第9話 もぐらの悪魔少女 ルナルの決断
「困ったな。地中に逃げられてしまったぞ」
ダダは腕を組み、首を傾げた。
「どうやって殺す?」
「わたくしたちは土の中で戦う異能は持っていません」
「そうだよなあ。こんな事態は想定していなかった」
草原の下に潜っていったもぐらの悪魔少女、ルナル・ファロファロ。
上半身はもぐらで、その手は地面を掘るのに適したデザインをしている。手のひらは大きく扁平で、爪は長く丈夫だ。指は6本あり、親指は鎌のような形状をしている。
下半身は人間で、ズボンをはいている。
ルナルは土を深く掘っていった。
浅いトンネルだと地面が盛り上がり、地上の土がひび割れてしまうことを、彼女は知っていた。長い間もぐらの生態を観察し、捕獲しつづけている経験がルナルにはある。
浅いところは危険だ。悪魔少女狩り小隊に居場所がばれると、攻撃されてしまうかもしれない。
1メートルほどの深さに潜ると、横穴を掘り、敵から離れていった。
穴を掘るのはけっこう疲れる。もぐらはいつも穴を掘っているわけではない。体力を温存するためによく休養している。
だが、いまは緊急事態だ。できるだけ遠くに逃げなければならない。ルナルはがんばってトンネルを掘りつづけた。
疲れる。急速にお腹が減ってきた。浅いところに行き、ミミズや幼虫を探して食べた。美味しかった。ルナルの味覚は完全にもぐらのそれに変化していた。
また深く潜り、横穴を掘る。
土の中は悪くない、とルナルは思った。
ルナルは学校に適応できない子だった。
興味があるのは土の中に住むもぐらやミミズや幼虫で、クラスメイトと話が合わなかった。
「もぐら女」とからかわれるようになり、「こいつ臭いぜ。ミミズ臭い」と言われたりした。いじめはしだいに深刻化し、男の子たちはルナルを殴ったり、彼女の教科書や靴を隠したりした。「もぐらと遊んでろ」「死ね」と罵倒された。
初等学校4年生のとき、彼女は不登校になった。
羊飼いの父ファットは学校なんて行かなくてかまわないと思っていた。ルナルの好きなようにさせた。
ルナルは姉ステラとその友だちユウユウとだけ付き合った。もぐらを探求し、捕らえて、焼いて食べた。
彼女はそれで満足していた。学校はつらかったが、草原は楽しかった。
自分がもぐらの悪魔少女だと気づいたのは、ひとりで夜のもぐらを観察しているときだった。
無性に土の中に潜りたくなり、自然と「もぐらの悪魔に変身」という言葉が口をついて出た。
ルナルはもぐらの悪魔になった。目はほとんど退化して見えなくなってしまったが、嗅覚が鋭くなって、まったく不自由を感じない。夢中でトンネルを掘った。美味しいミミズや幼虫を食べた。土の匂いはかぐわしい。
これがわたしの真の姿なんだ、と思った。地中は楽しい。
ルナルはひとりでいるとき、秘かにもぐらとしての生活を楽しむようになった。トンネル暮らし。暗くて狭いところにいると落ち着く。
ユウユウはバイオリンを弾き、ステラはビオラを弾く。お父さんは羊たちの世話をし、お母さんは家事をする。
ルナルはそんなことにはまったく興味が持てなかった。
男の子たちは怖くて、恋愛には関心がなかった。ルナルには将来の展望がまったくない。大人になるのが嫌だった。いつまでももぐらと遊んでいたかった。彼女はもぐらを食べるが、生きているもぐらを見るのも好きだ。地上よりも、地下が好きだった。
もぐらになりたかった。
そしてついに、自分がもぐらの悪魔少女であることがばれてしまった。
お姉ちゃんもユウユウも驚いただろう。怖い悪魔少女狩りの人たちがわたしを狙っている。地上に戻れば殺される。
ルナルは決断した。これから一生、もぐらの悪魔少女として生きていこう。
お別れのあいさつをしよう、と思った。
彼女は上向きのトンネルを掘り、地上に顔を出した。
ステラたちから50メートルほど離れていた。
「お姉ちゃーん、ユウユウー」とルナルは叫んだ。
「あっ、ルナル!」
「わたしはこれから、もぐらとして生きていくね。もう会えない」
「そんな、ルナル、人間に戻らなくていいの?」
「いいの。わたしはもぐらが好き。土の中が好き。トンネル生活が性に合っているの。ミミズや幼虫が美味しいの」
ステラは泣いた。
ユウユウはルナルの潔い決断に感動した。ダダなんかに着け狙われるより、その方がよほどいい暮らしだ、と思った。ただし、もぐらの悪魔少女でいられるのは20歳までだ。その先はどうするのだろう?
まあいい。いまを生き延びることが肝心だ。7年先のことなんて、そのときに考えればいい。ルナル、生きて!
「逃がすな、殺せ!」
ダダが叫び、シャンが走った。
「さようなら、お姉ちゃん、ユウユウ。お父さんとお母さんによろしくね」
ルナルは再び土に潜り、トンネルを掘った。これからはもぐらとして生きていく。
彼女は20歳になったら悪魔少女ではいられなくなることを知らなかった。
でもいまはしあわせだ。
無限に広がる地中が彼女の世界だった。
「もぐらの悪魔少女には逃げられました」
ちっ、とダダは舌打ちした。
「まあいい。ルナルちゃんは人間には無害そうだ。見逃してあげよう」
ダダはユウユウを見据えた。
「今度はユウユウちゃんの番だ。きみはとびきり美しい。悪魔少女だよね?」
「ちがう」とユウユウは言い張った。
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