウは荒い息をした。
残りのふたりの神聖少女騎士も、どうせ正義の悪魔少女とやらにちがいない。ステラの仇を討ちたいが、とうてい無理だ。
彼女は死を覚悟した。
ガクッと膝を折り、地面に倒れた。
ガスマスクを装着したダダとアモンとふたりの少女騎士がユウユウを見下ろしている。
「おまえも正義の悪魔少女になれ」とダダが言った。
「なるものか……」
「リムが死んで、新たな部下が必要になった。神聖少女騎士団に入れてやるぞ」
「嫌よ……。あなたたちこそ、真の悪よ……」
「正義だ悪だと言い合うのは不毛だ。ユウユウちゃん、神聖少女騎士になれ。ボクの忠実なしもべになるんだ。拒否するなら、おまえの両親も殺すぞ」
「お母さんとお父さんを……?」
ユウユウは世界は闇だと思った。理不尽で糞みたいなところだ。こんな男が教皇の甥だ、司教だ、悪魔少女狩りだ、などと威張り散らしている。ワタシは血がにじむほど努力したのにデビューできず、草原の上で死んでいく。お父さんはビオラの仕事からは解放されるけれど、殺される。バイオリンとワタシを愛してくれたお母さんも死ぬ。
「ユウユウちゃんの親はバイオリン弾きとチェロ弾きだったな、アモン」
「はい。きちんと税金を納めていない嘘つきな音楽家たちです」
「殺す理由はあるな」
「お母さんとお父さんは毎月税金を支払っているわ……」
「居酒屋や食堂で行っている演奏会の報告書に虚偽の記載がある。明らかに収入が少ない。脱税だ」
「お父さんは嘘なんか書かない……。ワタシたちは清貧よ……」
ダダがユウユウのあごをつかみ、つばを飛ばして叫んだ。
「とにかく殺す! おまえの父親と母親を殺す! それが嫌なら、ボクに従え!」
殺されたくなかった。バイオリンを教えてくれたお母さんとビオラが嫌いなのに働いてくれているお父さんには生きていてほしかった。
「従う……」
「ボクに忠誠を誓うか?」
「誓う……」
「神聖少女騎士として、悪魔少女を殺せるか?」
「殺せ……る……」
ユウユウは気を失った。
「ノナ、解毒剤を注射してやれ。いますぐに」
「はーい。了解っす」
ノナがリュックから注射器を取り出し、すばやく薬液を入れて、ユウユウの左腕にぷすりと刺した。
ユウユウは息も絶え絶えだったが、しばらくして、すうすうと穏やかな呼吸になり、そのまま眠ってしまった。
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